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閑話其の四

 ロクセラーナと一夜を共に過ごした彼は……


 ※今回のエピソードは 特に男性にとっては〔残酷描写〕が含まれています。苦手な方はご注意ください。

「(どうして、どうして踏み留まることができなかったのだ……)」


 ワタシは後悔していた。ロクセラーナと一夜を共にしたことを。

 朝、目覚めたとき、ワタシは自分の行為を恥じ、逃げるようにその洞窟から出た。

 ロクセラーナを孤独ヒトリにして――

 これ以上、ロクセラーナと共にいたら、決心が揺らいでしまうかもしれないから。

 一面砂だらけの世界。灼熱の温度。水を全て蒸発させるような太陽の輝き――そんな過酷な環境の中で、ワタシはただひたすら、洞窟から遠ざかるように、逃げるように走り続けた。


 どれくらい走り出したのだろう……ふと気づけば、空には夕陽が差し始めていた。

 やがて、崖に落ちそうになる手前で、ようやくワタシは踏み留まった。


「ハァ……ハァ。ワタシは……ワタシは、なんて取り返しのつかないことをしてしまったのだ。教えを信じる道を選んだ矢先に……」


 〝婚前・婚外の性的関係〟は明確に教えに反する行為だ。

 ワタシはそれをわかっていながら、破ってしまった。


「自分が情けない……自分の弱さが憎い……何が、『自分は天国に行くべき人間だ』だ! こんな簡単に、教えに反する人間が天国に行っていいはずがない!!」


「……だが、こんな弱き者でも――たとえ赦されざる者でも――布教の道を歩まねばならない!!」


 ガン!


 ワタシは、近くの岩を殴りつけた。

 その破片から、ナイフのように鋭く尖った破片を手に取る。


「偉大なる神よ! どうかご覧ください!! これが……これがワタシなりの償いです!!!」


「そして、神に委ねる者として……一生教えに従う人生を歩む! その決意の証明となります!!」


 ワタシは決意しなければならなかった。性に溺れないように……もう二度と過ちを犯さないように……物理的にできないようにしなければ……


 ワタシは破片を持つ手を勢いよく振り下ろす──

 向かう先は──自分の下半身を、もっと言えば男として欲望の根源に向かって──


 ピタッ!


「フー、フー、フー、フー、フー、フー、フー、フー、フー……」


 寸前で止めてしまった。

 いざ実行しようとすると、ためらいが湧き上がる。


「(何もそこまでしなくてもいいのでは? 神がいなければ、この行為だって無意味だ。そんなことをしても赦されるとは限らない。無駄だ! 本当はやりたくないのだから、やらなくていいのだ!!)」


 そんな悪魔の囁きのような言葉が頭の中に響く……


「スー、ハー……」


 ワタシは目を閉じ、一度深呼吸をした。

 そして、目を開けたとき、勢いよくその破片を──


「ええい!」


 グチャ!


「この!」


 ゴスッ!


「こんなものが! こんなものが!! なければ!!!」


 ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン


 ワタシは何度も何度も、叩きつけた。

 とっくに機能しなくなっただろうに、もはや痛みすらなくなってきたというのに、自傷するように、己を罰するように、何度も何度も叩きつけた。


 しばらく叩き続けた後、ワタシはようやく手を止めた。

 ふと気づくと、景色は灼熱の暑さから極寒の夜の砂漠へと変貌していた。


「ハァ……ハァ……これでいい……これでワタシは女に現を抜かすことなく、委ねる者として、教えを全うできる……」


 荒い息のまま、ワタシはゆっくりと立ち上がる。


「この、イブリース・タージュ・マリク! 神に委ねる者の一員として、ここに誓う!! もう二度と、戒律を破ることはしないと!!」


「この新しき世界で、ワタシが月の星団の教えを広めるのだ!!!」


 その瞬間だった。

 ワタシがそう宣言したとき――

 奇しくも、目の前の空に浮かんでいたのは、明けの三日月だった。

 時期的に、明けの三日月が現れるはずはなかった。

 前日、空に浮かんでいたのは、確かに上弦の月だったのだ。

 それでも、そこには――

 まるで、月の星団のシンボルマークのような、明けの三日月が確かにそこにあった。



 イブリース・タージュ・マリクは、月の星団の指導者として、この砂漠地方で布教活動を行うことになった……



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