25.「〝巡礼〟のサラーフ」
「ここで、止まれティムサーフ君」
壁を嵐風装束で飛び越えて、タウンの中へと突入するオーク族のムダッリスと獣人族(クロコダイル科)のティムサーフ。オーク族の優れた嗅覚か、それともベテラン戦士としての勘か、ムダッリスは、突如、ティムサーフに止まれと命令する。
「あの道を見たまえ。辺りは閑散とした民家。敵地だというのに、敵が一切いない。このまま進んでいいと思うかね?」
ムダッリスはティムサーフに問う。そして、ティムサーフはその問いに答えるように首を振る。
「いいえ。なんとなくですが、この道を通ってくださいと言わんばかりの雰囲気がありますねえ……――はっ! もしかして、罪と罰式魔術が仕掛けられているのでは!?」
ムダッリスは「正解」だと言わんばかりにニッコリとしながら頷く。
罪と罰式魔術。別名トラップ魔術とも呼ばれる魔術。
術者が指定したルールである、罪を犯すとそれに対して罰が作動する魔術だ。
その代償として、罪を犯さなければ術が作動しないが、罪にあたる条件を、厳しく設定することによって、それを満たしたときの罰の威力は術者が仕掛けた魔力以上に発揮する効力もある。
「今回仕掛けられた罪と罰式魔術は、典型的な〝地雷〟と呼ばれる魔術だろう。罪の条件は、タウンの住民以外の魔力を持つ者がそれに触れると、罰として雷電系魔術が作動する仕組みの」
「なるほど……ならこの道を避けるべきですね。回り道して進みますか?」
「いや……せっかくだからこの罠を利用させてもらおう。ティムサーフ君。もし君が、罠を仕掛けたとして、獲物がそれに引っ掛かったらどう思うかね?」
「どう思うか……それはやった! って思いますねえ。獲物が間抜けで感謝もするかもしれません……――はっ! 油断が生まれるということですか?」
「フッ。そうだ。ティムサーフ君。戦闘の準備をしろ。地雷が作動すれば、敵は必ず獲物の様子を見に来る。インファイターなら、地雷を食らっても生き残ることはざらだからな。トドメを刺すために姿を現した敵を、確実に仕留めるぞ!」
ムダッリスはそう言うと、右の前腕に自身の魔力を集中させる。そして、突如左手で持っていた、斧でその前腕を斬り落とす。そして、落下する前腕をサッカーボールのように蹴って、罠の道へと飛ばす。すると――
バチチッ!
前腕の周りに雷電系魔術が迸る。そしてその後、リザードマン族とダークエルフのエルフ族が顔を出した。
この機をムダッリスとティムサーフは、逃さなかった!
ムダッリスの斧とティムサーフのスピアが投げ飛ばされる。そして、ムダッリスの斧は、リザードマン族の頭に、ティムサーフのスピアはエルフ族の心臓に直撃した。そして倒れるリザードマン族とエルフ族。
「もう敵が来ることはなさそうですね……」
ティムサーフはそう言った後、二人は地雷が発動した後の道を通る。そして、ムダッリスは、地雷で黒焦げになった前腕を切断箇所とくっつけて回復系魔術を発動する。そして、ムダッリスの右腕は何事もなかったかのように回復した。二人は、斧とスピアを死体から回収し、少し歩いた後、会話が再開される。
「この地雷、恐らく、タウンの至るところに設置されているだろうが、いずれ消えるだろう。当然、工兵部隊も動いている頃だろうからな」
「罪と罰式魔術を撤去する部隊ですね!」
「ああ。だが、我々は我々でできることをする。ティムサーフ君、初めての実戦。戦果を挙げられるといいな」
「はい! 頑張ります」
ムダッリスに笑顔で返事しながら、顔を向けるティムサーフ。だが、彼は、次の瞬間驚きの光景を目にする。
グサッ!
ムダッリスの頭にナイフが刺さった。
刺したのは、ムダッリスによって殺されたはずのリザードマン族だった。
「炎天!」
そして、炎火系魔術によって、ムダッリスの頭部は焼き尽くされ、首を失ったまま、その場に崩れ落ちた。
これまでの出来事まさに衝撃の連続。ティムサーフの思考は追いつかず、目が点になるしかなかった。
だが。
目の前で、尊敬するムダッリスが無惨に殺されたというただ一つの事実。
その瞬間、ティムサーフの中で何かが弾けた。
「貴様ああああぁあぁぁぁぁああッ!!」
怒りが、理性を突き破った。
そして、リザードマン族を仕留めようとスピアを構えた次の瞬間。
ザクッ!
ティムサーフの脇腹に何かが刺さった。
刺さったのは、矢だった。そして、放たれた方向を見ると、自身が殺したはずのエルフ族が弓矢を構えていた。
「なぜ、お前まで!?」
ギュルギュルギュルッ!
