5.「ターニングポイント」 前編
「曽根弥の件!?」
さっそく、知りたいことを母の口から聞けるとは。
曽根弥の贖罪、そしてそれが教団と私様の未来にどう繋がるというのだろうか。
私はゴクリと唾を飲み込み、母の言葉を待った。
母は煙管をゆっくりと吸い込み、吐息とともに再び口を開く。
「ぷはー……ところでそなた、今いくつだったか? たしか……二十四?」
「えっ!? いえ、……二十六歳です」
娘の年齢すらロクに覚えていない母。
こんなことは今に始まったことでもないから、動じはしない。
ただ、突拍子もない話題の転換に驚いただけだ。
「そうそう……二十六か。で、娘よ。そなたはまだ〝初体験〟を済んでいないのよね?」
「……っ」
「そろそろ愛用の男性従者でも作ったらどうよ? 妾様がそなたの年頃の頃は、出家男性従者をコンプリートしようと毎晩――」
「あのう……質問の意図がよくわかりませんが、それが曽根弥の件とどう関係が?」
話が脱線していると思ったので、私様は単刀直入に曽根弥の件を聞くことにした。
「……まったく、味気ない娘ね。たまには母娘らしい会話をしようと思わんのか、そなたは」
貴様なんかに母娘を語る資格があるとは思えん……が、ここで余計な喧嘩をすれば、曽根弥の件を聞くのが益々遠のく気がする。ここは言い返すのをグッとこらえた。
「……フン、まあいいでしょう。では語りましょう、曽根弥の件について――」
母は煙管を置き、低く笑ってから続けた。
「結論を言うと――曽根弥の一応の妻、泉生についてだ。これ以上、奴に教団をバッシングされるのは目障り……だから、曽根弥を使って永遠に黙らせる。それが、さっき曽根弥に伝えた『例の件』というわけよ」
「――なっ!? 泉生を……曽根弥に殺させるというのですか!?」
驚愕の事実に、私は思わず声を上げた。
「人聞きが悪いことを言うわね……妾様はそんなこと曽根弥に命じていない。ただ、『曽根弥、そなたには、とてつもない罪を背負っている。罪で穢れたその魂を浄化するには、教団にとって今もっとも悪しき者を永遠に排除しなければならない。それが神からのお告げだと』――そう伝えただけよ」
「どう見ても、間接的に〝殺せ〟と命じているじゃないですか!」
母は「殺人罪における教唆の罪」を免れるために、回りくどい言葉で曽根弥に泉生殺害を促したということだろう。
だが、母はニチャァと気味が悪くなるような、下卑た笑みを浮かべた。
「妾様を責めないで頂戴。妾様は鬼道によって神の声を曽根弥に伝えただけ。それを曽根弥がどう解釈し、どう動こうが妾様は悪くないわ」
「……そうそう、あとこれも伝えたわ。『排除する際は、神や教団のせいにするような意思を持ってはならない。あくまでも〝己の意思〟でやったとして責任を取ること。全てを終えたら、次期教祖となるはずの幻鏡をそなたに任せよう』――とね」
「なに!?」
「妾様が気づかないと思ったのかしら? あの曽根弥の、そなたに向ける目を。あれはどう見ても、そなたに恋している目だわ。だから、幻鏡のため――幻鏡をそなたにあげると言えば、必ず食いつくと思ったわ」
「まあ、あの曽根弥からすれば、そなたのような若く綺麗な娘に惚れるのも無理はないかもしれないが……だからこそ、その思いは利用できる」
母は、どこか私様に嫉妬をにじませるような眼差しで語った。
本エピソードは長編のため、前編・後編に分けて投稿します。




