第二十三話 ハッピーエンド、あるいは新たなプロローグ
翌日。
昨日は色々あったが、何があっても時間は平等に進む。
そう、もう朝なのだ。
結局昨日から一睡もできなかった。
なあ、おい。
昨日あれだけしっちゃかめっちゃかに告白したわけだが、今から雪菜と顔を合わせるとかすっげえ気まずくないか!?
「もうちょっと、こう、あったよなあ。告白するにしてもタイミングとかムードとか言葉選びとかさあ!! あんな勢い任せじゃなくてよお!!」
散々な有様だった。
こんなんだから俺は凡人なんだよな。多分黒川辺りだったら仲直りも告白も惚れ惚れするくらい華麗にこなすことができるんだろうし。
「しっかし、あれだ。俺、雪菜と付き合っている、んだよな?」
声に出してみるもなんとも現実味がない。
付き合っている? 頭脳明晰、運動神経抜群、誰もが見惚れる最強にかわいい雪菜と俺が???
「まったく。人生何があるかわかったもんじゃねえ」
ーーー☆ーーー
いつまでもぐだぐだしていたって何も変わらねえ。
いつもよりかなり早いがさっさと家を出て、身体を動かしながら茹だって仕方ねえ頭をどうにか──
「おはようです、大和クン」
「あれ? 繭香?」
家の前に立っていたのは制服姿の繭香だった。
ただし両手で女の子らしく握られたゴツイナイフがギラギラと朝日を反射して輝いていたが。
このアンバランスさが繭香らしいとも言える。
「月宮雪菜と付き合えたです?」
「まあな。繭香のおかげだ。ありがとな」
「お礼なんて必要ないです。あの、大和クン」
そっと。
両手で握ったナイフの切先を向けて、
「わたし、諦めないことにしたです。大和クンのおかげとあえて言うですよ」
「お、おう? よくわからないが、諦めねえのはいいことだ。俺に手伝えることがあったらいつでも言ってくれ。繭香のためならいくらでも力を貸してやるからよ!」
「……えい、です」
「うおわあ!? いきなりナイフで突いてくるか普通!? あと少しで串刺し待ったなしだったぞ!!」
「大和クンは一度刺されたほうがいいですよ」
「嫌に決まっているだろハサミでもあんなに痛かったのにそんなゴツいナイフとか痛すぎて泣き叫ぶぞいっぱしの男が本気で泣くのが見てえのか!?」
「見たいか見たくないかで言えば、まあ大和クンの泣き顔なら絶対見たいですね」
「何だ急にサドに目覚めやがったのか!? おい馬鹿目が怖いぞ一旦ナイフを置けなんでそんなハッスルしているんだ人の痛みがわかる人になろういや本当ジョークにしては物騒すぎるだろそれはあ!!」
ーーー☆ーーー
「し、死ぬかと思った……。繭香のジョークはたまにぶっ飛ぶことがあるが今日のはマジでビビったぞ」
どうにかこうにか繭香から逃げ切った俺は額に浮かぶ汗を拭った。
どうやら無我夢中で逃げていたからいつのまにか懐かしい場所まで来ていたみたいだ。
俺たちが通っていた小学校。
もちろんフェンス越しではあるが、校舎裏が見えていた。
そこに雪菜は立っていた。
フェンスに指をかけてその先、校舎裏を眺めていた雪菜は俺に気づいてこちらに視線を向ける。
「大和」
「はいはい大和さんですよっと。こんなところで何やってんだ?」
うおう、雪菜だよ全然心の準備できてねえぞ。
自然に話せているよな? 昨日のアレソレ思い出して身悶えしそうなのバレてねえよな!?
「ちょっとね。大和は? いつもだったらまだ寝ている時間だと思うんだけど」
「昨日のことがあって寝れなかったから早めに家を出ただけだ」
「昨日……。私たち、付き合っているんだよね」
「お、おう。そうみたいだな」
そんなはっきり言うなよな。
すっげえ照れる!!
