閑話其の三
男の選択は!?
「そう……結局、神を……教えを信じる道を選ぶのですね……」
「ああ……そうだ」
ワタシは、考え迷い悩んだ末、最終的な答えを決めた。
ワタシはもう一度神を信じる道を選ぶことにした。それはすなわち、この洞窟から布教の旅に出るということだ。だが、ロクセラーナはワタシの回答に納得できてないようだ。
「どうして……どうしてですか!?」
「なんで! また信じるのですか? 教えを守っても天国に行けなかったのに!」
「……」
「あなたが教わった死後の世界では、魔術を使える世界だと教わりましたか? 魔力のスキルタイプがあることを教わりましたか? 死後の世界で……オーク族と出会うことを教わりましたか?」
「……」
「一切なかったですよね? ならあなたが信じていたのは、いんちき宗教だった。教えなんて嘘だった。それが真実じゃないですか?」
「……そうかもしれない」
「……どうして……次死んだら今度こそ天国に行けると思っているのですか?」
「行けないかもしれないな……いんちき宗教ならば」
「なら信じても無駄じゃないですか? そんな宗教」
「そうかもしれないな」
「わからない……わからないです。なんで無駄かもしれないのに信じようとするのですか? そこまでして天国に行きたいからですか?」
「違う。ワタシが信じたいから信じるのだ」
「……えっ?」
ワタシは自分の考えをロクセラーナに伝える。ロクセラーナは言葉を失った。
「理解して貰えないかもしれないが、教団の教えがワタシの人生のすべてだった。ワタシは孤児だったらしく、教団に拾われて育った。ワタシは教団の中で、学びを、正義を、友を、恋も知った。時には、教えのために厳しい選択をした。ワタシの人生の中で、教えは切り離せないものなのだ」
「なら……今度の人生は、教えと違った道を選んでもいいじゃないですか? なんでまた同じような人生を……新しい道も選べるのに」
「それも考えたさ……だが、たとえ教団の教えが噓だったとしても、自分に嘘はつきたくない。たとえ、生き抜いた先に何もなかったとしても、信者として人生を全うしたいのだ」
「……」
「自分でも驚いている。こんな考え方をするとは……前の世界で生きていた頃のワタシにはなかった考えだ」
「前の世界でのワタシは、これだけ教団に貢献をしたから、教団のために犠牲をしたから報われてもいいはずだ。自分は天国に行くべき人間だ。教えが嘘なんてあってはならないし、考えたくもなかった……こんな考え方だったと思う」
「別にそんな考え方が悪いと言いたいのではない。ただ……今のワタシにとって、教えが嘘か真実かどっちでもいいと思っているのだ。それよりも、ワタシは教えを信じる道を選ぶ。これがしたいだけなのだ」
「もしかしたら、ただ頭が固いのかもしれない。それ以外の生き方を選べない臆病者かもしれない。それでもいいのさ」
ロクセラーナはワタシの話を黙って聞いていた。だが、その表情はやはり納得できてないような雰囲気だった。
「そうですか……そこまで覚悟を決めているのなら……もう止めません」
ロクセラーナはワタシから顔をそらしながらそう告げた。ロクセラーナにとっては納得ができないことかもしれない。だがこれだけは伝えたい。
「だが……ロクセラーナ。君さえ……君さえ良ければ一緒に着いてきてほしい。君がそばにいてくれれば……いや、まだまだ君から教わり『行けない』ことが」
「えっ!?」
今のロクセラーナの返答にワタシの頭はついていけなかった。ロクセラーナは再度言う。
「私はあなたと共に行くことが出来ません……知っての通り、私は身体が弱く、この洞窟の泉水がないと生き永らえることはできないでしょう……」
「そ、それは……」
「それだけじゃありません。オーク族はオーク族だけで、支え合って生きていかなければならないという一族の掟があります。特にオーク族の女性は、数が少なく、より出て行ってはならない存在なのです。もし、私がいなくなれば……家族にも迷惑がかかるでしょう」
「本来は、異種族のあなたと会うのは許されないほど厳格なのですよ」
「ロクセラーナ……」
「変ですよね。一族の中でも家族からも煙たがられているのに、私は一族の中で残る道を選ぶなんて……あなたと同じで頭が固いのか、それ以外の生き方を選べない臆病者ですかね?」
「だからこそ」
ロクセラーナの話はまだ終わっていなかった。
「あなたまでいなくなってしまったら……私はまた孤独になってしまう。それでも……それでも行ってしまうのですか?」
ロクセラーナは、綺麗な蜂蜜色の瞳をウルウルさせながらそう言った。その言葉でワタシの信念は揺らいでくる。
「ワ、ワタシは……」
ワタシが言葉に詰まると、ロクセラーナは笑顔を見せる。
「フフ。冗談です。ちょっと泣き言を言ってみたかっただけです。さっきも言った通り、もうあなたを引き止めるようなことはしません。でもあなたがいなくなってしまったらまた孤独になるのは事実ですが」
「ロクセラーナ?」
ロクセラーナは目を閉じながらワタシの周りをグルングルン周る。
ワタシをからかって楽しむロクセラーナは、初めて見る。こんな一面もあったとは。
「やめましょう。こんな暗い気持ちでお別れをするのは。お互いの人生が良くなるように祈って、最後は笑顔でお別れをしましょう!」
作り笑いかもしれないが、ロクセラーナは笑顔でそう言った。
「変わったな。ロクセラーナ」
「今までのあなたなら、そんな前向きな言葉はでなかった。今のあなたはワタシの中で一番好きかもしれない」
「えっ!? ス……好きって今」
ロクセラーナは顔から湯気が出るほど赤面をした。変だな……洞窟の中だから涼しいはずだが。
「ああ。好きだ。もし一緒に布教の旅に出るなら婚姻を申し込んでいただろう。だから残念でもある」
「~~~~~~」
ロクセラーナは余計に赤面した。顔から炎火系魔術を発動しようとしているのか? それくらい赤面していた。大丈夫か? ロクセラーナのことだからまた熱が出て倒れるのではないか? そう心配するほどに。
ロクセラーナは壁の方に急に歩いていった。そしてワタシから顔をそらして何やらぼそぼそと何かを喋っていた。
「も、もう~~やめてくださいよ! 別れる寸前でそんな言葉をかけるなんてずるいんだから~~でも私も満更でもないと言うか~~」
ロクセラーナが壁に手を掛けようとした頃、ロクセラーナの頭上に鍾乳石が落ちてきた。
「ロクセラーナ!」
ワタシは考えず、ダッシュした。そしてロクセラーナを壁に押し付ける形でその鍾乳石を躱した。
「す、すまなかった……い、痛くなかったか? ロクセラ」
「「ええ……だ、大丈」
「「…………………………………………………………」」
ロクセラーナは黙ったままワタシの顔を見つめる。ワタシも綺麗な蜂蜜色の瞳に魅入られていた。
…… …… ……
…… ……
……
上弦の月が、世界を静かに照らす中、ワタシたちは交わっていた。
激しく。本心は離れたくないのに離れなければならない、その運命に抗うように気持ちをぶつけ合った。
ワタシが信じる教団には、こんな教えがある。
〝男女は、婚前交渉してはならない〟
ロクセラーナはワタシが信じる教団に入信しなかった。当然婚姻もしていない。
だから、この行為は明確に教えに反する行為だ。
そうわかっていた……わかっていたが……この交わりを止めることはできなかった……




