30.「イプシロン・アックス」
ジュダスvsアミーラ!!!
「炎天! ハァッ!!」
私は両手首を合わせ、前方へ向けて炎天を放つ。
「その攻撃、インチキ教祖のときにもう見たよ」
あっさりと、放った炎天はアミーラの斧で真っ二つに斬られた。
攻撃力が高い炎火系魔術を両手から放ったというのに、なんて奴……。
「雷電装束」
来る!
あの、雷のトーブを纏ったとき、アミーラは雷の速さで動ける。私は、すかさず地面に突き刺した刀剣を手に取る。そして、炎天で切っ先までなぞり、刀身を炎で纏わせる。
その瞬間――アミーラが、目にも止まらぬ速さで襲いかかってきた。
ガキンッ!
斧の横振りと刀剣の真向斬りがぶつかり合う。
その斧の斬撃をなんとか防いだ。だが、衝撃までは受け止めきれず、後方へと吹き飛ばされた。
地面に刀剣でブレーキを掛けておいたので、吹き飛ばされた距離は数メートル程度に留めることはできたが。
(くっ……刀身に炎天を纏わせたから、攻撃を防げた……とはいえ、上級魔術を使い過ぎるのはそれなりにリスクが伴う)
炎天による炎の刀剣。攻撃力は増すが、炎を維持するにも魔力はそれなりに消費される。
アミーラに対抗するためとはいえ、考えなしにずっと使っていたら、魔力があっという間に枯渇してしまう。
だから、魔力にも慎重に気を配らなくては。私は、一旦炎天の維持を止めて、ただの刀剣に戻す。
「うーん。ボクの攻撃をここまでいなせるとは……キミなら次の段階に進んでも良さそうだ。イプシロン・アックス」
アミーラは、武器転送魔術を発動する。
(なに!? まだ武器を出す気なの?)
魔法陣から現れたのは――今アミーラが持っているものと同じ、異形の片刃斧。それをなんと三本も。
三日月状、あるいは文字のεの形にも見える異形の片刃斧を三本も取り出したのだ。
一体何をする気なのか。私がアミーラの行動に読めないでいると……
ガンッ!
アミーラは、両手で一本ずつ、斧を持つと、その刃をぶつけ合わせた。
火花が散り、次の瞬間――武器が光る。
「なっ……その武器?」
「そう。元々は、片刃斧でしかなかったこの斧を、改造して合体できるようにしておいたんだ」
私は驚いた。光った後、片刃斧同士が合体するかのように、一本の両刃斧となったのだから。
そして、アミーラは、両刃斧となった武器を地面に棒部分で突き刺し、残り二本の片刃斧も、先ほど同様に合体させた。
「四本のイプシロン・アックスからなる、両刃斧二本。これからはこれで戦うよ」
二本のεを合体させたその斧の形状は、アーモンドやカボチャの種のような形にも見える。
アミーラはその両刃斧を両手に持ち、構える。
そして――
真正面から、私へと突っ込んできた。
「涅槃寂静」
私はアミーラを止めるべく、魔術を放つ。
だが――見えないはずのその術を、アミーラは両手の斧をX字に交差させ、一瞬で切り裂いた。
「なっ!?」
次の瞬間には、すでにアミーラとの間合いが詰まっていた。
ガキンガキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン――!!
私とアミーラによる斬撃の応酬が始まる。だが、実際には防戦一方――こちらが完全に押されていた。
両刃斧と化した武器は、その分、攻撃方法にレパートリーが増えている。
たとえば、一方の刃を躱したと思った矢先、アミーラは腰と腕を逆向きにねじり、もう一方の刃で再度斬りかかってくる。
私はそれをなんとか避け、あるいは刀剣で受け止める。
私とアミーラの腕力の差は歴然で、アミーラが片腕で振り回すのに対し、私は両腕を使わないと、それを受け止めることができないのだ。
当然、片腕からの斧を受け止めれば、もう片腕の斧が迫ってくる。それを避け損なえば、命はない。
「ハハハハハ! 楽しいぃいよぉおお!! 五行緑月以外で、この二本の斧で渡り合える者がいるなんて!!」
アミーラはまるでスポーツでもしているかのように、戦いを楽しんでいた。
(なんて奴。まるで攻めるところが見つからない……だが、この状況はピンチでもあり、チャンスでもある。せめて、一太刀いや、かすり傷でもいい。この刃で傷をつけることが出来れば)
私は、己の刃に仕掛けた秘策に賭けて、不利な斬り合いに応じ続ける。
(仕方ない。ここはダメージくらう覚悟で!)