ーーー☆ーーー
全ては小学校、校舎裏から始まった。
一人で泣くことしかできなかった雪菜の人生は一人の男の子と出会ったことで大きく変わった。
どんな才能よりも特別なその出会いがあったから、雪菜は今こうして幸せを掴み取っている。
「うっお!?」
「ちょっ、いきなりどうしたのよ?」
「い、いや、なんか寒気が……。夏だってのに寒いとか風邪でも引いたか?」
「は、はっははっ! わあーっはっはあ!! いやあ冗談がうまいねっ。おばかさんが風邪をひくわけないじゃん!」
「そりゃ雪菜から見ればほとんどの人間が馬鹿かもしれないがな、仮にも恋人に向かってよくもそんなこと言えるよな」
「あはっ、はは、あっはっはあ!!」
「とまあ、いつも通り振る舞おうとしている感じか? なあ雪菜。目が泳いでいるんだよテレが隠しきれていねえんだよ初めての恋人にどう接すればいいかわからねえのが丸わかりなんだよお!!」
「そっそそそそっそんっそんなことないけど!?」
「動揺していますってこれほどわかりやすいのもねえよなあ」
「なっなによっ、そういう大和は余裕たっぷりだとでも!? 少しも意識していないって!?」
「ハッ。何を言うかと思えば。くっそテレているが? もう心臓バックバクだぞ!! まあ雪菜がパニクっているおかげである程度冷静になれたがなありがとうな俺の精神安定のために醜態晒してくれてなあ!!」
「よく見たら顔真っ赤じゃん。そっかあー。えっへへ」
「あっ赤くねえし!!」
「ねえ大和。大好きだよ」
「……っ……ッッッ!?」
「へいへい超絶かわいい私の一撃でめっちゃ動揺しちゃってさあー!! これで私の勝ちだねっ」
「ふっふざけるな! まだだ、このまま負けっぱなしなのはなしだ!! 次は俺が──」
「はい、ぎゅうー☆」
「ばっばぶっ、なんっ抱きつっおまっばっなんなにはぁ!?」
「これはもう完膚なきまでに私の勝ちじゃんね」
「ちくしょう。はいはい雪菜の勝ちだ。お前には敵わねえっての」
「……………………、」
「雪菜?」
「わ、私、大和に抱きついて、わっ、うわあ」
「お前なあ。照れるの遅くないか?」
「うるさいっ。こんな、だって、昨日のがとんでもなく幸せだったから大和にだって効くと思って、だから、もお!! 全部大和が悪いのよ!!」
「雪菜はかわいいなあ」
「今そう言われるのは複雑なんだけど!?」
雪菜は選んだ。
自身の才能に見合った居場所に背を向けてでも大和の隣にいることを。
そもそも雪菜のことを散々かわいいと褒めておいて大和が別の女とくっつくとかそんな展開許せるわけがない。
(……私を『こう』したのは大和なんだからきちんと責任とってよね!!)
小学校の頃には辛い記憶のほうが多かった。
消えてしまいたいと望んだことだってあった。
それでも。
こんな結末が待っているなら『よかった』と締めくくることができそうだ。
ーーー第一部 完ーーー
そういえば大和が大怪我することになった過去は結局どんなものだったのだ?
『くだらねえ』
繭香の両親の仲はよかった。
特に母親は教育熱心であり、真面目に頑張れば必ずや幸せになれると常日頃から繭香に言い聞かせていた。
ただし幼い繭香を庇って母親が死んでから全てが狂った。
『繭香のせいで母親が死んだ? だからこの血筋上だけは父親でしかないクソ野郎の全てを受け止めるのは当然だとでも!?』
優しかった父親は幼い頃のほんの僅かな記憶の中だけで。
母親の面影があるなら代用品としては使えるからと、母親と同じように寸分違わず振る舞うよう強要されるのも、父親の理想と少しでも違えば理想通りになるまで休みなくやり直しを命じられるのも全ては繭香のせいで母親が死んだから。
『そんなわけあるか。そんな理由で繭香の人生をもう死んだ誰かの代用品として使い潰していいわけねえだろうが!!』
真面目に頑張れば必ずや幸せになれる。
自分のせいで失われたものから目を逸らすことなく、その責任を負うのは真面目な人間であれば当たり前というのはいつだったか父親が押しつけた理屈だ。
母親が残した言葉を、父親は己の好みに合わせて呪いに変えた。
『ほんっとうにくだらねえ』
その呪いを過去の大和は一蹴した。
目の前に凶器を携え、狂気を纏う繭香の血縁上の父親が立ち塞がっていようがお構いなしに。
『なあ繭香。お前にも色々とあったんだろうがな、それでもやっぱり今のお前の生き方は間違いだ。どんな理由があっても心の底から笑うことができねえ生き方なんか間違いに決まっているだろ!!』
母親の代用品ではなく、繭香という一人の少女のために。
『……俺は繭香の母親がどんな人かなんて知らない』
