エピローグ:「最後まで神を信じた男」
インチキ教祖視点
月の星団との戦いから一夜明けた頃……
「今でも信じられねえな……リチャード、あんたが死んだなんて」
「譲渡者が亡くなれば、その魔力も消えるはずなんだが……どうやら、例外もあるらしい」
「……リチャード、あんたの魔力は……今も俺の中に……そして、信者たちの魔力の中に確かに残っている」
リチャードのお墓の前で、俺はまるで話しかけるようにそう伝えた。
墓の前には、供え物として――白い花、リチャードの故郷の酒――クール・ド・リヨン、そしてリチャードの武器である犬顔の戦棍が、そっと置かれている。
犬顔の戦棍はサラーフとの戦いで壊れたが、ヴェダに修復してもらった。
「息子さんに似せた武器……あんたにとってはきっと、なくてはならないものだったはずだ」
「その武器と共に、安らかに眠ることを……祈っている」
俺はそう願いを込めて告げた。
「……まあ、考えてみれば、別の世界で楽しく生きているかもな――あんたと家族なら」
俺は願望も込めて、笑いながらそう伝えた。
手に持っていたクール・ド・リヨンのワインボトルをグビっと飲み、その場を後にする。
次に向かった先は、別のお墓。
お墓と言っても、リチャードや亡くなった信者たちのように、墓碑を設置しているわけではない。
一本の刀剣――先端は、ハサミのように二股に分かれ、錆びているように全体的に赤みを帯びた刀剣を地面に突き刺し、それをお墓の代わりにしている。
その刀剣の前に、一人のオーク族……いや、オークと人間のハーフの女性が、膝をついたまま静かに佇んでいた。
俺は刀剣ルカ・イフルズの前に立ち、彼女の隣に歩み寄る。
「君がアミーラだね? イブリースの娘の……」
アミーラはゆっくりと顔を向けた。
その顔には、涙は今は零れていないが、散々泣いた跡が見て取れた。
俺はグビっと酒を飲み、アミーラにこう伝えた。
「君の父が亡くなる前に……少し話をした――聞いてくれるか?」
◇
「これで、終わりよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
イブリースが叫び、右の貫手が今、俺に迫る――!!
「(ここまでか――!?)」
俺はそう覚悟した。
だが――
ピタッ!
イブリースの右の中指が、俺の眉間を触れたところで、その手の動きが止まった。
眉間から血がたらりと流れる。
「ハァハァハァハァハァハァ――ハァ」
気づけば、俺は息遣いが荒くなっていた。
だが、イブリースの右腕は力尽きたかのように、俺の眉間から離れ、腕をブランブランと地面に垂らしていた。
「お、終わりなのは……ワ、タクシ……のようね」
イブリースはぼそりと呟いた。
「(生き残った!? 俺が?)」
この結果を、俺が一番信じられなかった。
やれることは全てやったつもりだったが、イブリースの動きが止まる気配はなかった……実際、あと数センチ中指が進んでいたら――間違いなく死んでいただろう。
だが、確かに俺は生き残った。それに対して、イブリースはその命を尽きようとしている。
俺は喉に突き刺さった左手をズボっと抜いた。
抜いたことで喉から血がドクドクと流れる。
急いで回復系魔術を行使するが、なぜか、中々治らない……
「教祖! 聞いてほしいッス!! 死力魔術からのダメージは、回復系の効き目が悪くなるッス」
「(なに!?)」
「だから、一緒に治療するッスよ!」
ヴェダが回復杖のクルパスから回復系魔術を行使し、俺もヴェダの言う通りに回復系魔術を続ける。
実質、凄腕ヒーラー二人分の治療で、喉の傷は徐々に塞がり、なんとか喋れる状態まで回復した。
「……イ、インチキ……教祖……あなたに頼みたいことがある……」
イブリースがゆっくりと俺に話しかける。
「うわッ!!」
イブリースに話しかけられて、まず恐怖を覚えた。
今にも最後の力を振り絞って攻撃を仕掛けてくるのではないか――俺はイブリースに、それほどの凄みを感じている。
「フフ、そんな怯えなくても……いいじゃない……もうすぐくたばるわよ……」
イブリースの目にはもはや戦う意志がないように見えた。
結果的に俺が生き残るのに、その顔には悔しさや憎しみはまったくなく、「やるだけやった」という晴れやかな印象さえあった。
「どうだか……その気になれば、最後っ屁で攻撃しそうだけどな、あんたなら……」
「でっ、頼みとはなんだ?」
「……今回、戦争を起こした原因は……ワタクシにある……委ねる者たちは、ワタクシに利用されたに過ぎない……どうか、ワタクシの死でこの戦いを終わらせてほしい……の」
月の星団の指導者として、俺に懇願するイブリース。
俺が今まで会ったカルト教祖たちは、信者よりも教祖を守ることを優先するような奴ばかりだった……
だが、イブリースはイブリースなりに、教祖よりも信者たちを守ろうとしている。
こんな教祖もいるんだな……
「勝手な事ばかり言いやがってッッ!!」
俺は拒絶するような口調で言ったが、すぐに続けた。
「言われなくても……初めからそのつもりだっつ――の!!」
「つーか、俺、お前すら殺す気なかったからな! お前をボコして月の星団全軍を撤退させるのが一番の目的だったんだ」
俺の目的は最初から変わっていない。
結果的にイブリースと最後まで殺し合うことになったが、月の星団との戦争を終わらせたいのは俺も同じだ。
「……フッ、そうか」
イブリースは俺の返答を聞き、ホッとしたような表情を浮かべた。
「あと……あと、もう一つだけ……あなたに頼みたいの……インチキ教祖」
「うん? なんだ」
