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【連載版】確かに幼馴染みをかわいいと褒め続けてきたのは俺だが、ここまで自己肯定感爆上がりするとは思ってなかったんだ  作者: りんご飴ツイン


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第二十一話 ある少女の本音

 


 亀山大和はなんてことない顔で困っている人に手を差し伸べる。だからこそ月宮雪菜もまた彼に救われた一人でしかなかった。



『そのきもちわるいかみをさぁっ、黒くそめてあげるわぁっ!! というわけで手がすべっちゃったぁ!!』


『おっと』


 小学三年。

 まだ雪菜の素養は開花しておらず、五人組のグループを中心として嫌がらせを受けていた頃だ。


 リーダー格の女が事故を装って雪菜に向かって墨汁をかけてきた。それを大和はなんてことないように代わりにかぶったのだ。


『このっかめやまぁっ!! またお前!?』


『あーあ。手がすべったんだ。それはこまった。だけどまさか二度も手がすべるわけないよな?』


『っ!?』


『せんせいもあまりさわぎにしたくないから多少のことはみのがすとはいってもげんどはある。おりこうさんぶっているお前の立場も何があってもゆらがないとはかぎらないぞ』


『……、いつまでもかばいだてできると思うんじゃないわぁ』


『言ってろ』


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 物を隠されて、集団で囲まれて目立たないところを殴られたり蹴られたりして、思いつく限りの暴言を浴びせられて。


 雪菜一人だったら耐えられたかどうかわからない。

 墨汁をかぶって真っ黒になっても何でもなさそうに『これはこれでかっこいいな。お前もそう思うだろ?』となんてことなさそうに笑って守ってくれる大和がいたから雪菜は人生に絶望せずに済んだのだ。



『おっと』


 中学一年。

 雪菜の素養が開花し、学校の人気者として躍進してからは嫌がらせはなくなった。


 ただし。

 五人組グループもまた同じ中学に進んでいた。雪菜一人なら進学校を選んで離れる選択肢もあったが、それだと勉強はあまり得意ではない大和と離れることになる。


 それだけは嫌だった。

 もしかしたら嫌がらせがヒートアップして大和を傷つけてしまう可能性もあったのに。


 そう、その可能性はあった。

 だから、この時もまた大和は傷ついていた。


 ハサミ。

 雪菜が人気者になっていくのが耐えられず、嫉妬から五人で雪菜を囲んで、『こんな髪の女が私よりもモテるなんてありえないわぁっ!!』とリーダー格の女はハサミを振り下ろした。


 雪菜の髪を切るどころかその勢いでは頭に突き刺さっていたかもしれない。


 その寸前に大和は現れた。

 ハサミを腕で受け止めて、血を流しながらも彼は不敵に笑っていたのだ。


『ギリギリセーフ』


『亀山ぁっ! いつもいつも邪魔をしてぇ!!』


『なあ、おい。小学校とは違うんだぞ』


『はぁっ!?』


『あの時はお前らが場を支配していたかもしれねえ。生徒の大半はお前らの意のままで、教師どもも騒ぎが大きくなるのを恐れて見て見ぬ振りをしていたしな』


『何が言い──』


『今や立場は逆転している』


 ハサミに腕を裂かれて痛いはずなのに、大和はそんなことは表情に出さずに、


『大半の生徒は雪菜の味方だ。そんな雪菜が襲われたとなってみろ。その犯人が嫌がらせの標的になるのは必然だ。中学の教師たちが小学校の教師どもと同じだったらお前らを守ってくれる奴はいないどころか率先して隠蔽してくれるからやりたい放題ってな』


『なんで、あんな女が、そんな』


『そんなことはありえない? それとも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()() だとすれば能天気にも程がある』


『……っ!!』


『一言だ。雪菜が涙でも浮かべて助けてと訴えるだけでお前らは終わる。こっちはいつでも()()()()()んだ。それでも、まだ、やるってんならどちらかが破滅するまで徹底的にやろうじゃねえか!! 言っておくがこっちにはお前らをぶっ潰す理由はあっても見逃してやる理由は一つもねえんだぞ!!』


 その脅しに顔を青くして逃げ出した五人組はそれから二度と嫌がらせをすることはなかった。


『へっ。お前らじゃねえんだ。つまらない嫌がらせでやり返すわけねえだろ』


 だけど、そんなことより、


『大和っ。怪我をして、血が出てっ』


『こんなの唾でもつけていれば大丈夫……じゃねえけど。普通にくっそ痛てえけど、まあ気にするな。結果的に大事になる前にあいつらとの因縁に決着をつけられたみてえだしな』


『大和が怪我しているんだから十分大事じゃん!!』


『いやこんなのはいいんだって。それより悪かったな』


『……、は?』


『本当ならこんなことになる前に対処しておくべきだった。せめて雪菜に怪我がなかったからよかったが』


『何を……』


『ちえ。もっとうまくやれたはずなのに情けねえ。しかも格好良く助けに入っておいてやっているのはまんま虎の威を借る狐だもんなあ。雪菜の力を見せびらかしていいとこ取りしただけ。くそ、もう少し強くなりてえなあ』


