第三話 仲直りするには
ひどいやらかしだった。
昨日のが霞んでしまうくらいには。
「ゆ、雪菜。ちょっと話をしないか?」
「可愛くない女と何か話すことがあるわけ?」
「だから、そのことをだな」
「私、嬉しかったのに……。やっと大和に可愛いって、それも誰よりも可愛いって言ってもらえて本当に嬉しかったのに」
「いや、それは」
「大和の、ばか」
そう言って背を向ける雪菜の目が微かに潤んでいるのに気づいて、俺はそれ以上言葉が出なかった。
そうやって昼休みまで何もできずにいたんだ。
ーーー☆ーーー
昼休み。
いつもなら雪菜のコンサートが始まるが、今日は授業が終わった瞬間に教室を出ていってしまった。
俺には一瞥もせずに。
いつもだったらしつこいくらい声をかけてするはずなのに。
「はぁ。何やってんだか」
「そう思うなら、さっさと追いかければいいですよ」
そう声をかけてきたのは中学からの付き合いである黒髪メガネのクラス委員長、桜島繭香だった。
見た目『だけ』は清楚で真面目なまさしく委員長という風貌だった。少なくともクラス委員長に決まるまでは俺や雪音以外のみんなは真面目な人なんだろうと思い込んでいたくらいだしな。
まあ、一ヶ月もすれば化けの皮が剥がれたわけだけど。
香水とか化粧とか舌にピアスとか校則破りまくりだし、委員長の仕事とか哀れな副委員長に丸投げしているし、気分が乗らないとか何とかそんな理由でどうやって手に入れたのか屋上の鍵を開けてサボっているのも珍しくないくらいには不真面目だ。
珍しく昼まで真面目に授業を受けていた繭香は見た目に似合わずニタニタと蛇が獲物をいたぶるような笑みを広げながら、
「それともようやく月宮雪菜と大和クンとじゃ住む世界が違うんだと身を引く覚悟でもできたです?」
「そんな殊勝な考えできるならとっくに幼馴染みなんかやめているっての」
「ふうーん?」
くつくつと。
肩を揺らして、そして繭香はこう続けた。
「『雪菜よりも可愛い奴なんかそこらじゅうにいるんだよ』」
「ッ!?」
「わたしい、これは決別の言葉だと思ったですけど?」
「盗み聞きとは趣味が悪いな」
「偶然ですよ。まーあー? だからこそぐじぐしうだうだやっている男が面白くてこんな時間まで真面目に授業を受けちゃったんですけど?」
「本当性格が終わってやがるな」
「で、これからどうするです? まさかこのままってわけじゃないですよね?」
「……、うるせえ」
言い過ぎてしまったとは思う。
謝るべきだとも。
だけど、それだけでいいのか?
もっと他に言うべきことがある気がする。
「思えばわたしたちの付き合い、中学からでしたっけ。大和クンと月宮雪菜の付き合いはもっと前から、と」
「何だ、いきなり?」
「しょーじき、ハタから見ている分には高校までずるずると引き延ばしているから今こうして拗れているだけだと思うですよね。もっと早くにどうとでもなったというか」
「だから、何の話だ?」
「所詮他人事だから懇切丁寧に解説とかしないですけど? 答えが欲しいなら自分の本音に向き合うことでーすよ」
と、言うだけ言って繭香はそそくさとどこかに去っていった。
もっと早くにどうとでもなった。
答えが欲しいなら自分の本音に向き合うべき、か。
いい加減、俺は雪菜をどう想っているのか、自分の本音に向き合うべきなのかもしれない。
そうしないと、結局はまた同じことを繰り返す気がするから。
ーーー☆ーーー
俺は過去を反芻する。
雪菜と出会ってから今日までの出来事を。
そこで生まれて、だけど今日まで目を逸らしてきた本音と向き合うために。
ーーー☆ーーー
銀髪に赤目。
俺の幼馴染みである月宮雪菜は日本人とはかけ離れた外見をしていた。
そのせいで小学校に入学して出会った雪菜はよく気持ち悪いとか化け物とか悪口を言われていたんだ。
『うぅ、ぐすっ。わたし、きもちわるいんだ』
そんな風に泣いていた気弱な雪菜に、とにかく泣き止んでほしくて俺はこう言葉をかけていた。
『そんなことない! ゆきなはかわいい!!』
うそだぁ、といじけたようにそっぽを向く雪菜に俺は肩を掴んで目を合わせて『うそじゃない! ゆきなはかわいいんだ!!』と力説した。
ここからだ。
俺と雪菜の関係はここから始まったんだ。