エルフ族が放った矢には嵐風系魔術による風の回転が宿っていた。その貫通力と衝撃で、吹っ飛び地面に叩きつけられるティムサーフ。
彼は、仰向けに倒れながら、自問自答していた。
「(馬鹿な……なぜ奴らが生きている!? 殺した敵が生き返るなんて聞いていないぞ? 幻惑系魔術でもくらったのか!? いや、あの魔術を、くらうにしても何らかの前兆があるはず……ま、まさか!?)」
「お、お前……ら、まさかそ……せい魔術を?」
死の直前。ティムサーフは、この異常な現象を説明できる唯一の仮説に辿り着いた。
しかし、その時、リザードマン族のナイフが、容赦なく彼の心臓を貫いた。
「……ッ!」
息を飲む間もなく、世界が暗転していく。
ティムサーフの視界は、ゆっくりと、しかし確実に、完全な闇に包まれた。
◇
「こいつら、一体何処から湧いてくるンだ!」
旦那からタウンの防衛戦を任されたおれは、壁を突破してきた委ねる者たちと交戦している。
壁を突破された今、おれたちが敵を対処しないと、ヒーラー、非戦闘員、最悪子供たちまでが犠牲になるかもしれねぇ。
だからこそ、これ以上こいつらに先を進ませるわけにはいかねぇンだッ!!
今のおれは、普段の私服じゃなく、かつてディオネロ帝国の騎士だった頃と同じく、プレートアーマーを身に纏って戦っている。
不思議と――守りたいもンのために命を賭けられた、あの頃に戻ったような気がした。
「リチャード! 本当にこいつら壁を乗り越えてきたのか!? にしても数が多すぎる。こんなに突破されたなら、壁の守備隊から何かしら報告があってもいいはずだろ!」
人間族のジョージが愚痴を言いながら、おれへ声をかけてくる。――そんなことおれだって知りてぇよ。
クンクン――。
突如おれの嗅覚が、何かが近づいてくるのを察する――これは。
「ジョージッ! そこから離れろ! 地面から敵が来るぞォォ!!」
「え? 地面から?」
ジョージは呑気に聞き返す。が、次の瞬間、ジョージの足元の地面から、ゴボッと手が飛び出した。
そして、その手は容赦なく足首を掴み、ジョージを地中へと引きずり込む!
「土の命」
おれは即座に土砂系魔術を発動。地形を操り、火山の噴火のように土を吹き上げさせて、ジョージと敵を強引に地表へと噴出させる。
敵の正体は、ゴブリン族だった。ジョージの首は掻っ切られ、そこから血が流れ出していた。
「うおおおッ! 雷の子」
おれは自慢の必殺技、犬顔の戦棍に雷電系魔術を纏わせて、そしてゴブリン族にぶつけて仕留める。仕留めたことを確認した後、おれはジョージの安否確認をする。
「大丈夫か!? ジョージ!」
「あ……ああ。サン……キュー……」
ジョージの傷は深い。頸動脈が切れ、血がドクドクと溢れている。本来なら命にかかわる怪我だが、ジョージは回復系魔術を発動させ、すぐに事なきを得た。
「しかしあれだな。ヒーラーの魔力を持つだけで、回復系魔術の効力が桁違いだ。治療時間が短縮の上に、魔力の消費も驚くほど少ない。これならいくらだって戦えそうだ」
「ああ。わかるぜ。おれもさっき、土の命を使ったときに思ったが、地形操作が信じられないほどスムーズだった。オールラウンドの魔力ってのは、ここまで変わるのか……旦那には本当に感謝しかねぇな――ってそんなこと言っている場合じゃねぇ!」
おれはハッとして、辺りを見渡す。
「敵が地中から出てきたということは……そうか、やつら地下からも侵入してきてやがるってことじゃねぇか!!」
「気がついたようですね。リチャード」
突如声を掛けられて振り向くおれとジョージ。
「「アイガ」」
その声の主は、ゴーレム族のアイガだった。
「結界術で察知したのですが、どうやら敵は地下からも侵入しているようです。その数およそ三百」
「「三百!?」」
「ええ。ですが、敵の大部分は、攻めの前に、まず、タウンの至る所に仕掛けた地雷の撤去作業を実施しているようです……すでに八割の地雷が奴らに無力化されました」
「なんだと!」
「は、早すぎる……」
罪と罰式魔術。少しでも戦況が有利になればと仕掛けたが……奴らが引っ掛からないのはまだわかる。だが、ジョージの言う通り撤去されるのが早すぎる。おまけに侵入した敵の多さといい――
「地下から侵入してくるということは、奴らはこの日のために、侵入用のトンネルを前から用意していたということか?」
