4.「お母様」 前編
今こそ語られる、幻鏡の過去とは――!?
「おはようだ。従者の諸君」
「「おはようございます。幻鏡様」」
本日も私様は、従者たちに挨拶をしながら、廊下を歩く。行き先は、いつもの場所だ。
私様の名は――社陸幻鏡。
教団「神鬼魔鏡」の次期教祖とされている立場の者である。
教団「神鬼魔鏡」――それは、あの邪馬台国の女王〝卑弥呼〟の自称・直系子孫かつ女性が代々教祖を務めてきたという、いにしえより続く宗教団体だ。
卑弥呼が「鬼道」によって神の声を聞き、邪馬台国の民を導いたように、この教団においても、教祖が鬼道を通じて神の声を聴き、信者である「従者」たちを導いている。
そして、次期教祖という立場上、私様の服装も当然ながら、卑弥呼を模したものとなっている。
上半身には淡紫色の上衣をまとい、外套は紺と白を基調とした長衣。腰には赤い帯を結び、下半身は裾を赤で彩られた衣を着ている。
さらに額には、赤い鉢巻を巻き、その中央には――まるで〝日の神〟を名乗るかのような――太陽を模した飾りをつけている。
なお、卑弥呼とは直接関係ないが、教祖は常に従者たちから美しく見られるべき存在とされているため、私様は日課として濃い化粧を施している。
ちなみに、卑弥呼や邪馬台国のことが記されている有名な『魏志倭人伝』では、卑弥呼は生涯独身であったとされている。つまり、卑弥呼に実の子がいたという説には、そもそも信憑性がない。
それでも、現時点で五十九代目まで教祖が代替わりしてもなお、教団が存続しているのだから――歴代教祖たちの〝誤魔化しの巧妙さ〟と、従者たちの〝信仰心の強さ〟には、ただただ感心するばかりだ。まるで他人事のように、私様はそう思っている。
ちなみに、当教団における邪馬台国の所在地は、「畿内説」でも「九州説」でもなく――「四国・阿波(現在の徳島県)説」を採用している。
確か五十七代目までは「九州説」が教義とされていたはずだが、五十八代目の就任以降、なぜか方針が変更された。理由については一切語られていないが、従者たちは誰も疑問を抱かず、今では「阿波こそ聖地」として当然のように信仰されている。
「お待ち申し上げておりました……幻鏡様」
そう告げられ、私様はついにあの部屋へ辿り着いた。
襖の前には、男性の従者が二人、奥の部屋を守るかのように番人として立っている。
「照魔鏡様、幻鏡様が参られました」
そして、いつものように、一人の男性従者が襖の先にいるあの女へと伝える。
「ええ、通していいわ」
奥から声が聞こえると、番人の二人の男性従者は私を通すため、その場をどく。
「失礼いたします」
私様はいつものように、そう言い、すーっと襖を開ける。
「……おはようございます。お母様……」
「ええ、おはよう。娘よ」
襖を開けた先に待っていたのは、私様と同じ服装を着た、ブクブクと太った中年の女性。
彼女の瞳も、私様と同じくオッドアイ――だが、色合いが微妙に異なる。
私様の右目が黄緑、左目が紫であるのに対し、その中年の女性の瞳の色は、右が濁った黄緑、左が赤紫のオッドアイだった。
彼女の名は――社陸照魔鏡。
私様の母にして第五十九代目神鬼魔鏡教団の教祖でもある。
つまり現在、彼女が従者を導いている立場だ。
本エピソードは長編のため、前編・後編に分けて投稿します。




