35.「最強の武器」
今から発動する魔術は、時間帯によって構えが変わる、珍しい魔術だ。
月の出のときは、月に向かって、掌を見せる。
日の出のときは、日光を避けるように、掌を地面、あるいは影に向ける。
そして今は、日中。
よって、日光を避けるように、左掌を己の影に向ける。
これで構えは完了。あとは、魔術名を唱えるだけだ。
「出ろ! 吸血鬼族の手口」
その瞬間、俺の掌にキスしたくなるような、ツヤがある唇がプルンと現れた。
だが次の瞬間――
唇がぱっくりと開かれ、肉を突き破り、骨をも砕かんばかりの、鋭く長い犬歯が姿を現す。
「飛べ! 俺の腕よ」
ボウッ!
俺は左掌をイブリースに向け、そのまま前腕ごとロケットのように発射した!
「なに!?」
思わぬ攻撃に、イブリースが一瞬たじろいだ。だが流石、すぐに反応し、剣で飛んできた腕を弾く。
「フッ、驚いたけど、正面から来る攻撃など――ぐっ!?」
ズキュウウウン!!
「捕えたぜ、イブリース」
キスしたら死ぬような唇、つまり、飛ばされたはずの腕がイブリースの右腰に吸い付いていたのだ。
「な、なぜ!? 弾いたはず」
疑問に思うイブリース。強者の余裕として、その疑問に答えてやろう。別にバレても問題ないからな。
「よく見るんだな。俺の腕を」
その答えは――飛ばした前腕と上腕が土でできた細い糸で繋がっていたのだ。
「なるほど……この糸が繋がっている限り、弾いても操作可能というわけね」
「ああ。今腕を飛ばしたのは、ゴーレム族の腕貫の魔術の力だ――そして、これからが、吸血鬼族の手口の魔術の力だ」
チュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン!!!
キスした唇から俺はイブリースの血を吸う。
血と言っても吸っているのは、人間の赤い血液ではない。
もう一つの血……そう、魔力という第二の血を吸っているのだ。
「くっ、こんなもの!」
イブリースは、吸収を止めるため、土の糸を斬る。
だが、そこは自動回復によって、糸は即座に再生し、引き続き、イブリースの魔力を吸い続ける。
「カルト教祖が信者の財産を搾取するように――このまま、お前の魔力、根こそぎいただくぜ!」
「……仕方ないわ」
斬っても無駄だと思ったイブリースは、腰に吸い付いた前腕を掴む。そして、それを無理やり引きちぎった。
ブシュゥッ!
腰から血が噴き出す。だがイブリースは怯まず、その腕を――粉々に斬り刻んだ。
「痛てぇ!」
俺は、糸を釣竿のリールのように上腕へと戻し、そこから前腕を回復させる。
「へへ。吸えたのはほんの数秒くらいだが、――それでもお前の総魔力の三割は頂いた。ご馳走様ってやつだ」
イブリースは俺を睨みつけながらも、黙っていた。――ようやく、あいつの余裕そうな表情を崩すことができたぜ。
「イブリース、今使った魔術を解説してやろう」
優位に立った俺は、マウントを取るようにドヤ顔で語り出す。
「魔術名は、【吸血鬼族の手口】。吸血鬼族の魔術だ。血液を吸えば体力が回復し、魔力を吸えば魔力を回復することができる。さらに、舌をレロレロっと上手く操作すれば――血液と魔力も同時に吸うこともできるっちゃできる……だが、その場合は、吸収速度が片方のときよりも半分に落ちちまうがな」
「……」
イブリースは黙って俺の解説を聞いていた。そして、やがて口を開く。
「急に手の内を明かすようになるとは……どういう心境かしら? あなたは、隠すタイプだと思ったけど?」
「……別に、バレても問題ないからな」
「もしかして……ワタクシが手の内を明かしたことに、対抗意識でも燃やしちゃった?」
「……別にぃ」
