28.「〝喜捨〟のイブンと〝断食〟のアミーラ」
ジュダス視点です
「あれは……ルーベンスの兄貴!? な、なんで、ゴブリン族を乗せているッスか!?」
ルーベンスの姿を見たヴェダが、目を見開き驚きの声をあげた。
「本当ね……なぜ、タウンに向かって飛ぼうと――はっ、まさか傀儡系魔術に操られている!?」
傀儡系魔術。別名コントロール魔術とも呼ばれている。
対象の脳に干渉し、心身を支配できる魔術。
一度の魔術で操れる時間は、長くても五分が限界だが、傀儡が解けそうなタイミングで、再度傀儡系魔術を繰り返していければ、結果的に長時間の支配が可能となる。
ルーベンスは壁の頂上と同じ高さまで飛翔していた。壁を守る信者たちもその異変には気づいているようだが、仲間であるはずの彼を攻撃すべきかどうか、判断に迷っているようだった。
「蹴散らせ! ルーベンス」
「ハイ。コォ・キュ・ウ――」
「(ドラゴン族、炎火系魔術の呼吸!?)」
ゴブリン族の命令に従い、ドラゴン族特有の炎火系魔術を使う呼吸を見せる。私は、壁の仲間たちを守るべく、迷いなく駆け出した。
「火竜の息吹」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!
「ハァッ!」
放たれた業火に、私は間一髪で滑り込み、得意の剣捌きでこれを防いだ。
「なっ!? 凄まじい剣術……何者ですか!?」
ルーベンスの炎をすべて斬り払った私に、ゴブリン族が声をかける。
「私の名はジュダス・トルカ。インチキタウンの信者、エルフ族よ」
「ほう……私の名はイブン・ハッラーク。月の星団、五行緑月の一員。〝喜捨〟のイブンとも呼ばれています。よろしく」
「よろしくじゃないわ。ルーベンスをさっそく、解放して貰うわ」
私は刀剣を構える。
おそらく、イブンが持っている笛によって、ルーベンスは操られている。ならば、あの笛を壊すか、イブンを倒すか、ヴェダに頼むかで、ルーベンスを解放できるはず。
しかし――
「これは好機ですな。あの強力なエルフ族まで取り込めば、戦況は大きく傾く。ルーベンス、あいつを生け捕りにする魔術はありますか?」
「あります」
「いい子だ。なら。お前があいつを捕えるのだ」
やはり、ルーベンスを操って戦おうとするか。ならば、もうやるしかない。
「仕方がないわ。すみませんルーベンス。ちょっと痛いけど我慢して」
「ヒュゥウウウウ。氷竜の息吹」
「八寒冷山」
奇しくも、ルーベンスも私も放ったのは、氷水系魔術だった。全てを凍てつくような互いの冷気をぶつけ合う。そして、私の冷気が勝り、ルーベンスにそのまま直撃する。
「なっ!?」
ゴブリン族は凍結に巻きまれないように、ルーベンスから飛び退き、落下する。
カキィィィン!
凍りついたルーベンスは、そのまま落下していく。
「なっ、あのドラゴン族思ったより雑魚ですな! せっかく魔力使って操ったのに~~」
「そんなことないわ。私に上級魔術を使わせた。それだけで、ルーベンスは十分強い」
「そして、あなたはここで仕留める。涅槃寂静」
「!?」
ルーベンスはそのまま地上へと落下するのに対し、イブンは、空中でワイヤーに吊るされたようにその場で留まる。
魔術名【涅槃寂静】。この魔術は、拘束系魔術、別名キャッチ魔術とも呼ばれている。
術者だけが見える魔力で作られた巨大な掌を放つ術だ。
構えは、右手の掌を前に向けた施無畏印の形にする。
「(ぐっ! 流石ゴブリン族……力は強い……やはりインファイターか?)」
握りつぶそうとするが、抵抗される。だが、これでいい。動きを止めて、魔術名を唱えることや笛を吹くのを封じさえすれば、このまま倒せる。
「ヴェダ! 元ダークカイトの皆! イブンに攻撃をお願いします!!」
「!? わかったッス!」
ヴェダ、アンナ、エルザ、スザンナ、マミーが私の呼びかけに応じて、攻撃の準備をする。
イブンは動けず、喋れず。焦りの表情を浮かべる。
勝利は目前──そう思った、その時。
「うん。魔術のキレといい、イブリース並みの剣捌き。強いね、キミ」
その声に、私の聴覚が反応した。だが、間に合わない。
あまりに素早く迫ったその影が、私の右腕を掴み、涅槃寂静を封じた。
「助かりましたぞ! アミーラ!! 嵐風装束」
私の拘束から解放された、イブンは風のトーブを纏い、地上へと逃れる。
だが、今はイブンよりも私の腕を掴むこのオーク族が圧倒的に危険だ。
「(ぐっ……なに、この力!? まるで拘束系魔術にでもかかったみたいに……びくともしない!)」
そのオーク族は、獲物を見定めるように、不気味にも舌なめずりをする。
「決めた! キミの相手はボクだ」
左手で持つ剣で反撃しようとしたところ、その前に地面へと叩きつけられるように投げ飛ばされる。
空中で体勢を立て直し、なんとか着地する。
ドンッ!
