11.「やめんしゃい!」
今回のエピソードは、時系列だと3.「相棒」の続きとなります
(新しき世界に来てからも、色々あったな。久奈子との出会い、そして、久奈子から魔力を受け取り、神仙教のカルト教祖・サイ・オウボウとの戦い……さらに今回の、知識の門のカルト教祖・レウコスとの戦い……こうして振り返ってみると、私様の人生は、なぜかカルトと縁深い)
「相棒? ……幻? ……げーん?」
(そして、今も久奈子とは、なんだかんだで一緒に旅を――)
「幻ってば!!!」
「うわぁ!? な、なんだ久奈子?」
私様が「神鬼魔鏡」教団の教祖となった経緯から現在までを回想していたら、いきなり隣に座る久奈子に怒鳴られた。
「さっきから何度呼んでも反応しないから……もしかして、また、昔のことを考えていたの?」
――ギクリッ!
「……ああ」
久奈子は、私様の胸の内を言い当てた。
「ハァ~~、幻の悪いところだよね……そうやって、いつまでも過去を引きずるところ……」
「幻は前の世界で死んだ……なら、前の罪はそこで清算でいいじゃない。いい加減忘れて、新しき世界では新しい人生を――」
「私様は忘れてはならないと考えている」
励ましの言葉を受けながらも、私様はハッキリと否定する。
「これは生涯忘れてはならない罪だ」
「……幻」
「泉生に殺されていなければ、その末路は、間違いなく母のような鬼畜カルト教祖になっていた。そして……私様が行動しなかったせいで、寺島は死に――曽根弥と泉生に、手を汚させることになった」
「やめんしゃい!」
――バキッ!
「ぐはっ!?」
突如、頬に衝撃。
久奈子がいきなり殴ってきたのだ。
「あっ、しまった。つい癖の方言が出ちゃった!」
久奈子は、パンチしたことよりも、自分の博多弁が出てしまったことに驚いていた。
そして私様は、殴られた痛みよりも――前の世界を含め、生まれて初めて「人に殴られた」という事実の方に衝撃を受けていた。
(あの女でさえ、私様を殴ったことなどなかったのに……)
「お客さん!? やめてくだせぇ! 喧嘩はよくないですぜぇ!」
御者のマジドが馬車を止め、私様たちを宥めようとする。
「ああ、すみませんマジドさん。お騒がせしました。もう殴りはしないので、安心してください」
久奈子が謝罪し、再び私様へと振り向く。
「幻! いい加減〝悲劇のヒロイン〟ぶるのをやめなさい! ネチネチとみっともない!! 同情でも誘っているつもり?」
久奈子は私様にガミガミと説教を浴びせる。止まらない。
「漫画とかであんたみたいなキャラが出てくると――イライラするのよ!! WEB漫画だったらコメント欄でボコボコに叩かれているわね。下手したら、そのキャラを出した作者まで叩かれている! 『陳腐なんだよ! そんなキャラ好きになれるか!』――って、作者に説教するために書き込むレベルよ!」
話の内容はまったく意味がわからない。だが久奈子は、とにかく私様を説教し続ける。
(――思えば、こうして説教されるのも初めての経験か?)
教団側では、母から説教されることもなければ、従者から説教されることもなかった。
世間側でも、学校の教師や大人たちから相手にされることはなく――まるで存在しないかのように扱われていた。
まあ、それも当然といえば当然だ。私様の生い立ちを考えれば。
「……幻、またマイナスなことを考えているでしょ?」
――ギクリッ!
「幻、正直言って、あたしはあんたの気持ちはわからない。宗教なんて、日本人にとっては〝なんかヤバそうだから近寄らない方がいい〟って思うのが普通でしょ。あたしもその一人」
「……そう思うのが正しいかもな。現に私様がいた教団はカルトだった」
「でも今のあんたはもうカルト教祖じゃない! 元! も・と・カルト教祖よ!! この世界では、ただの一人の女に過ぎない! スキルタイプが特殊なのは認めるけど」
「……久奈子」
胸の奥に、不思議な感覚が広がる。なんだ、この気持ちは。
「もうあんたは神鬼魔鏡とは関係ない!! いつまでも過去に囚われてんじゃない!!」
荒げた声を出し続けていた久奈子は、「ハァ……ハァ」と息を切らし、やがて落ち着いた声で言葉を紡ぐ。
「……それでも、それでも、過去のことでネガティブになるなら――寺島さん、曽根弥さん、泉生さん。その人たちへの謝罪と後悔の念を忘れなければいい。ただ悲劇のヒロインぶるんじゃなく、〝過ちから現在以降をどう生きるか〟を考えればいいじゃん」
(過ちから現在以降をどう生きる……?)
思ってもみなかった考えに、心が揺さぶられる。
「……過ちを忘れなければ、あんたはきっと同じ失敗を繰り返さないよ。そして――」
久奈子は言葉を続ける。
「殺された寺島さんは、この新しき世界にいるかもしれない。曽根弥さんや泉生さんも、いずれ来るかもしれない。その時はちゃんと謝ろう。あたしも一緒に謝るから」
久奈子の澄んだ黄緑色の瞳が、優しく私様を見つめる。
それは、見つめるだけで己の瞳まで澄んでいくような――心が浄化されるような不思議な感覚だった。
「……そうかもな。久奈子、貴様の考えが正しいのかもしれない」
久奈子の説教に、心が救われた気がした。
煙のようにまとわりついていたモヤモヤが、晴れていく。
そして、私様と久奈子は、そろそろ馬車から降りることにした。
「あざっした! 6銀貨と50銅貨となりますぜぇ」
6銀貨と50銅貨――日本円にすると、およそ6千500円。
私様はちょうどの金額をマジドに渡した。
「おふたりさんとも、喧嘩はほどほどに、仲良く旅してくだせぇよ!」
「「あ」」
私様と久奈子は、思わず同時に声を上げてしまう。
そうして御者のマジドと別れ、ここからは、また私様と久奈子、二人だけの歩みとなった。
相変わらず、行き先も決めていない気ままな旅。だが、久奈子が隣にいる――ただそれだけで、歩ける。
流石は相棒か。
……そういえば。
今になって気づいたが、教祖時代にあった両目の濁りが、いつの間にか消えている。
新しき世界に来てからなのか、それとも、久奈子と出会ったおかげなのか。
世界を映す私様の両目は――今日も、美しく澄んでいた。
久奈子に殴られた場面――「お袋にもぶたれたことないのに!」という某名台詞のパロディが浮かんだのはナイショ♡