「あらぁ、いい年しているだろうに、かわいいところがあるじゃない♡」
「その気味の悪いリアクションやめろッ!」
ニヤニヤ笑うイブリースに、俺の苛立ちはさらに増した。
「とりあえずわかったか? これがコネクトの力だ。 種族特有の魔術も、魔力譲渡をすれば、それを再現できる……インファイターが戦闘向きのスキルタイプだろうと、最強と明言されているのは、コネクト」
「つまり、お前じゃ俺に勝てねえ!!」
俺はイブリースに指をさし宣言した。
が、イブリースは「クク」と笑っただけ。まるで、動じていない。
「戦闘はスキルタイプの優位性だけで、決まるものじゃないわ。あなたが、スキルタイプ最強なら……ワタクシは、最強の武器で対抗すればいい――このように!」
イブリースは後方へとジャンプし、空中で刀剣を構えた。
「来るか!?」
「断獄」
空中で、イブリースが刀剣を横に薙ぐ。その太刀筋を見た瞬間、俺はとっさに宙へ飛び上がる。
ズバンみたいな斬撃音は……なかった。だが、さっきまで俺が立っていた地面には、綺麗すぎるほどの〝切り傷〟が刻まれていた。
「あの斬撃、一体何を……?」
「知りたいの? 教えてあげてもいいけど、後悔するかもよ?」
地面に着地したイブリースは、刀剣を構え直しながら、余裕の笑みを浮かべる。
「ほう……その魔術も知られても問題ないと?」
「ワタクシはね。だけどあなたの問題よ? ほら、よく言うアレよ。〝世の中には知らない方がいいこともある〟ってやつよ」
イブリースは、むしろ、俺に気遣うように、言った。
さっきまで、俺の方が優位な雰囲気を出していたのに、またあいつがなんか優位な雰囲気を出しやがった……だが、魔術の仕組みを知ればそこから対抗策は生まれるかもしれない。ここは素直に聞いておくぜ。
「聞こう……俺の予想では、空間ごと斬る魔術ってところかな?」
「その上よ」
イブリースは、俺の予想を即座に否定し――次の瞬間、静かにその答えを告げた。
「絶対切断――これがルカ・イフルズの真価よ」
「絶対……切断?」
「文字通り、斬る動作をするだけで、どんな対象でも斬ることができる。物質、空間、時間、法則、そして存在そのものの本質すらもね」
言葉の意味が重く響く。
「あなたを斬ったとき、自動回復が機能しなかったでしょう? それは、〝斬った〟という結果だけが現実に残り、傷や過程といった要素は切り捨てられたからよ」
「(何言っているんだ? アイツ……説明を聞いてもよくわからん)」
「まあ、わかりやすく言うなら――断獄と唱えて斬れば、斬れぬものはないと考えればいいわよ」
「うお!?」
イブリースは、今の会話の最中に、「ハッド」と唱えて、突く動作をした。
俺は、射線上から離れた。はるか先の雲に風穴が開いた――ったく、油断も隙もねえな。
「関わった者全てが悲惨な末路を辿ったとされる妖刀。魔王を討った勇者の聖剣……この世界には、数々の刀剣はあれどこの〝ルカ・イフルズ〟に勝る刀剣はなし――ワタクシはそう自負している」
「斬ることに関して、これほど極めた刀剣はないでしょう……」
その表情は、まさに選ばれし者の誇りと確信に満ちていた。
「だが、血の代償理論から、当然なんらかの代償があるはずだろう? ハッドを使う際には」
「血の代償理論ね……ワタクシたちはディヤ理論という名で呼んでいるけど――ええ、もちろんあるわ」
イブリースは神妙に頷く。
「断獄を発動するには、莫大な魔力消費。そして、もうひとつ。〝神への揺るぎない信仰〟が絶対条件」
「信仰……だと?」
「この刀剣を作った鍛冶師たちがそうであったように……信じ切ることができない者に、刀剣の真価発揮はありえない」
