プロローグ:私様こと、社陸幻鏡。享年二十六、ここにて死す
「ハァ……ハァ、返して……返してよ……私と夫の人生を――」
私様に馬乗りし、刃を何度も突き刺した後、彼女は確かにそう告げた。
襲われている最中、私様の身体は様々な感覚を刻み込まれた。
ズキズキと襲う鋭い痛み。その痛みと同時に走る灼熱感。鋭利な刃が肉を裂き、深々と突き刺さる異物感。そして引き抜かれるたびに流れ出す命の液体のぬめる感触。
それらを何度も何度も繰り返し味わい、今やっと終わったところだった。
そして、背中を地に着けたまま、私様は確かに感じた。体温がじわじわと抜けていき、肉体が冷たさに染まっていくのを――。
(ああ……とうとう死ぬのだな、私様は)
死の淵に立ち、心に去来したのは、死への恐怖も、悲しみも、苦しみも、これまでの人生の走馬灯も、こんな事態に陥ったことへの後悔も、刺した女への怒りも――そんなものは一切なかった。
あるのは――こんな結果に至るまで迷惑をかけた人たちへの〝謝罪〟と、どこかでこうなる運命だったと悟ったかのような〝諦念〟だけだった。
そして、死ぬ前に――
私様は彼女に視線を向けた。
「あ……あ、みう……」
言葉はもう、うまく出てこない。だからせめて、謝罪の意だけでも目に込めて伝えようとした。
(……すまなかった。あんな女やこんな教団なぞに狂わされて)
そして今ここにはいないが、彼女の夫にも心の中で謝罪を捧げる。
(すまなかった……私様のせいで、あなたの人生まで狂わせてしまって)
やがて思考は徐々に薄れ、世界を閉ざすような暗闇が視界を満たしていく。
――ああ、間違いない。これが〝死〟なのだろう。
(……この教団は終わるのか? それとも私様が死んでも続くのか?)
(……いっそのこと、終わってしまえばいいんだ。こんな教団なぞ)
暗闇がすべてを覆い尽くす寸前、私様は最も謝らなければならない人物を思い出した。
この教団のいざこざとは何の関係もないのに、不運にも巻き込まれた人のことを。
ただ、その人ももう、この世にはいないのだが。それでも謝らなければならなかった。
(……すまなかった。寺島……光……当……)
そして、私様の視界は完全に暗闇に染まった。
私様こと、社陸幻鏡。享年二十六、ここにて死す。
なにゆえ、彼女は死ななければならなかったのか……




