1.「カルトを狩る元カルト教祖」 後編
「ヴァ、ヴァレンティヌス~~っ!?」
「残念だったな……貴様もここまでだ。くらえ、金――!?」
そのとき――。
私様の第六感が鋭く警鐘を鳴らす。頭上から迫る、得体の知れぬ気配を。
即座に魔術の発動を中止し、レウコスから身を離した。
ドン!
頭上から何かが落ちた。
一瞬、煙が舞い上がり、その者の姿は見えなかったが、やがて煙は晴れた。
その正体は、獣人族オナガザル科――見た目はニホンザルだが、体格は成人男性並みだった。
その獣人族は、まるでスーパーヒーローのような三点着地で、私様に襲いかかってきたのだ。
「無事でしたか――先生」
「おお! でかしたぞ!! ジョージ・ヘストン!!!」
間一髪で躱せたのはいいが、肝心のレウコスは生きたままだった。
私様と久奈子は、門徒たちにぐるりと取り囲まれる。
「フフフ……どうだ、幻鏡、久奈子。まさかお前らがこの先生の命を狙っていたとはな。だが――残念だったな」
レウコスは先ほどの鬱憤を晴らすように、ドヤ顔で言葉を続ける。
「質問しよう。お前たちは何者だ? 何の目的でこの先生の命を狙う? 仲間は他にもいるのか?」
「正直に告白すれば、真なる世界に送ることだけは見逃してやろうではないか」
形勢が逆転したと思い込んでいるレウコスは、まるで先ほどの意趣返しと言わんばかりに尋ねる。
「……もう貴様と語る気はない。なぜなら――殺すと決めたからだ」
「ほぅ? 大した自信だな。この門徒七十を相手に、真正面から戦うというのか?」
レウコスの周囲に集う門徒たちは、厚い壁のごとく奴を守る。教えを盲信する彼らは、喜んで命を投げうつだろう。
「……確かに、真正面からでは厳しい。だが、この密室――そして敵との距離の近さ。状況を活かせる魔術がある。……追い詰められたのは、むしろ貴様の方だ」
「久奈子!!」
「ええ! わかっている!!」
私様と久奈子は背中合わせになり、右手を掲げた。それは、ある魔術を発動するための構え。
「なっ!? お前ら、まさかファント――」
「遅いわ」
「「――桃源郷」」
――パッチン!!
私様と久奈子は同時に指を鳴らした。その瞬間、紫色の煙が立ちのぼり、瞬く間に部屋中を満たしていく。
その煙を吸い込んだレウコスと門徒たちは、一斉に身体を硬直させた。
魔術名【桃源郷】――これはファントム魔術、別名「幻惑系魔術」とも呼ばれる。
生者がこの煙を吸い込めば、対象の脳に干渉し、幻覚を見せる。
魔術の構えは、先ほどのように指パッチンで発動する仕組みだ。
「ああ……あああああ」
門徒たちは恐ろしい幻覚に襲われ、腰を抜かしていた。
なお、見せる幻覚は術者である私様がある程度設定できる。
今回設定したのは――「その者にとって、最も恐ろしい幻覚を見せること」だ。
そのため、ほとんどの門徒は恐怖に固まり、何もできずにいる。
だが――
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
ひとりだけ、発狂したかのように叫び声を上げる者がいた。そう、それはレウコスだ。
「フン! 前に戦ったカルト教祖のときもそうだった。ファントム魔術をくらっても、信者たちはある程度正気を保てるのに、肝心のカルト教祖本人はまるで耐えられない……」
「これは、曲がりなりにもお前を信じ、拠り所としているからだ……だからこそ信じることで正気を保とうとしている。対して、お前は何だ?」
「宗教を悪用する者が、死の淵に立たされたとき、何も信じられず、みじめに死んでいく……お前にふさわしい末路だろう」
幻覚に囚われたレウコスには、この言葉は届かない。だが、それでいい。言いたいことは言えたのだから。
私様はレウコスに近づき、眉間に人差し指を当てる。
「金印」
そう唱えると、レウコスの眉間から後頭部まで、一筋の穴が開いた。
「……終わったぞ」
「やったわ!! 流石あたしたち最強コンビね!!」
こうして、レウコスを倒した私様と久奈子は、知識の門を後にする。
館を出る直前、久奈子が確かに私に言った。
「ねぇ……幻、レウコスの最初の質問には答えても良かったんじゃないかしら? 『あんたが何者なのか?』って――」
「?」
「あんたは――カルトを狩る元カルト教祖……それが社陸幻鏡という女よ」
これより、第四章がスタートします。
第四章のストーリーは、第一章から読んでいない方も、第一章から第三章まで続けて読んでくださった方も、どちらも楽しめる内容を目指しています!




