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異世界に転生した俺はインチキ教祖としてハッピーライフを目指す  作者: 朝月夜
第4章社陸幻鏡という女

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9.「ババを引いた」

(泉生!? なぜ、彼女がここに?)


 私様は驚愕した。この部屋に入るには、番人を通さねばならないはずだ。だが、目の前に立つのは、間違いなく泉生であった。


(まさか……番人が裏切り、泉生を通したのか?)


 一番ありえそうな可能性を思い描いたとき、泉生は私様の心を見透かすように、口元を緩めてフッと笑った。


「フフ……なぜ、私がここにいるか驚いているようね。いいわ、教えてあげる」


 冷ややかな微笑を浮かべながら、泉生はゆっくりと語り始めた。


「私は、元々二十五年以上この教団にいたのよ……施設の構造を頭に入れれば、従者に見つからないように――施設に潜入することも、番人の勤務時間、休憩時間のタイミングも知れば――この部屋に入ることも簡単なのよ」

「……なに!?」

「甘く見ていたわね。私のように教団へ恨みを持つ者が、この場に現れる可能性を、あなたは想定していなかった」

「……まあ、当然と言えば当然かしら。私たちを『従者』と呼び、ただ従うだけの者と蔑んできた、あなたたち母娘にとっては」


 泉生はさらに一歩、また一歩と近づく。


「もし、あなたに危機意識があり、警備を強化していたなら――そもそも施設に入ることすらできなかったでしょうに」


 そして、ついに私様の眼前まで迫った。

 ――逃げるか、あるいは叫んで従者を呼ばなければ殺される。

 そんなことは頭でわかっているのに、私様の体は動かない。

 ――これは恐怖のせいなのだろうか。

 それとも――。


「そんな甘い考えしているから――死ぬのよ。馬鹿な女」


 泉生は包丁を握る手に力を込める。


「ハァ……ハァ……」


 私様の鼓動が早くなる。――本当にやばい。そうわかっているのに。

 そして――


 グサ!


 私様の体から、鈍い音がした。

 己の身体に突き刺さる包丁を見つめながら、私様は――スマホがフリーズしたかのように無心となり、その場に突っ立っていた。


「なんで……なんで……なんで私たちばっかり失わないと、いけないのよぉおおおおおおおおお!!」


 その決壊した怒りの叫びを耳にして――私様は全てを悟った気がした。

 彼女が、私様を狙った理由も、私様の死も――そして、どこかでこうなることを望んでいた己のことも。


「こんな!」

 ザクッ!


「こんな教団がなければ!!」

 ゾクッ!


「私と夫は幸せな生活があったのに!!」

 ギュッ!


「あんたの母や!!」

 グサッ!


「あんたさえこの世に居なければ!!」


 ラッシュのように、彼女は私様をグサグサと刺しつける。

 そして――私様は、ついに倒れた。


「あ……ぐっ……」


 それでもまだ息があった。それを幸と見るか、不幸と見るか――私様自身にも答えは出せない。

 私様を見下ろしながら、彼女は問い詰めるように叫んだ。


「ねぇ……笑っていたのでしょう? 人の夫を奪って! 笑っていたのでしょう!! あんたら母娘で!!」

「私が教団を非難してから……当てつけのように夫を犯罪者にして清々したのでしょう?」


 ――彼女が本当に殺したかったのは、私様ではない。きっと、あの女だ。

 だが、あの女の行方がわからない。だから、標的を私様へと変えたのだろう。


「わ……わら……」


「笑っていない」――「あなたの夫を犯罪者にして清々なんてしていない」――そう伝えたいのに、言葉が出てこない。


「ハァ……ハァ……ああああああああああああああああああああああああああ!」


 彼女は馬乗りになり、狂乱したように叫びながら、何度も何度も私様の身体を突き刺した。

 ――刺されている最中、私様は思う。

 この教団がいつまでも続くはずがなかった、と。

 ついさっきまでは永遠に続くと思っていた。だが冷静に考えれば、従者たちの犠牲の上に成り立つ教団など、このような形で幕を下ろすに決まっていたのだ。

 それは時限爆弾が爆発するように。


(……ババを引いたのが、私様になっただけだ)


 どこか他人事のように、私様はそう考えた。

 そして、私様は自らこの教団を変えようとしなかった。いや――止められなかった。

 止めなかったからこそ、止めるために彼女の殺意を利用した。

 それは、彼女に殺人という重い罪を背負わせる形で死を受け入れたのだ。

 つまり結局、私様は最期まで、教祖として従者を利用したのだ。

 ――あの女のように。


「ハァ……ハァ、返して……返してよ……私と夫の人生を――」


 わたしさまに馬乗りし、刃を何度も突き刺した後、彼女は確かにそう告げた。

 襲われている最中、私様の身体は様々な感覚を刻み込まれた。

 ズキズキと襲う鋭い痛み。その痛みと同時に走る灼熱感。鋭利な刃が肉を裂き、深々と突き刺さる異物感。そして引き抜かれるたびに流れ出す命の液体のぬめる感触。

 それらを何度も何度も繰り返し味わい、今やっと終わったところだった。

 そして、背中を地に着けたまま、私様は確かに感じた。体温がじわじわと抜けていき、肉体が冷たさに染まっていくのを――。


(ああ……とうとう死ぬのだな、私様は)


 死の淵に立ち、心に去来したのは、死への恐怖も、悲しみも、苦しみも、これまでの人生の走馬灯も、こんな事態に陥ったことへの後悔も、刺した女への怒りも――()()()()()()()()()()()()

 あるのは――こんな結果に至るまで迷惑をかけた人たちへの〝謝罪〟と、どこかでこうなる運命だったと悟ったかのような〝諦念〟だけだった。

 そして、死ぬ前に――

 私様は彼女に視線を向けた。


「あ……あ、みう……」


 言葉はもう、うまく出てこない。だからせめて、謝罪の意だけでも目に込めて伝えようとした。


(……すまなかった。あんな女やこんな教団なぞに狂わされて)


 そして今ここにはいないが、彼女の夫にも心の中で謝罪を捧げる。


(すまなかった……私様のせいで、あなたの人生まで狂わせてしまって)


 やがて思考は徐々に薄れ、世界を閉ざすような暗闇が視界を満たしていく。

 ――ああ、間違いない。これが〝死〟なのだろう。


(……この教団は終わるのか? それとも私様が死んでも続くのか?)


(……いっそのこと、終わってしまえばいいんだ。こんな教団なぞ)


 暗闇がすべてを覆い尽くす寸前、私様は最も謝らなければならない人物を思い出した。

 この教団のいざこざとは何の関係もないのに、不運にも巻き込まれた人のことを。

 ただ、その人ももう、この世にはいないのだが。それでも謝らなければならなかった。


(……すまなかった。寺島……光……当……)


 そして、私様の視界は完全に暗闇に染まった。

 私様こと、しゃりくげんきょう。享年二十六、ここにて死す。



 今回のエピソードは、プロローグへと繋がる回となります。

 ここ最近のエピソードでは、昼ドラのような別作品となりかけていますが、次回からこの作品らしい展開にやっと入ります!

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