23.「ルカ・イフルズ」
「イブリースとはワタクシのことよ」
白髪の男性。青色のトーブを着用。俺と同じ人間。年齢三十代から四十代といったところか。その者は確かに自分がイブリースだとハッキリと言った。
「あなたね。敵の頭目でもあり、インチキタウンの長でもあり、インシュレイティド・チャリティ教の教祖の――」
「ああ。俺のことはインチキ教祖と呼んでくれ」
お互いに自己紹介を済ませる。
「まさか……敵の頭目が前線に出向くとは……期待していなかった分、嬉しいわ」
イブリースは興奮を隠せないのか、武者震いをしながら、ニヤリと笑う。
「頼むから変身系魔術を使った影武者とか、冷めるようなオチはやめて欲しいわ」
「それはこっちのセリフだ」
「そう。なら杞憂ね。ワタクシは正真正銘のイブリース本人よ」
「俺だって本物だ」
信じ切ってはいないが、一旦は今、目の前にいるのが本物だとしよう。俺はさっそくやるべきことをやる。
「単刀直入に言う。俺の要求はてめえら全員帰りやがれだ。そして二度とそのツラを見せるな」
「……従わないとしたら」
「まずお前ら四人全員ぶっ倒す。イブリース。できたら、お前だけは生かしといてやるよ。だが、他三人の命。オーク族、ゴブリン族。多分獣人族か? ネコネコの実を食ったような猫人間。そこの三人の命は保証しないがな」
「イブリース選べ。穏便にこの戦いを終わらせるのか? それともお前ら四人ともここで死ぬのか? どちらだ?」
俺はイブリースのみならず、敵四人にプレッシャーをかける。
「随分と強気じゃないか。その言い方だと、ボクら五行緑月を一人で倒せるみたいな『てめぇは黙ってろ。俺はイブリースに話しているんだ』」
見た目が男性か女性かわからねえ中性的な顔のオーク族が喋ったのでとりあえず黙らせる。
「どうする? 返事は十秒以内に決めろ。一か八か四人がかりで俺と戦うか?」
イブリースは、返事をする前に、三本指のジェスチャーを俺に見せてきた。
「三つ目よ。ワタクシとあなたが一対一で戦う。この選択よ」
「とはいえ、ここで戦うのは勘弁ね。場所を変えさせて貰うわ」
「ほう……」
まさかタイマンで戦う道を選ぶとは、自分の実力に自信があるみたいだな。まあ、一応、武闘派教団の教祖なんだ。弱くはないのかもしれない。俺はイブリースのことを少し見直した。
「というわけで、インチキ教祖はワタクシの獲物よ。彼を倒したらインチキタウンに勝利宣言します。その間にあなたたちは、タウンに向かってその実力を見せつけなさい」
「いいわね? 特にサラーフ。イブン」
イブリースは、顔を俺に向けたままよそ見をせず、他三人に向けて指示を与える。
「わかりました」
「……承知しました」
獣人族とゴブリン族はそう返事した。
このままだと他三人がタウンに向かう。無駄かもしれないが、これだけはやってみるか。
「火天」
両手をアイアンクローの形にして、火球を奴ら四人まとめてくらう程の大きさで放つ。
「おっと」
ズバ
大きい黄金色の斧を持ったオーク族が前に出て、俺の火球を真っ二つに切り裂く。切り裂いた火球は四人の両端を囲むように、左右に炎の道が生じる。
「警戒しているボクらに隙はないよ? 話の途中で攻撃しても無駄さ」
「ちっ。簡単に行かないか」
ここで四人まとめて致命傷を負わせることができればと思ったが、先の雷音を躱した奴らだ。やっぱり真正面から攻撃しても防がれるか。
「でもやっぱりキミ強いよ。ただの火天がその辺のオールラウンドが出す炎天よりもはるかに火力が高い。ボクじゃ勝てないかもしれないね」
「よくわかっているじゃない。あなたもそろそろタウンに向かいなさい」
「ちぇっ。強敵だからこそ戦いたかったのに――でもここは譲るよ」
「なにせ、イブリースが期待した通りの相手だもんね」
イブリースとオーク族は互いの目を合わせて同時に頷く。ここまでのイブリースの口ぶりから察するに、あのオーク族含め他三人はかなり信頼されている者のようだ。となれば、俺を除いてあの三人を止められる信者となれば……
「インチキ教祖……お取り込み中すまんが、ワシはそろそろタウンにUターンしてもいいじゃろうか? イブリースも見つけたことだしのぅ……」
すぐそばにいたグーリュがそう話す。そうだ!
