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異世界に転生した俺はインチキ教祖としてハッピーライフを目指す  作者: 朝月夜
第3章月の星団編

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32.「死力魔術」

「ボクだって負けられないんだ――限界突破バルザフ


 アミーラの身体から、突如として高熱の蒸気が噴き出した。


「させるかぁっ!」


 涅槃寂静の力を強め、そのまま圧殺するように彼女を本気で潰しにかかる。

 だが、それだけでは終わらない。左手に握った刀剣をアミーラの首に向け、確実にトドメを――


 ボウッ!


 水蒸気爆発のような衝撃がアミーラの身体から発せられ、私は吹っ飛ばされた。


「ゲホ……ゲホゲホ。何、この熱さ……炎火系の構えすら取れてなかったはずなのに」


 ブオオオオオオオオオオオオオオオッ!!


「えっ?」


 目の前で立ち上る蒸気の柱は、まるで天に届かんとするかのように高く、そして巨大だった。塔と表現すべき巨大な蒸気が発生していたのだ。

 これは、本当に魔術なの!?

 もっと言えば、一つの命でこれほどの規模の魔術を発動できるの?


「姐さん!!」


「「「「「ジュダスさん」」」」」


「ジュダス!」


 名前を呼ぶ声が聞こえる。この声は――


「ヴェダ! 元ダークカイトの皆!!」


 プーラン含む元ダークカイトのメンバーが駆け寄ってくれた。彼女たちがここに来たということは……イブンを倒したということね。よかった、誰一人欠けることなく無事で――


「って、な、なんて格好しているッスか、姐さん!?」


 ヴェダに言われて恥ずかしくなった私は、破れた服の一部から回復系魔術で服を復元する。

 それを着てから、彼女たちに向き直って叫んだ。


「来ては駄目! 敵はおそらく、()()()()を使った!!」


「し、死力魔術だと!?」


 プーランが驚きの声を漏らす。

 死力魔術。

 それは肉体強化系魔術の、極致とされる術。

 その魔術を使った者は、文字通り〝死ぬ〟。

 だがその代償として、術者にこれまでの肉体強化系を遥かに凌駕する、超強化をもたらすとされる。

 私は今まで、この目で死力魔術を使った者を見たことがない。この知識だって、訓練校で教わったにすぎない。

 だが、なんとなく、わかる。アミーラが使った魔術はそれであろうことは。

 とてつもない蒸気が発生して、辺りは暑いはずなのに、この身体の震えが止まらない。

 あの敵と戦ってはいけない。そんな恐怖という信号が身体に表れている。こんな体験はいつぶりだろう。


「ねぇ、思ったんだけどさぁ……煙が出てるうちに、逃げたり隠れたりしない? だって放っておけば、そのうち死ぬんでしょ?」


「いや……その選択はまずい」


 マミーの疑問をプーランが答えた。そして、プーランはそのまま理由を説明する。


「我々がこの場を離れれば、敵はそのままタウンに向かう可能性があるからだ。死力魔術の強化がどれほどか、術者が死ぬまでの残り時間がどれくらいかは分からないが……たった数分、いや、数秒暴れられるだけで、被害は計り知れない」


「それに、敵はオーク族なのだろう? そもそもオーク族の嗅覚から逃げ切れると思うか?」


 まさに、私が言いたかったことをプーランが代弁してくれた。しかも、アミーラに聞こえない程度の絶妙な声量で。

 そう、逃げるのは簡単だ。だがアミーラを放置すれば、タウンの信者たちが危ない。

 そして、多くの信者が命を落とせば、それはそのままインくんの弱体化に直結する。

 そうなれば、インくんもイブリースに敗れて、タウンの敗戦は濃厚となる。

 だからこそ、アミーラはここで止めなければならない。

 たとえこの命に代えても――


「待たせたね……ようやく身体が慣れてきたよ」


 アミーラの声が響く。蒸気の塔が徐々に収まり、姿がはっきりと見えてきた。

 その姿は異様だった。

 緑だった肌は青みを帯び、血管は肥大し、皮膚の下からはっきりと浮き上がっている。

 額には、形は、ルブ・エル・ヒズブと呼ばれるシンボルだろうか? 二つの正方形を重ねたような八芒星の痣、もしくは血の紋章のようなものが浮かび上がっていた。

 そして何より恐ろしいのは、強すぎる強化に身体が耐えられていないのか、皮膚が、塵のように自然と剥がれ落ちていく……まるで、それが、死への時間(カウントダウン)を意味するかのように……


「炎天」


 こうなったら、このままアミーラを倒すしかない。攻撃力が高い炎火系の上級魔術で攻める。

 さあ、どう動くアミーラ?

