7.「第六十代目神鬼魔鏡教団の教祖」 後編
「この鬼畜ババアが!」
「うぐっ!?」
ドン!
母の部屋――いや、これから私様の部屋となる場所で、私様は母……いや、もはや母と呼びたくもない女の胸ぐらを掴み、壁に叩きつけた。
最初に「教祖をそなたに譲る」と聞いたときも、ブチギレそうになったが、今になって「娘よ、今までありがとう。妾様は退くが、そなたなら教団を任せられる」――などと、いっちょ前に母親ぶった言動をされ、私様はついに堪えきれなかったのだ。
「私様に責任を押しつけ、貴様はおめおめと逃げるつもりか!」
「いっそこのまま、私様が貴様を殺してやろうか!? そうすれば、貴様なんかのために罪を犯した曽根弥と、死んだ寺島への……せめてもの罪滅ぼしとなろう!」
――コイツを今すぐ殺せたらいいのに。
いや、もっと前に、私様がコイツを殺し、私様自身も死んでいれば……曽根弥や泉生をはじめとした従者たちの人生が狂うことも、そして寺島が死ぬことも、なかったかもしれない。
強まる殺意に比例するように、胸ぐらを掴む力を強める。
だが、コイツは怯えながらも、苦笑を浮かべた。
「……鬼畜ねぇ。むしろそれは、妾様にとっては褒め言葉よ。ババアは余計だけど」
「鬼の道と書いて〝鬼道〟と呼ぶ。神の声を聞くために鬼道を極めた――そう言い張ってきた妾様たち歴代教祖が、鬼のように酷い人間になるのは、むしろ当然の成り行きではなくて?」
「なんだと!?」
ヘラヘラ笑いながら語るコイツ。だがやがて笑みは消え、神妙な面持ちへと変わった。
「……妾様が憎く、軽蔑するか? ――娘よ」
「母を軽蔑し、己の血筋を憎み、そして変えようとしたのが……本当にそなただけだと思うのか?」
「!?」
私様には、コイツの言葉が理解できなかった。いや――正しく言えば、理解したくなかった。
「妾様だって、そなたと同じ時期があった。だが……〝結局、何も変えられなかった〟。妾様もまた、母と同じ道を辿った」
「そして、やがてそなたも妾様と同じ人間になる。なにせ、そなたもこの妾様の血を継ぐ、立派な娘なのだから……これが妾様からの本当の卜占よ」
「なにぃ!?」
私様は動揺した。
コイツに、私様と同じ時期があったというのか? そして――私様もまた、コイツと同じ道を辿るというのか?
気づけば、掴んでいた力がつい緩んでいた。
その瞬間、コイツはフッと笑い、こう言い放った。
「嫌なら、この教団をあなたの代で解散したら? 妾様は去る立場。もう、この教団はあなたの物よ」
「……解散!?」
「ええ。妾様はもう無関係。極論を言えば、この教団がその後どうなろうと知ったことじゃないわ」
――確かに、今この教団の教祖は私様だ。
神からのお告げと称して〝教団の解散〟を決定すれば、従者たちがいくら反発しても、教団は終わらせられる。
「もっとも……教団をやめれば、従者の金で築いてきた豪華な生活はできなくなるでしょうね。あなたにその覚悟があるのかしら? よく言うでしょ――『人は生活水準を下げられない』って」
「……」
「それに……そなたが教団を存続させる口実を挙げるとすれば、曽根弥のような古参従者はもう外の世界で生きていけないということよ。教団を解散して困るのは、教祖ではなく、むしろ従者たち。そなたにその決断ができるかしら?」
「……」
私様は自然と、掴んでいた手を離してしまった。
コイツはするりと床に崩れ落ちると、ふと割れた鏡を見やり、低く呟いた。
「……妾様がこの世で最も嫌いなものは〝鏡〟よ。どうあがいても、己の老いと醜さを突きつけてくる道具ほど忌まわしいものはない」
「一応の祖先とされる卑弥呼は、魏から鏡百枚を賜り、さぞ喜んだことでしょうね……だが妾様は、鏡など一枚たりとも欲しくないわ」
コイツは立ち上がり、私様を素通りして部屋を出る前に、呪いのような言葉を吐き残した。
「精々悩み、あがき、もがき、そして苦しむといい。そなたも鬼道の使い手……やがて妾様たちと同じく、鬼の道へと堕ちるその時まで……」
「その両の瞳も、いずれは濁るでしょう……鏡のような娘よ……」
それが――母との最後の別れだった。
母は我理をはじめとした、愛用の男性従者を数名引き連れ、この教団から去っていった。
【作者からのお願い】
お布施のように、このあとがきの下にある『☆☆☆☆☆のマーク』とブックマークを、ポチッと押していただけないでしょうか?
そうすれば、新規教祖・社陸幻鏡の卜占が、良い結果を導くことになるでしょう!




