27.「おれがタウンに来た理由」
リチャードとサラーフの最後の一撃がぶつかり合う!!!
「ウオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
「ハァアアアアアアアアアアアアアア!!!」
おれは、サン・サーラを使い、今もなお魔力を増幅させながら、威力を高めていく。一方で、サラーフも残る魔力のすべてを注ぎ込み、己の一撃に全霊をかけている。どちらもこの一撃が決まれば、それで勝ちの戦いだ。
最初はどちらも拮抗していたが……
ビキ……ビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキ
「(なっ! そんな……息子よ)」
サラーフの攻撃に耐えられず、ヒビ割れていく……
そして、犬顔の戦棍が完全に砕け散った。
グサッ!
魔術を纏った十本の爪がそのままおれの身体に突き刺さる。
「がっは……! 負け……たのか……おれが……」
全身から一気に力が抜けていく。決着の一撃――それは、おれにとって死の宣告だった。
蘇生魔術も、もう使えない。これは間違いなく、〝終わり〟の兆候だ。
「(……悪りぃ。また、お前を……守れなかった……)」
砕け散り、地に落ちたメイスの欠片を見つめながら、誰に届くともなく、おれは心の中で謝罪する。謝ったってどうにもならねぇのに。
「……いや、相打ちだ……リチャード・モロサス。わ、私の……魔力が、これで尽きた……」
サラーフの声も弱っていた。
そして、その言葉を裏付けるように、おれを貫く爪には、もう魔力が消えていた。
魔力とは第二の血。血が尽きれば命は終わるように、魔力も尽きれば、命は終わる。
こんな決着があったとはな。
おれは、魔力が残っていたのに、体力が尽きて死ぬ。
サラーフは、体力が残っていたのに、魔力が尽きて死ぬ。
だが、サラーフの言う「相打ち」なンて、まったくそうは思えねぇ。
むしろ、おれにとっては完全敗北だ。またこの手で守れなかったから。
「お互いに……インファイターだとこういうのがキツいよな……死ぬと決まっているのに、生命力が強ぇせいで……息絶えるまでタイムラグがあるからな」
「……そうだな」
「なぁ……死ぬ前におれの話を聞いてくれねぇか? おれがタウンに来た理由を」
「……そういえば、知りたかった。騎士を辞めたあなたが、タウンにいる理由を」
へっ。まさかこの話を旦那以外にも打ち明けるとは、我ながら自分の心境の変化に驚く。
「一言で言うなら〝復讐〟だ。息子を拉致して売り飛ばしやがった人間を殺すために……」
「おれの息子を攫ったのは、人間以外の異種族を狩る組織、狩人たちのリーダー、トーマス・ケンタロウスだ。息子を殺した者には復讐が済んだからな……後は、トーマスさえ殺せば、おれの人生はそれで終わりでいいと思っていた」
「だが、おれが奴を探しにタウンに来た頃には、トーマスはとっくに、狩られていた。狩ったのは、旦那とジュダスちゃんだった」
「奇しくも復讐で終えるつもりだったおれの目的は、勝手に達成されていたンだ。まあ、恨まれるようなことをやっていたンだ。おれ以外の手によって、殺されたのも当然かもしれねぇ……だが、やっぱり当時は複雑な思いをしていたぜ」
「目的も失い、どう生きればいいかもわからねぇ。そんな時に、旦那は――タウンの住民たちはよそ者のおれでも受け入れてくれた。おれに居場所をくれたンだ……」
目から勝手に水が出てくるなぁ……わかっているさ。これは涙だ。おれは、泣いてるんだ。
「息子を守れなかった父親失格のおれに……子供たちは一緒に遊んでくれた。妻を亡くして一人だったおれに、誰も事情なンか聞かずに仲良くしてくれた。……まあ、女とも仲良くしちまったが……。おれにとって、旦那やタウンのみんなは、命を懸けて守りてぇ、そんな存在だったンだ」
「……グスン。グス。なるほど。あなたが次に忠誠を誓ったのは、タウンだったということか。やはり、根っからの騎士だな。リチャード、あなたは……ウゥ」
あれ? サラーフ、泣いている?
意外と涙もろい男だったンだな。……かわいいとこ、あるじゃねぇか。
「悪りぃ、おればっかり喋っちまってよ。サラーフ……あんたの話も聞かせてほしい」
「私は……あっ、もう駄目そうだ。意識が途絶えようと……」
サラーフがそう言った途端、俺の意識もところどころでプツン、プツンと切れそうになった。
そうか。もう、そろそろ……時間か。
「まったく、お前ばっかり喋りやがって……どうしてくれるんだ?」
「悪りぃ、悪りぃ。続きは……続きは、死後の世界で聞こうじゃねぇか」
「わ、私とお前では、信じる宗教は違う……のに、会えると?」
「さ、さぁ……そ、その辺は……か、神とやらが、なンとかしてしてくれる……さ」
――プツン。
おれの意識は、完全に途絶えた。
世界を閉ざすような暗闇がおれの視界を埋めていく。そういえば、サラーフに一度殺された時も、似たようなもんを見たっけ――。
…… …… ……
…… ……
……
「……ここは?」
次に目を開けたとき、おれの視界に広がっていたのは、お花畑だった。
色とりどりの花が咲き乱れ、柔らかな陽光が降り注ぐ心地の良い場所。
花には詳しくねぇが、初めて見るような花も、見覚えのある花も、美しく咲いていた。
そして、おれは気づいた。背後に――二人の気配。
この匂いは……いや、まさか。
恐る恐る振り向いたおれの視界に飛び込んできたのは――
妻のベレンガリアと、息子のボアネル。匂い通り、その二人だった。
「ベレンガリア! ボアネル!」
おれは無我夢中で二人を抱きしめた。
ここは死後の世界なのか? それとも、おれの願望が反映された幻なのか!? たとえどちらであったとしても、おれはこの抱擁を、止めることなンてできなかった。
「すまねぇ……本当にすまねぇ……二人を守れなくてよ。こんな情けねぇ夫で、父親で……」
二人は何も言わず、ただおれを抱きしめてくれた。その温もりが、おれの痛みをゆっくりと和らげてくれた。
しばらく、抱き合った後、おれたちは、そっと抱擁を解く。
すると、ベレンガリアとボアネルは、後ろを振り向き、指をさした。
きっと、あっちがおれたちが行くべき場所なンだろう。
「そうか……そっちに行く前に、……少しだけ待ってくれ」
おれは示した方向とは真逆、つまり背後を振り向いた。
「旦那。すまねぇ……おれはここまでのようだ。結果的にあの日のサシ飲みが最初で最後になっちまった……だが、おれの意志はあんたと共にある。イブリースに勝ってくれ! あんたなら信者たちを……タウンを守れるはずだ」
「あんたや信者全員の中に残っているおれの魔力。できることなら、そのまま残ってくれたら嬉しいぜ」
おれは、旦那、ジュダスちゃん、ヴェダちゃん、みんなに思いを託し、家族とともに行くべき場所へと歩む。
リチャード死す……
補足)リチャードの武器、ハウンスカル・メイスの犬顔は、息子のボアネルの顔に似せたものです。