12.「何者かになりたい」 前半
また、文章が長くなってしまったため、前半・後半に分けて投稿します。
後半は数分後にお届けします。
馬車を降りたあと、私様と久奈子は森の奥へと進み、思う存分、遊んだ。
隠れんぼをしたり、私様の大好物である桃を見つけ、二人で分け合って食べたり。
――なぜ、この新しき世界に桃が存在しているのだろう?
いや、細かいツッコミはよそう。桃があるのだから食べればいい。きっと、私様と久奈子のように、前の世界から来た農家の方が、ここで桃を栽培したのだろう。うん……そう都合よく解釈しておこう。
桃にかぶりつくと、果汁がグシュッと弾けるように口いっぱいに広がり、柔らかな果肉が舌を包み込む。
うん――まごうことなき桃の味、おいしさ抜群だ。
さらに森の中へと進むと、人けのない湖を見つけ、二人で水遊びをすることにした。
久奈子が服を脱ぎ、そのまま湖へと泳ぎ出す。私様もそれに続いて服を脱ごうとした、そのとき――
「おどれら、一体、ここで何をしとるんじゃ?」
突如声が響き、思わず振り向く。
そこに立っていたのは、妖怪族の河童だった。
体長は一メートル程度。顔はカエル似で長い鼻、両手には水かきと鉤爪。肌は緑色で、背には亀のような甲羅。そして頭には、皿を乗せている――まさしくイメージ通りのザ・河童。
ただし、私様の想像と違う点が二つ。
その河童はなぜかサングラスをかけ、さらにはきゅうり型の葉巻を咥えていた。
「ぷはー」
一息、煙を吐いたあと、口を閉じ――そして、いきなり爆音で怒鳴った。
「ここは、ワシのシマじゃ――っっ!! 出ていけ――っっ!!」
あまりの大声に、私様と久奈子は「「はいぃいいいいいい」」と情けなく声を揃え、慌てて湖から退散した。
……だが、逃げてからしばらく経ったあと。
なぜか二人して「「アハハハハ」」と笑いあっていた。
そして、日没は過ぎ、辺りは静かに夜へと移り変わっていった。
「ほら、持ってきたぞ! 久奈子」
座っている久奈子の前に、私様は集めてきた木をパラパラと落とす。燃えやすく、なおかつ火持ちの良さそうな木を、久奈子の指示通りに集めてきたのだ。
「あっ、流石幻! サンキュー」
久奈子は右手を前に突き出し、落とした木に手のひらを向ける。そして、掴むように指を曲げ――
「火天」
次の瞬間、掌から火球が放たれ、木をボォっと燃やした。
そう、私様と久奈子は焚き火を始めるところだったのだ。
魔術名【火天】。
これはファイア魔術、別名・炎火系魔術に分類される中での基本技。火球を飛ばし相手にぶつける――ただそれだけの単純な魔術だ。ゆえに威力は大したことはないが、こうして日常生活の助けに使うには十分な火力だった。
パチパチと、火は心地よい音を立てて燃え続ける。
「今ね……あたしも振り返っているんだ。幻と初めて会ったときのこと」
しばらく二人で火を見つめていたが、久奈子がふいに口を開いた。
「うん?」
「驚いたよ……幻がこの世界に来たとき、あの日、〝皆既日食〟が起こっていた」
「……たまたまだろう」
「たしか……卑弥呼が死んだ日も、皆既日食が起こったってされているんでしょう? そして、あんたがこっちに来たときも皆既日食……偶然にしては出来過ぎない? やっぱり、あんたって本当に卑弥呼の子孫――」
「久奈子、貴様……陰謀論とか信じるタイプなのか? もし前の世界で私様と出会っていたら――教団の従者になっていたかもな」
私様は即座に否定した。
別に、人が何を信じるか、陰謀論をどう考えるかに否定的ではない。信じたいなら、好きに信じればいいと思っている。
だが、「私様が卑弥呼の子孫」などという話だけは、是が非でも認められない。
なぜなら、あの女を含む歴代教祖たちは、卑弥呼の子孫であると主張するために、卑弥呼と少しでも似ている点を探し出し、あるいは無理矢理にでも共通点をでっちあげては従者を獲得してきた。
その頃の布教活動を思い出させるからこそ、久奈子の言葉はどうしても拒絶したくなるのだ。
「……うん、そうだよね。ごめんね、幻」
久奈子は引きつった笑顔を見せる。けれど、すぐに俯いて――
「幻が過去のことで苦しんでいるのに悪いけどさ……あたしね……実は幻のこと、羨ましいなぁって思うことがあるんだ」
「久奈子?」
思ってもみなかった言葉に、私様は戸惑った。