 しかしアミーラは避けず、片手を前に出し、その炎を受け止めた。


(効いていない!?)


 炎はまるで見えない壁に阻まれたかのように、アミーラの身体に届かない。燃える気配すらない。


「フン!」


 ブオオオオオオオオオオオオオオオン!


 アミーラはただ、炎を塞いでいる手を押しただけだと思う。

 高速で押しただけだが、その衝撃波が、炎天を消し、私まで届いた。


「ぐうぅぅ!」


「さっきの爆発で、ボクの武器はどこかへ飛んでいったみたいだ……でもいいや。この五体こそがボクにとっての最終兵器となるから」


(来る!)


 アミーラは、クラウチングスタートのような構えを取る。明らかな予備動作。注意していれば、回避はできるはず……だったのに――


 グシュ!


 今までで見たこともない速さだった。完全には避けきれず、私の左手と左足が、もげた。


「姐さん!」


「大丈夫! 治療泉ルルド


 刀剣を松葉杖にして、回復系魔術で左手と左足の回復を図る。

 アミーラは、超速移動に身体がついていけなかったのか、その場で転倒していた。


「こんのォ! よくも、炎天」


聖風霊プニューマ


「天鼓雷音」


「地空界」


「涅槃寂静」


 ヴェダを除いた元ダークカイトたちがアミーラに攻撃を加えた。


「待ちなさい! あなたたちが手に負える相手では……!?」


 アミーラは、避ける素振りもせず、攻撃が直撃した。

 だが、まるで、効いていなかった。思えば、私の炎天もそうだった。


「姐さん」


 まさか……あの状態のアミーラには、魔術が効かないというの?

 私は今も手と足に回復系魔術を発動しながら、アミーラの死力魔術を分析する。


「姐さん!」


「うわッ!! どうしたの? そんな大声で」


 ヴェダの突然の叫びに驚く私。けれど、それ以上に驚いた顔をしていたのは、彼女の方だった。


「おかしいッスよ!? 今の姐さんならとっくに手足が回復しているはずッス!」


 その言葉に、はっと気づく。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 まるで、蛇口に固い蓋をされ、水が一滴も出てこないかのように、魔力だけが空しく流れ続けているのだ。


「気づいたようだね……死力魔術で強化されたボクには、生半可な魔術の攻撃は避けるまでもない」


「そして、強すぎる力は、回復すら阻害する効果もあるんだよ」


「な、なんですって!?」


 アミーラ言っていることは確かだろう。現に、今も魔力を消費し続けているのに、回復されていないのだから。


「さて、そろそろ決めようか……死力魔術の持続時間はまだまだある。ここでキミたちを始末し、残り時間はタウンで暴れさせてもらうよ」 


「くそお! 化け物がぁ」


 プーランの吐き捨てるような声が聞こえる。

 実際、今も元ダークカイトの攻撃が直撃しているというのに、アミーラには効いていない。

 だが……

 策はある。私の魔術が効かないとしても、アミーラに勝つ策なら一つだけある。


「寒山」


 私は右手から冷気を放つ。そして、失った左手と左足の形をかたどるように、氷の義肢を作成した。


「アミーラ! 私たちを倒すというなら、まずは私から狙いなさい。まだ、あなたとの決着はついていないはずよ!」


「安心して。もちろんキミから殺そう」


 アミーラは再度、クラウチングスタートのような構えを取る。


(チャンスは一度きり、ここでミスをしたら……もう勝ち目はない!)