頃合いを見てついに仕掛ける。
アミーラの左腕から振り下ろされた斧を、右腕で受け止める。
その瞬間、左手に持った刀剣でアミーラの顔面へ向けて突きを放つ!
「うおっ!?」
アミーラは驚き、間一髪で躱す――が、頬にかすり傷を与えることに成功した。
「うん? ぐっ!?」
アミーラの動きが突如として止まる。まるで金縛りに遭ったかのように、身体が硬直した。
(やったわ! やっと、アミーラに切り傷を与えた!! 今こそ、勝機!!!)
右腕は、斧の衝撃で深く裂け、今にも千切れそうなほど、ブランブランさせている。
だが、私は回復系魔術で回復させるよりも、今も刀剣を持つ、左腕を構える。そして、アミーラに首を斬るためにトドメを刺すことを選択する。
だが――
ズバ!
斬られた――私が。
なぜ――?
私は、袈裟斬りをくらった。
刀剣を手にした左腕は、ボトリと音を立てて、地面に落ちる。
胴体はかろうじて繋がっていたが、斬撃は内臓にまで達しており、身体は勝手に膝をついた。
「クンクン。な~~んか、いい匂いすると思ったんだよね。その刀剣から……――やっぱ、毒塗っていたか。じゃなければ、キミが〝肉を切らせて骨を断つ〟なんて戦法、使うはずないもんね」
アミーラは、余裕そうに話す。
正直、今でも理解が追い付かない。なぜ、アミーラは、元気なの? だって、毒を――まさか、あの一瞬で回復系魔術を使われた? いや、そんな素振りなんて見せなかったはず――
「この匂い、この毒は……んー、あっ、わかった!」
頬をつたう血を指先ですくい、ぺろりと舐め取ったアミーラは、何かに気づいたように声を上げた。
「毒麦を原料にしているのか……フンフンなるほど。毒麦は本来、遅効性の毒のはずだが、即効性に改良しているのか。やるじゃん!」
アミーラは、味覚から何の食材かを当てるゲームをしているかのように、私が使った毒を言い当てた。
「癒学に詳しいヒーラーの力を借りたんだね。でも残念。その毒じゃ、ボクを殺せないよ――抗体を持っているからね」
「こ、抗体?」
「そう。ボクたちインファイターは、修行の一つに毒に耐える訓練を受けている。耐えることができない者はそこで命尽きる。が、耐えることができた者は抗体を手にして、生き残れる……まさに、キミみたいな毒を使ってくる敵への対策として実施しているんだよ」
「そうか……予想通り、あなたはインファイターだったのね……まったく、魔術訓練校で教わりたかったわ。〝インファイターには毒が効かない場合がある〟って」
盲点だった。
だが、考えてみれば、そのような訓練は、生まれつき強靭な肉体を持つインファイターなら、可能かもしれない。
私は、アミーラが毒を効かない可能性を一切考えていなかった。その見落としがこの状況を生んだ。
「キミみたいな理論型は、物事を理屈やパターンで考える癖がある。だから、それが通用しないような事態が起きると途端に弱くなる――つまり、機転が利かないっていう弱点があるんだよ」
「大方、ボクが毒を効かなかった理由を、回復系魔術とか、とりあえず、魔術の線で疑っただろう?」
くっ、図星だった。そして、アミーラは、私の顔を見ると、「やはり、そうか!」と言わんばかりにニヤリとムカつくような笑みを浮かべる。
そして、斧の刃を私の首元へとそっと近づける。
「キミ、オールラウンドだろ? ここから回復系魔術を使おうとしても、両腕を回復させるまでに何秒かはかかる。このまま大人しく負けを認めるなら、最期に言い残すことを聞いてから、トドメを刺してあげるよ?」
私は、「ハァ……ハァ」と息継ぎし、呼吸を整える。そして、アミーラに次のことを言ってやる。
「理論型は機転が利かないとかどうたらこうたらって……それ、ただの偏見だから!! バカ!!」
「そうだね……ごめんよ。でもね、キミと戦えて楽しかったよ。これだけは確かだからね」
アミーラはその斧を振り下ろそうとする。
その時――
「治療泉」
私は、回復系魔術で右腕を一瞬で再生させる。
「!!」
アミーラが目を見開いた。驚愕の表情――どうやら、私の〝回復速度〟は予想外だったらしい。
アミーラがまだ情報を掴んでいなくて助かった。今の私は、ただのオールラウンドではなく、ヒーラーとインファイターの魔力も持っているオールラウンドであるという情報に。
「千風」
斧が首に斬られる寸前に、私は、アミーラを地面ごと吹っ飛ばす。
「うぉ!? こ、これは?」
暴風に煽られ、アミーラの体が宙へと舞い上がる。空中でバランスを崩し、態勢が崩れた。
(今しかない――)
「天鼓雷音」
残りの傷である、左腕と胴体を回復させた私は右手で吹き飛ばし続けている、アミーラに追撃をかける。
慌てて態勢を立て直そうとするアミーラ。だが、私の嵐風系魔術による風圧で思うように動けていない。
(遅い! 今の状態で魔術を唱える隙なんてない。 つまりこの攻撃は、確実に当たる!)