「アミーラ・ハナズィール・バリ……ワタクシの娘……彼女をあなたたちのタウンに住まわせてもらえないだろうか?」
「あんたの娘を……インチキタウンに?」
「ワタクシは……神に二度と裏切らない――そう決めて生きてきた……だが、あの娘には、あの娘のしたい生き方を選んで欲しい……でも、一人では不安でしょうから、支えてくれる者があの娘には……必要だから……」
「いつか……ワタクシのことを忘れられるくらい、幸せになってくれれば……」
娘……タウンか……
俺は少し間をおいて、イブリースに答えた。
「いいだろう。俺が教祖をしている理由は、教祖と信者たちにハッピーライフを送るためだ! あんたの娘が俺の信者になるなら……絶対にハッピーライフを送らせると約束しよう」
そして、次のことも付け加えた。
「……だけど、俺は一応カルト教祖だからな。仮にあんたの娘と結婚することになっても、一途に愛することはできねえ……結婚するにしても三番目の妻ということになる……それでも問題ないか?」
一番目と二番目はもう決めているからな……俺はイブリースに嘘偽りない思いを伝えた。
怒るかもしれない……そう思ったが、イブリースは意外にも「ハッ」と軽く笑った。
「それなら別に心配することないわ……月の星団の教えには、一夫多妻は許されているから……結婚するならワタクシはそれで許せるわ……」
「……娘を頼んだわよ……」
それが、イブリースの最期の言葉だった。
その最期は、月の星団の指導者というより、一人の父親としての姿のような気がした。
◇
「そう……」
アミーラはそう呟くと、しばらく黙り込んだ。
俺は、ふと胸にあった思いを吐き出す。
「君の父との最後の戦い……振り返ってみても、なんで生き残れたのか……未だにわからない」
「俺の魔術で倒せていたのか、それとも死力魔術とやらが時間切れだったのか……奇跡としか思えない」
「だからさ……俺は思うんだ。あの奇跡から、神を信じるべきなんだろうか?」
「それとも……神を信じていたのに死んだイブリースを見て、神なんて信じないほうがいいのか?」
「……結局、俺は答えを曖昧にしたまま、今日も生きていくんだろうな」
アミーラは黙って聞いていたが、やがて口を開いた。
「……ボクも、神がいるかどうかはわからないや。ボクは……ただ、父のそばにいたかっただけだから」
「ボクは、自分が娘であることを打ち明けないまま……一生を終えようと思っていた。母の思いを継ぐために、父の生き方の邪魔はしたくなかったから……」
「でも――なんだかんだ、嬉しかったな。ボクが娘だって……気づいてくれていたこと」
アミーラはそう言って、少しだけ笑みを浮かべた。
俺はグビっと酒を飲み、彼女に伝える。
「アミーラ。君の父は、君が父のことを忘れるくらい、幸せになってほしいと言っていた」
「だが――君の人生は、君が選ぶものだ。父を忘れるかどうか、このタウンに残るかどうか……」
「あるいは……父の仇として、この場で俺と戦うというのも、選択の一つだろう」
「えっ!?」
――しまった。最後のは、失言だったかもしれない。
復讐心なんてなかったのに、この一言でアミーラの復讐の炎は燃え上がるのかもしれない。
でも、それでも。俺はアミーラが〝本当にしたいこと〟を選んでほしかった。
安全のために言わないという選択は、なんだか彼女に対して不誠実な気がしたのだ。
アミーラは、下を向いて考え込んでいるようだった。
やがて――
「ボクは……ボクは、キミを恨んでいないよ……寧ろ、キミには、謝罪と感謝の気持ちしかないんだ」
「キミは父を殺すつもりがなかったのに、最後まで戦わせてごめん。でも……キミが付き合ってくれたから、父は救われたんだと思う」
「キミのおかげで、父は神に恥じない生き方を貫けた……そう思うよ」
「……そうか」
「ボクは……ボクなりに、自分の人生を歩いていく。でも、母も父も決して忘れない。それもまた、ボクなりの選びたい人生だから」
「……それで、よかったら、このタウンにいてもいいかな? 敵として出会ったボクだけど……」
「ああ。歓迎するよ……ようこそインチキタウンへ」
そこで、俺とアミーラの会話は途切れた。
ふたりして、再び静かに、刀剣へと顔を向ける。
「……最後まで神を信じた男か」
イブリース・タージュ・マリク。
その名を、俺はきっと、生涯忘れないだろう――
これにて、第三章 完結となります!
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!!
第三章プロローグの投稿日が、【2025年3月24日】。
そしてエピローグの投稿日が、【2025年6月24日】、本日。
まったくの偶然ですが、ぴったり3ヶ月で第三章を終えることができました!!!
いや~~書けば書くほどキャラクターたちが動き出して、物語を終わらせるのが本当に大変でした。
当初の予定では、第二章より少しだけボリュームが増えるくらいだと思っていたのですが……実際に書いてみると、アイデアがどんどん膨らんでしまい、気づけばとんだ長編に。
それでも、ここまで続けてこられたのは、読んでくださる皆さんのおかげです。
第四章以降もこの物語は続く予定ですが~~
すみません。「夏のホラー2025」企画に参加したく、こちらを終わらせてから第四章執筆に取り組みたいと思います。
投稿開始は、早ければ7月下旬~~8月初旬ごろを予定しておりますので、どうか今しばらくお待ちいただければ幸いです。
第四章では、第一章から張り巡らせていた伏線をいよいよ回収していくつもりです。
物語の核心に、ぜひご期待ください!