そうして大和は踏み込んだ。
血縁上の父親。これまで繭香を縛りつけてきた男に向かって。
『繭香のことを恨んでいるのか、恨んでいないのか。親として子を守れたならばそれで本望とかそんな風にせめて後悔していなければってのは俺の勝手な理想なのかもしれない』
真っ直ぐに。
迷うことなく。
『それでも、いいか、よく聞けよ繭香あ!! 血縁上は父親でしかないクソ野郎の言いなりになっていたのが罪の意識から自分を責め立てた結果だってんならそんなのはクソだッ! なぜなら死んだ人間の考えなんて誰にも説明できねえんだから!! だからこのクソ野郎はテメェ好みにごちゃごちゃのたまって繭香を縛り付けていただけでそこに死んだ人間の本音なんて一切ねえんだよ!! そんなもんに従っていたって死んだ人間の救いになんてなるか。何をどうやったって死んだ人間には何も届かねえんだ!! だったら俺はこう言ってやる!!』
繭香を苦しめてきた元凶との激突。
その寸前だった。
『お前の母親が恨んでいないかもしれないならば! そういうことにしてしてしまえば!! 贖罪のために苦しむ必要はなくなるんだからそうしろってんだあ!!!!』
それは勝手な理屈だったけど。
死んだ人間の意思を蔑ろにした、繭香の母親のことはどうでもいいとでも言わんばかりな暴論だったけど。
それで繭香が母親の代用品として一生を費やすのではなく、一人の少女に幸せになれるのならばそれで構わないと。
それが罪になるのならば大和自身がいくらでも被ってやると。
たったそれだけで繭香を呪いから解放できるならば安いものだと、その背中は雄弁に語っていた。
『一度しかない人生だぞ。お前が幸せになるために使いやがれ』
そうして真面目なだけでは語れない、繭香という一人の少女は世界に解き放たれたのだ。
「ふっふふ」
大和は自分のことを凡人とか大したことはしていないとか言うが、一人の人間の人生を劇的に変えておいてそれはあまりにもふざけた自己評価だ。自己肯定感が低いにもほどがある。
ファンタジー世界のバトルで全てが決まる脳筋理論なんて現代日本では通用しない。こうして繭香が自由に生きていられているのにはやはり相応の理由がある。
大和にべったりなあの雪菜だって知らない『物語』があったのだ。
中学二年。
あの頃の大和は頭から血を流して死にかけてでも繭香に手を伸ばしたのだ。……あの出来事一つで繭香の罪の意識が完全になくなるわけもなく、なくしていいとも思えないが、それでも大和はあの後も時間をかけて繭香に寄り添ってくれた。そういう『物語』があったから今の繭香は罪の意識ときちんと向き合って、自暴自棄にならずに生きていこうと思えている。
繭香は大和のことが好きだ。
大和には幸せになってほしい。
それこそが偽ることなき本音だ。
繭香の幸せは大和の幸せと密接に繋がっている。
だから大和にとって一番の幸せが雪菜と付き合うことであれば全力で背中を押す。
ただし。
それはあくまで今のこのルートが大和にとって一番いいものという前提があれば、だ。
『──繭香だって俺にとって代用なんてできねえ大切な存在なんだからな!!』とまで言われて、惚れた男を諦めることができるわけがない。
雪菜よりも繭香のことを好きになってもらえば。
繭香と歩む人生のほうが幸せだと大和が一瞬でも考えれば、そこから先は何に遠慮する必要もないのだ。
「一度しかない人生、幸せになるために使うです。だから、幸せになるためにも頑張らないとです。月宮雪菜には悪いですけど、これも全ては大和クンのおかげですから許して、です」
繭香は笑う。
誰かの代わりではない、繭香自身の激情に身を震わせて。
「大和クン。こんなわたしを救っちゃったならば、その責任はとってもらうですよ」
はい、これにて第一部完結です!
幼馴染みがヒロインだとせっかく美味しい関係性が出来上がるまでのアレソレが本番開始時点で済んでしまっているので、本作ではその辺りを深掘りする形にしてみました。過去を振り返っていく形なのでつまり美味しいところだけを味わえる構図になればと思ったのですがどうだったでしょうか? 楽しんでもらえたならば嬉しいです!
一区切りがついたので第一部完としましたが、恋愛は付き合ってからが本番なので機会があれば続けられればと思います。……大和と雪菜のその後はもちろん、結局繭香はどうなるの? というのもありますので。
それではひとまずこの辺りで締めさせていただければと思います。
ここまで読んでいただいて面白いと感じていただけたら、下部の☆マークから評価を入れてもらえたりすると嬉しいです!!