 そして、アミーラは向かって来た。二度目ということで、タイミングは慣れた。


「地空界」


 私は、刀剣を地面へと刺し、大地を操作した。

 そして、アミーラの足元の地面を盛り上げる。


(私の狙い……それは、アミーラの足を切り落とすこと! 魔術が効かないなら、剣術で対抗する)


 アミーラの足を切り落とせば、機動力は落ちる。回復系魔術を使うにしても時間は掛かるはず。いずれにしても、アミーラが死ぬまでに時間を稼ぐことができれば御の字。

 私の一太刀が、アミーラの足に当たる。当たったが――


 パキン!


 刀剣が折れた。

 そんな――ママから貰った刀剣が……

 アミーラの足蹴りが私の顔面に当たる。


 …… …… ……

 …… ……

 ……


「待て! アミーラとやら!! 同じインファイターとして、私が相手だ」


 暗闇の中で目を覚ますと、プーランの声が聞こえた。

 アミーラは、まだ立っていた。

 そして、次の標的をプーランにしようとしていた。


「待ちなさい!! アミーラ!! 私はまだ生きている!!」


 私の怒鳴り声に、アミーラも、元ダークカイトの皆も、一斉に私の方へと振り向いた。


「ほう。首を蹴っ飛ばしたはずなのに……蘇生魔術か?」


「な、なんで、姐さん? 倒れたままで良かったのに」


 ヴェダが、疑問を投げかける……本当にそうね。でも、私が死んだままなら、元ダークカイトの皆の命が危ない。

 そう思ったら、身体が勝手に動いた。


「蘇生魔術だけは使えるそうね……良かった。回復系魔術の極致まで阻害されていたら、私は生き返れなかった」


「アミーラ、決着をつけましょう。私との戦いに」


 私は両手両足を回復した身体で、折れた刀剣を構えた。


「オールラウンドのキミがなぜ、蘇生魔術が使えるか、理由は問わない。だがキミの言う通り、決着をつけるべきだ。ボクらの戦いに……」


「ジュダスさん! さ、策は……――策はあるんですよね? ここから逆転できる策を」


 スザンナが確認を取る。

 策は――

 アミーラが向かって来る。

 策は――もうない。

 私の魔術も剣術も効かなかった。土砂系魔術で作った土人形も、もう見せた以上、アミーラには通じないだろう。

 完敗だ。アミーラは本当に強かった。今まで見てきたインファイターの中で、紛れもなく最強だ。


 アミーラは雷のトーブを纏う時よりも速いスピードで迫っているのに、なぜか凄くスローモーションに見えた。

 そういえば、聞いたことがある。死ぬ瞬間、周囲の時間がスローモーションのように感じる心理現象があると。なんだっけ? その現象――。多分、それが今起きているのだろう。


(ごめんなさい。インくん……ごめんなさい。ヴェダ、元ダークカイトの皆……ごめんなさい。タウンの皆)


 私はこのスローモーションの時間の中、タウンの皆に謝罪した。


(パパ……ママ……私はここまでです)


 私は目を閉じ、これから訪れる運命を覚悟した。


 …… …… ……

 …… ……

 ……


 あれ? いくらなんでもスローモーション過ぎるわ。

 殺されたなら、一瞬でも痛みが来てもおかしくないのに……それともあまりの速さに痛みを感じる暇もないほどに殺された? でもさっき蹴とばされたときは、痛みを感じたような……


 私は恐る恐る、目を開けようとした。

 それは衝撃な光景だった。

 アミーラの拳が私の目の前で、寸止めという形で止まっていた。

 あと少し、その拳を当てるだけで勝ちは確実というのに、アミーラの身体はまるで世界の時間が止まったかのように、眉一つ動かさない。


(どういうこと? 私をいたぶっている? いや、ここまでの戦いで、アミーラが無闇に相手を傷つけることを楽しむ性格ではないことはわかっている……ということは、まさか?)


 私はある可能性に気づいた。


「誤算だったよ……魔術の持続時間は残っているけど……肝心のボクの身体が耐えられていなかった。鍛えが足りなかったんだなぁ……」


「さようなら。母さん……父さん……みんな」


 アミーラの身体は塵となり、風に吹かれて消えていった。



 ジュダスVSアミーラ決着

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