イブリースは、己の信仰と見つめ直すように、静かに威厳ある雰囲気でそう話した。
「ところで――インチキ教祖。あなたに問いたいことがあったのよ」
イブリースは、急に顔つきを変え、俺に問いかけてくる。
「なんだ?」
「あなたは神を信じて教祖をしているのか? それとも信じていなくて教祖をしているのか? どちらだ?」
俺はその問いに――
「はぁ? 信じているわけねーだろ。俺が神のように崇められて、幸せに生きてぇから教祖やっているんだよ。神がいようがいまいが、そんなのどーでもいいわ」
鼻をほじりながら、俺はイブリースの問いに答える。
あっ、鼻水が固まっていないからか、鼻水がネチョーっと指につく……仕方ない。戦闘中に、イブリースの服で拭くか。敵だから遠慮する必要もないしな。
「……火獄に堕ちろ! お前は」
イブリースは俺の回答に、怒りを顔に出し、刀剣を構える。
「怒ったか……いいだろう。そろそろ決着をつけようぜ、イブリース」
空中で俺は、イブリースを見下ろす形で構える。
互いに眼差しを交錯させ――
先に動いたのは、イブリースだった。
「断獄」
イブリースはX字と十字型に斬りかかる。俺は間一髪、それを躱す。
見た目では、わかりづらいが、この世界に亀裂が生じた気がする。
「躱した!? いえ、躱しきれなかったようね!」
ニヤリと笑ったイブリースの言葉と同時に、俺の右腕に、鋭い痛みが走った。
そして、右腕の方に見ると、俺は気づいた。
右腕と右の翅が斬られたことに――
「なっ……!? 斬られたことすら、気づけなかっただと……?」
自動回復で右腕と右の翅の回復に動くが、翅が斬られた以上、飛行が上手くできず、落ちそうになる。
そして、イブリースは、墜落しそうになる俺をそのままハッドによる突きを放とうとする。
――だが、この程度の状況、俺が予測していないはずがない。
「掛かった! 炎蜥蜴の尻尾切り」
その声と同時に、切り落とされたはずの俺の右腕から、炎火系でできた分身が現れ、イブリースへと飛びかかった。
「なっ!? いつの間に……――そうか! あの右腕を切り落としたときか?」
そう、魔術名【炎蜥蜴の尻尾切り】。この魔術は、サラマンダー族の魔術。
本来は、相手によって尻尾を切られたときに、発動する魔術だが、俺の手を尻尾として、代用が可。魔術の効果は、切られた尻尾(今回は俺の腕)から炎火系の分身を生み出す。相手によって切られるというのが条件なので、自分で切り落とした場合は発動しない。
スパスパとイブリースは、炎の分身を何度も斬るが、その炎はすぐに再生される。
イブリースが炎の分身に手間取っている隙に、右腕と右の翅の回復が完了し、地面に着地する。
「氷水装束」
イブリースは氷のトーブを着用し、炎の分身を斬り付ける。炎の分身は氷の斬撃によって、凍死した。
「(ハッドを攻略するには――あの作戦しかない。だが、失敗すれば……即ち、死)」
俺はある秘策を旨に、炎の分身を倒したばかりのイブリースに向けて、両手を横向きの指鉄砲の形で構える。
「八寒冷山」
両手から、地吹雪のような冷気が巻き起こる。
だが、イブリースは平然と吹雪の中を進んでくる。
「愚かね! この氷のトーブを着用している限り、氷魔術への耐性が得られるのよ! こんな冷気、意味がないわ!」
氷の装束を活かし、まるで氷上のスケーターのように滑るように近づいてくる――
イブリースの狙いは、おそらく至近距離からハッドを放ち、今度こそ仕留める気なのだろう。
「まだだ!! ヒュゥウウウウ。氷竜の息吹」
両手で八寒冷山を放ちながら、口からドラゴン族の氷水系魔術を放つ。
三重の冷気が重なり、この一帯を氷の大地へと変える。