「ああ。ここまで運んでくれてありがとうな。グーリュ。俺がイブリースを見つけたことを信者たちに伝えてくれ。それと……」
「なんじゃ?」
「あの三人の特徴をジュダスとリチャードに伝えてくれ。おそらく信者の中であの三人を止められるのは、ジュダスかリチャードしかいない。被害がこれ以上大きくなる前に、その二人に動いて貰う」
「わかった……すまんのう。お前さんを置いて逃げるような真似をして」
「気にすんな。元々案内だけ頼んだことだし……というわけで今の伝言頼んだぞ」
ブオオオ
グーリュは神速飛行で、タウンへと戻っていた。
「ボクらも向かうよ」
ダダダ
他三人もタウンへと向かっていった。
「さてと……先ほども言った通り、場所は変えさせて貰うわ。雷電装束」
バチバチバチ
イブリースは左手の親指を右に残りの四本指は束ねた状態で魔術名を唱えた。すると、雷で作られたトーブを着用した。なんとなくだが、先ほどの委ねる者たちが見せた、嵐風系魔術のトーブを着ていたのと似ているところがあり、こちらはその雷電系魔術バージョンと思わせた。そもそもの左手の形が雷電系魔術の構えであるから、それに分類される魔術であることは確かだが。
フッ
「えっ?」
注意深く見ていたはずなのに、俺の視界からイブリースが突如消えた。俺は急いで探す。
「こっちにいらっしゃい」
はるか先の後方からイブリースの声が聞こえた。俺が慌てて振り返ると、イブリースは後方に身体を向いたまま、そこにいた。そしてまた圧倒的なスピードで俺の視界から消えていく。
「待て!」
「(雷電系魔術を纏っているということは、雷の速さで動けるのか? そうなれば厄介だ)」
底知れないイブリースの実力を探りながらも俺はイブリースの後を追う。
しばらくすると、イブリースは立ち止まった。
「この辺りでいいでしょう」
イブリースが立ち止まったのは、崖のような大きな岩山が目立つ荒野だった。
俺は荒野の大地に。イブリースは高い岩山から俺を見下ろすような形で相対する。奴に見下されるのは気に食わねえなぁ。
「ここが戦うフィールドか。確かにここならお互い暴れられるな」
「ええ。インチキ教祖。あなたには、敬意を払いワタクシの全力を見せましょう」
「ワタクシが信じる神のほかに神はいない、彼の預言者は神の使徒なりワタクシはそれを証言する」
イブリースは目を閉じて、突如、詠唱のようなものを唱える……いや、あれは詠唱ではなく、宗教の信仰告白か!?
「ルカ・イフルズ」
イブリースは左手を大きく広げ、そう唱えた。すると左手から魔法陣が発生し、魔法陣から刀剣の柄のようなものがあらわれる。そして、イブリースは右手でその柄を掴みゆっくりとゆっくりと引き抜く。
魔法陣から現れたのは、俺が初めて見るタイプの刀剣だった。
刀身は三日月型、その先端は、ハサミのように二股に分かれ、錆びているように全体的に赤みを帯びた刀剣だった。
「これがワタクシの武器。これを見せるということは……本気になったと思ってくれていいわ」
その刀剣はどこか禍々しいイメージを抱かせ、見ているだけで今すぐ斬られそうなほど恐ろしさも感じる。
「(刀剣使いということはジュダスと同じような戦い方をするのか!?)」
俺が思い浮かべる刀剣使いといったらジュダスだ。
刀剣を使ったジュダスの戦い方と言えば、優れた名刀でそのまま斬りつけることもあれば、刀身に嵐風系魔術を纏わせることで、斬撃を飛ばして遠距離攻撃も可能だ。恐らく、イブリースも同じような戦い方をするのだろうと俺は踏んだ。
そして、イブリースはその刀剣を構えて、真向斬りをするように、刀剣を高くより高く持ち上げていく。
「来るか!」
俺は魔術をいつでも発動できるように構える。だが、イブリースは不敵な笑みを浮かべる。そして――
「断獄」
イブリースがそう唱えた後、その場で勢いよく振り下ろした。
「(やはり飛ぶざん……――げき……か? あれ?)」
なぜか、俺の視界がゆっくりと上下ずれていくことに気づいた。左目の視界が上に、右目の視界が下に移動していくのだ。イブリースの半身が天地に分かれていくように。
それだけじゃなかった。今度はその視界が左右に移動してきている。そしてちょっとずつ身体の力が入らなくなり、俺の思考も消えていき――
「き、斬――られたのか? な……ん……で?」
やがてイブリースの姿が見えなくなり、世界を閉ざすような暗闇が俺の視界を埋めていく。この光景には見覚えがあった。
そう。それは前の世界で俺が死ぬときに見た世界を閉ざすような暗闇とまったく同じ光景だったのだ。
インチキ教祖の身に何が!?
第三章、21.「八寒冷山」で出したクイズの答えですが、正解は、第二章、23.「ドス・トエフ城」の中で書かれています