「それはわかりません。ですが、月の星団のことを知る前からも、我々は常日頃からタウンとその周辺の警備をしていました。我々に気づかれることもなく、大規模なトンネルを用意できますでしょうか? 考えられるとしたら、土砂系魔術によって地下から侵入すること。これなら、トンネルを用意することなく、タウンの至る所に仕掛けた地雷も短時間で撤去可能かもしれません」
「リチャード! ここに居たか!」
また、おれを呼ぶ声が聞こえた。この声は――
「グーリュ! あんたか!」
呼ばれた声の方へ顔を向けると、飲み友のグーリュがおれを呼んでいた。
「皆も聞いてくれ。インチキ教祖からの伝言じゃ。インチキ教祖は、イブリースを見つけて現在交戦中だ」
「「「え?」」」
「インチキ教祖がイブリースを倒せば、早期決着の道も開ける。だからもう少し踏ん張ってくれ!」
「インチキ教祖が?」
「だ、旦那が!?」
こんなに早く敵の大将を見つけるとは……流石旦那だ。悪い報せが続いていたが、ここに来て朗報があって嬉しいぜ。
「それだけじゃない。リチャード、お前さん宛てにインチキ教祖から伝言がある」
「! なンだ?」
伝言。おれ宛てってことは、何か任せたいことがあるってことだ。おれは身構え、グーリュの言葉を待つ。だが、その時――。おれはとんでもねぇ匂いを嗅いだ。
「酔犬のリチャードだな?」
おれは呼ばれた声の方へ顔を向ける。
そこにいたのは、絶命したゴーレム族のソルムと獣人族(イヌ科)のウルフルーズの亡骸を引きずる獣人族(ネコ科)。
白銀に輝く柔らかな毛。左目は、砂漠のような乾いたアンバーの瞳。右目は、オアシスの泉を思わせる澄んだブルーの瞳のオッドアイ。そして、服装は、鎖帷子な鎧の上に赤いマントとズボンの服装を着用した――その男。
「ソルム! ウルフルーズ! お前よくもッ」
「待て! 手を出すな!! こいつはお前らじゃ手が終えねえ相手だ!!」
怒りのまま襲い掛かろうとしたアイガをおれは制止させる。
「グーリュ。なんとなく旦那の伝言わかったぜ。あいつをおれに止めてほしいってことだろう?」
「あ、ああ……その通りじゃ」
「へっ! 確かに……あいつはおれかジュダスちゃんじゃないと、対処できなそうだな……」
「ジュダスにもとっくに伝えてある。今頃、あの獣人族と同じクラスの強敵と戦っているかもしれん」
「そうか。じゃあ、おれもおれの仕事をするぜ」
「みんな、ここから離れてくれ。悪いが、おれ一人の方が全力で戦えそうだ」
アイガとジョージは渋々引き下がった。一方グーリュはと言うと、その言葉を「待っていました」と言わんばかりに我先に、タウンのどこかへ飛び立った。まあ、報告係としてあの速さは役に立つからいいとしよう。
この場で一騎打ちとなる。おれと――
「よろしくな。あんたと会うのが初めてだが、よーく知っているよ。醒狂猫のサラーフだろ? 敵の血を辺り一帯の砂漠に染め上げ、時には、その血で水分補給もしたという戦慄のエピソードもあったとか……スキルタイプはおれと同じインファイターだったな」
「フッ。懐かしいな。その異名とエピソード。だが、今の異名は、〝巡礼〟のサラーフ。月の星団、五行緑月の一員だ」
「リチャード。あなたとお会いできて光栄です。あなたには私の武器で葬ってあげましょう……」
サラーフは、両手を放し、ソルムとウルフルーズを地面へと落とす。そして、両手を広げて――
「シャムシール」
そう唱えると、両手から魔法陣が発生する。
そして、魔法陣から、腕にはめるガントレット型の鉤爪左右が現れた。その爪は、三日月のように、湾曲した形状を持つ刀剣を五本からなり、そして、手の甲を負おう金と真鍮で装飾されたガントレットはまるで王家の武器と思わせるほど豪華だった。
「シャムシール。元々は、一本の刀剣であったものを鉤爪として使えるように改造した。この十本の刀剣が私の武器だ」
サラーフはその鉤爪を構える。
「そうか。おれの武器は……って説明不要だよな。ハサンから聞いているだろうし、自分で言うのもなんだが、戦士なら知ってンだろう?」
おれも相棒を構える。
緊張が空気を張りつめる。
これは、命を懸けた真剣勝負。これから先は、ジョークを言う余裕もないだろう。
だから緊張をほぐすためにも、ここでジョーク納めといくぜ。
「ところで……今日だけで、おれ何回声を掛けられたンだろうな……ひょっとして、モテ期か? ったく、人気者はツラいぜ」
獣人族のウルフルーズさんは、第二章30.「異界転送」以来の再登場となります!