「イプシロン・アックス」
そのオーク族は私を追いかけるように着地すると、すぐさま、武器転送魔術を発動する。
出現したのは、三日月状、あるいは文字のεの形にも見える異形の片刃斧だった。
「お洒落な斧ね……こう言うと差別かもしれないけど、オークの斧ってもっと原始的なイメージだったわ」
「いや、その認識で合っているよ。実際ほとんどのオークの斧が原始的だし。この斧はボクだけが使う特殊な斧さ」
「自己紹介をしよう。ボクの名は、アミーラ・ハナズィール・バリ。月の星団、五行緑月の一員。〝断食〟のアミーラとも呼ばれている。見ての通り、オーク族さ」
「さっきイブンにも説明したけど……まあいいわ。私の名はジュダス・トルカ。インチキタウンの信者。エルフ族よ」
「姐さん、話があるッス」
突然、私の背にヴェダがぴたりと寄り添った。
「クルパス」
今度は、ヴェダが武器転送魔術を発動する。
現れたのは、ヴェダが使う回復杖。
その杖は司教杖のように杖の先端がゼンマイのような形をしているが、ゼンマイの中心には、ひときわ美しいエメラルドが埋め込まれている。
「姐さん……イブンがこっちに向かってくるッス」
ヴェダの言う通り、イブンがこちらに向かって歩いて来る。
「アミーラ。助けてくれたのは嬉しいですが、腕を掴む暇があったなら、仕留めればよかったのでは?」
「なんで? 不意打ちなんて卑怯じゃん。ボクは彼女と正々堂々と戦いたいんだよね」
「まったく……勝ちにこだわるより勝負を楽しむのが、あなたの悪い癖ですな」
アミーラとイブンが、呑気に会話を交わしている間に、私は状況を整理する。
――布陣はこうだ。
私とアミーラが向かい合う形に。ヴェダ、アンナ、エルザがイブンと向かい合う形に。そしてイブンの背後に、スザンナ、マミーが挟み撃ちをするように囲む。
一見すれば、数の上ではこちらが有利に見える。が、あの二人かなりの強者だ。吞気に話しているように見えても、まるで隙がない。
特にあのアミーラ。立ち居振る舞いからして、イブンよりも数段強い。私でも勝てるかどうか……
「姐さん、話の続きッス」
ヴェダが背後から小声で告げる。
「あのアミーラというオーク。雰囲気からして、イブンよりもかなり強そうッス……だから、アタシたち元ダークカイトでイブンをなんとかするッス。姐さんは、アミーラをお願いしてもいいッスか?」
ヴェダもアミーラの強さに気づいていたようだ。正直、元ダークカイトの面々だけでイブンを倒せるかは不安が残る。だが、今のこの状況では、それがもっとも現実的な戦い方だ。
厳しい言い方になるけれど……あのアミーラと戦うなら、生半可な実力者と連携するよりも、一人で全力を出し切った方が、まだ勝機はある。
「わかったわ……イブンはお願いする……でもヴェダ、何度も言うけど、無理はしないでね」
「わかったッス!」
一瞬、空気が張り詰めた。
「場所を変えてもいいかしら? アミーラ」
「どうぞ。キミがその方が全力で戦えるなら」
私は本気で戦うため、アミーラを連れて、元ダークカイトたちから距離を取った。
「この辺りね」
元ダークカイトの戦線から少し離れた場所。私とアミーラは、静かに対峙する。
「キミ、立ち居振る舞いからして、タウンの中でも最強だろ?」
アミーラが斧を構えながら、静かに尋ねる。
「ええ。最強のつもりよ。信者の中ではね」
私も刀剣を構える。
そして同時に、私たちは踏み込んだ。
ジュダスVSアミーラ、ダークカイトVSイブン始まる!!
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興味があればチェックしてみてください!!!
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