イブリースも流石に三重の冷気をぶつけられたことにより、その場で足が止まる。
そして、イブリースの身体が凍結していく。
「やったか!?」
俺がそう言った瞬間、凍結していたはずのイブリースの氷が解けだし……
「炎火装束」
イブリースは、今度は炎のトーブに着替えた。
そして、俺に向かって飛び込み――
「断獄」
至近距離から放たれた、あらゆるものを断つ斬撃――
「ハァ……ハァ、流石に、断獄と……トーブの併用は……魔力の消費が激しいわね……」
「でも、油断したあなたを斬れてよかったわ……断獄は、照準を定めてから斬る魔術。ちょこまかと動き続けられていたら、当てにくい…………から……ね?」
イブリースは話している途中に、ふと――違和感に気づいたのだろう。
斬ったはずの俺の身体。その様子が、明らかにおかしい。
ゆっくりと、静かに、俺の身体はズレていく。そして――パキンという音を立てて、真っ二つに割れ、その場に崩れ落ちた。
だが、そこに血は一滴たりとも流れていなかった。
「……っ!? 血が、出てない……?」
イブリースの記憶には残っていたはずだ。以前、俺の身体を斬ったとき――あふれるように血が流れ出たことを。
けれど、イブリースが今回斬ったのは、本物の俺ではない。氷で作った俺の像だったのだ。
「ゴーレム族の腕貫」
俺はイブリースの後方から、魔術を発動する。
イブリースは俺の声に気づき急いで振り返ろうとする――
「断――」
「神速飛行」
バキィ!
イブリースが反撃する前に、俺の拳がイブリースの顔面に直撃した。
その勢いで、イブリースは吹っ飛び、手からは刀剣がスポンと外れ、空を舞った。
そして、氷の壁に激突し、崩れ落ちるように倒れ込む。
「がっ……は……分身とは……ッ。そんな単純な策に……このワタクシが……」
イブリースは吐血しながら、呟く。
「ああ。これが俺の秘策だ。もし、この作戦が通じなかったら、俺が負けていただろうな」
「ま、まだよ……まだ、勝負はついていないわ……ッ!」
イブリースはチラッと落ちた刀剣を目にする。
そして、渾身の力を振り絞って、刀剣に向かって飛び出した。
「無駄だ、涅槃寂静」
俺は、魔力で作った手で、イブリースより先に刀剣を掴み俺に引き寄せる。
「これで、刀剣は俺のものだ、イブリース」
「イ……インチキきょうそおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
狂ったように叫ぶイブリース。
顔を歪ませ、怒りと屈辱に満ちたその表情――
そうだよ。それだよ。俺は余裕がなくなったあんたのその顔が見たかったんだ。
「天鼓雷音」
残り少ない魔力で雷電系の上級魔術をイブリースにぶつける。
「ぐわあああああああああああ!!」
その咆哮と共に、イブリースの身体は焼け焦げ、ついに――地に伏す。
「ハァ……ハァ……苦戦したが――」
俺は刀剣を手に、勝者の構えで言い放つ。
「この戦い……俺の勝ちだ、イブリース」
焦げた氷の地に倒れたまま、イブリースは動かない。
静寂の中、勝利の余韻だけがそこで響いていた。
インチキ教祖勝利
第三章も残り五話となります!
是非この物語最後をあなたの目で見届けて欲しいです!!!
補足)最強の刀剣【ルカ・イフルズ】
断獄と唱えて斬れば、斬れぬものはないとされる。
断獄の発動には、一、莫大な魔力の消費 二、神への揺るぎない信仰(宗派が異なっても唯一神を信じていれば、条件クリア)の二点が必要とされる。
理論上は、膨大な魔力を持つインチキ教祖が使えれば、鬼に金棒なのですが、彼は神を信じていないので、その真価を発揮することはないでしょう……