疾風迅雷のような怒涛の嵐風系と雷電系魔術がアミーラに襲い掛かる。
よし! これで倒せなくても大ダメージは与え――
ブオオオオオオオオオオオオオオオン!!!
私がそう思った瞬間、嵐と雷は激しい動きによって、掻き消された。
「……え?」
それと同時に、アミーラの武器が変化していることに気づいた。
二本あったはずの両刃斧が――一本の長柄武器へと変化していた。
しかも、その両端には、かつての両刃斧の刃が配置されており、柄の中央には三つの節が――
そしてそれらを繋ぐのは、鎖。
「ヌンチャク――いや、三節混かッッッ!?」
「そうだよ」
アミーラが地面に着地する。鎖の音がジャラジャラと聞こえる。
「両刃斧と三節混を合体させた武器――これこそがボクの〝真の武器〟だ」
「まさか、イブリース以外にこの武器を見せるときが来るとはね……キミ、本当に凄いよ」
アミーラは静かにそう言いながら、三節混と化した武器を肩に担ぐ。
まだアミーラは、あの武器の真価を見せていない。私の千風と天鼓雷音を防いだとはいえ、それは搔き消した結果しか見ていないのだから。とはいえ、その武器を持つ姿は、一本の片刃斧を持ったときよりも、二本の両刃斧を持ったときよりも、遥かに馴染んで見えた。
間違いない……ここからが――
「「ここからが本気の戦い『だよ』『ね』」」
二人の声が、重なった。
私は地に落ちた刀剣を拾い上げて構える。
空気が、張りつめる。
瞬き一つすら許されない。
わずかな判断の遅れが、死に直結する。
この緊張を前に、言葉を交わすべきか迷ったが――やはり、アミーラにはこれだけは言っておきたい。
「私からもあなたの弱点を教えてあげるわ」
アミーラが、きょとんとこちらを見る。
「あなたの弱点は、自分の強さに自信がありすぎるところ。そのせいで、私を二度も殺せた場面があったのに、そのチャンスを見す見す不意にした。その油断が命取りになるわ」
実際そうだった。
一度目は、私の腕を掴んだとき。
二度目は、私に斬撃を当てた後、講釈を垂れるようにドヤ顔で抗体だの私の弱点だのと説明していたとき。
あの二度の場面で、アミーラが私を殺すことを優先していたら、今頃結果は違っていたかもしれない。
……というか、真の武器を見せるなら、最初からそれで戦えばよかったんじゃないの? そんな突っ込みが頭をよぎるが――まあ、それは今は言わないでおく。
とりあえず、言いたいことは伝えた。
それだけで、心の中が少しスッキリした。
一方のアミーラは、どこかバツが悪そうな表情を浮かべる。
「うん……自覚してるよ……」
その顔は、強者の誇りというよりも、いたずらを咎められた子どものようだった。
「でも、勝負ってさ楽しいし、終わりが近くなると、なんかこう、名残惜しくなっちゃうんだよね~~。やっぱ、悪い癖は直した方がいいよね」
ジュダスが最初に炎天を放ったときの構えはか〇は〇波のような構えで放ったとイメージしてください。




