4.「お母様」 後編 ※一部に人間関係のドロドロ描写を含みます
タイトル通りです。※一部に人間関係のドロドロ描写を含みます
「……ぷはー。朝の一服――やっぱりいいわ」
煙管を吸いながら、部屋にある銅鏡を見つめる母。
普段は私様以上に濃すぎる化粧をしているのに、今日は化粧が落ちた顔、乱れた髪と服装……間違いない。昨夜も愛用の男性従者とよろしくやっていたということだろう。
そして、私様の推測を裏付けるように、寝室から二人の男性が現れた。
「ああ、すんません。照魔ちゃん♡ あと、幻鏡様、自分すぐに抜けますね」
「ああ」
一人は飄々とした青年の男性、吉野我理。
比較的に新参者の従者で、最近は夜になると母の寝室に呼ばれることが多い。
「照魔鏡様……今すぐ抜けます」
そしてもう一人は中年の男性、池上曽根弥。
母が教祖に就任した頃に入った古参の従者で、二十五年以上この教団の施設に暮らし、それなりに地位もある。仕事面でも夜の面でも、母のパートナーと呼んでも差し支えないほどのお気に入りだ。
「幻鏡様……おはようございます」
「……ああ、曽根弥、おはよう」
曽根弥は、いつものように、まっすぐと私様を見つめて、挨拶をする。
その瞳は、従者らしく生気のない状態ではあるが、私様を見るときだけは、ちょっぴりと明るく、そして暖かそうな目をしている。
それは、母を見るような崇拝や畏怖の感情を宿した目ではない気がする。
なんとなくだが、私様に対して、好意とは違う何かの感情を向けられているように思える。私様自身、それが何かはわからないが。
だが、曽根弥の見つめるその瞳には――戸惑うところもあるが……悪い気がしないところもある。
「曽根弥、そなたは少しこの部屋に居てくれ。話がある。……我理よ。またな♡ 尚、寝室以外では、敬虔な従者として振る舞うのよ」
「はい! 照魔ちゃん♡ いえ、照魔鏡様!」
我理はそう答えると、部屋をあとにした。
そして、部屋には――私様、母、曽根弥の三人となる。
「さて……毎度のことながら、あの脱会支援団体には手を焼いている……特に最近だと、そなたの妻には参っているぞ。あの裏切り者にはな」
母は、曽根弥に当てつけるように言う。
曽根弥の妻――池上泉生。
彼女は一年前まで、曽根弥と同じく古参の従者だった。だが、敵対する脱会カウンセラーの手助けを受け、マインドコントロールが解けたことで、現在では教団を激しく非難する側に回っている。
元古参の従者なだけあり、教団の裏側を熟知しているうえに、かつて経理を担当していたこともあって、金の流れすら把握している。
そのため、彼女のバッシングは世論からも注目され、さらに夫である曽根弥が今も教団に残っていることから、「悲劇の妻」「夫を取り戻そうとする献身的な女性」としてメディアに取り上げられることもある。
「申し訳ございません。……妻ではなく、〝元妻〟です。戸籍上では離婚しておりませんが、私の中では、もうあの女は妻とは見ておりません」
本心からか、あるいは母の機嫌を取るためか――いずれにせよ、そう言わざるを得ない立場の曽根弥は、そう返答する。
「フン……あのビッチが。夫を取られた腹いせかしら。形だけの妻の分際のくせに。そなたの夫は、そなた以上に妾様の傍におった。身体を重ねた回数だって、妾様の方が圧倒的に上だ」
「……ぷはー。やっぱり、見せつけるように、妻の目の前でいつも夫を侍らせていたのが、良くなかったのかしら? あれが地味に効いていたのかもね、フフ」
母は煙を吐きながら、そうボソッと呟いた。
だが、やがて母はニチャァと気味が悪くなるような、下卑た笑みを浮かべた。
「フフ……曽根弥よ、例の件を覚えているな? お前の贖罪のためでもあり、教団と娘の未来のための行動を……」
(例の件? 贖罪? 教団と――私様の未来のための行動だと? 一体、何の話をしている?)
母は曽根弥に語りかけているが、意味深なその内容に私様は注目する。というより、「私様の話」まで出た以上、無関係ではいられない。
「……はい、もちろんです。照魔鏡様」
「そうか、ならいい。行っていいぞ。そなたは長年、妾様に仕えてくれた……その恩には必ず報いよう」
母にそう言われ、曽根弥はコクンと頷き、最後に私様を見つめる。
そして「失礼いたします」と言い残し、部屋をあとにした。
「あ……」
例の件について聞きたかったが、肝心の曽根弥が出て行ってしまった。
そして、部屋には――私様と母、二人きりとなる。
しばらくの沈黙ののち、母が口を開いた。
「さて……ようやく二人きりになったな……娘よ」
その声は、静かで、けれども妙に重かった。
「そなたに話がある。今の曽根弥の件についてだが――」