 そんなことを本気で言うのが大和という男だった。

 大和のその強さにどれだけ雪菜が救われているのか、全然気づいていなかった。



『大和っ!!』


『おー雪菜。どうしたそんなに慌てて』


『慌てるわよっ。大怪我して入院とか何でそんなことになったわけ!?』


 中学二年のある日。

 大和は怪我をして入院した。


 後から聞いた話ではクラス委員長を助ける過程で怪我をしたということだった。それもあと少し当たりどころが悪ければ死んでいてもおかしくなかったほどの。


『まあ、それはいいじゃねえか。それより、フルーツ盛り合わせって見舞いの定番だよな雪菜わかっているじゃねえか!! やっぱり入院しているなら一度はそれっぽいの体験しておかないと損ってな!』


 大和はそういう男だった。

 雪菜だろうが他の誰だろうが困っているなら手を差し伸べる。己の身がどうなろうが最後には助けてみせる。


 いいや、ここまで話が大きくなくても、だ。


 たとえばどのバスに乗ればいいかわからなくて困っている老婆に自分から声をかけるとか、落ちているゴミを拾うとか、迷子の子供のために親を探すとか、そういう小さいことでも大和の性質は見えている。


『こんなの誰でも簡単にできる。そんな大袈裟に褒められることじゃねえ』と大和自身は言うが、そうじゃないのだ。


 確かに一つ一つは誰でもできることかもしれないが、少なくとも雪菜はそういうことにわざわざ自分から率先して手を出したりはしない。道を尋ねられれば答えるかもしれないが、自分から声をかけて助けるなんて面倒なことは大半の人間はしないはずだ。


 誰でもできる簡単なことでも、自然と手を差し伸べることができるのは絶対に大和の美点だ。それこそ特別な才能にだって匹敵するほどの。


 だけど、だからこそ、雪菜を助けてくれたのは大和にとって特別なことではない証明になる。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()() ()()()()()()()()()()()()()()……。


 大和にとって雪菜が大切だから手を差し伸べたとかそんなわけではないのだとすれば、助ける必要がなくなればこれまでの大勢と同じようにそのまま疎遠になるかもしれない。


 高校。

 大和は足を引っ張りたくないからと努力してくれたが、それだって別に大和自身の望みではなく、雪菜が嫌がらせを受けて傷つくことがないようそばで守る必要があると無意識的に判断していたからかもしれない。


 亀山大和は優しい。

 雪菜がその優しさにつけ込んで縛りつけているだけであれば、この想いは大和にとって枷にしかなっていないのかもしれない。



 いつからか、大和はかわいいと言ってくれなくなった。そのことがたまらなく怖かった。


 かわいいと思ってもらえない雪菜は大和にとって特別なんかじゃない。これまで助けてきた人たちと同じ、そういう枠に放り込まれるのを止めることができない。


 幼馴染み。

 それに甘えているだけで何も進展しないどころか、このままではその他大勢のように助け終わった時点で疎遠に──


『可愛いよ』


『…………、え?』


『だからっ! 雪菜は、なんだ、この世の誰よりも可愛い。初めて可愛いって言ったあの時からずっとそう思っている』


 それでも一度は希望を持てた。

 あんなに照れたような顔でかわいいと言ってくれたからこそ期待した。


 大和も雪菜と同じ気持ちかもしれないと。

 他の人とは違う。特別。代用なんてできない唯一絶対の存在。世界でただ一人にだけ抱く特別な感情。


『うん、今なら言える。私は大和のこと──』


 あの時、伝えようとしていた。

 大和も同じかもしれないと、受け入れてもらえるかもしれないと。


 クラス委員長である繭香を筆頭とした大勢とは違う。雪菜にだけ向けている特別な気持ちがあると。


 かわいいと、思ってくれていると。


 だから。

 なのに。


『雪菜よりも可愛い奴なんかそこらじゅうにいるんだよ!!』


 本気ではないことくらい雪菜もわかっている。

 売り言葉に買い言葉。ちょっとムキになっただけ。冗談を言い合うのなんていつものことだし言葉遣いが荒いのも二人の間ではそう珍しくない。


 本当に?

 そう期待しているだけではなくて?


「……、ばか」


 部屋に入って、閉めたドアに寄りかかって、雪菜はそう呟いていた。


 もう少しだけ待ってくれればいつもの雪菜に戻ることができる。


 気持ちを落ち着かせて仲直りしよう。そうすれば少なくとも幼馴染みとして一緒にいることはできる。変な期待さえしなければそれだけで全ては元通りになる。


 何ならほんの少しだけ弱みでも見せれば大和は雪菜を守るべき対象としてそばから離れないようになるのだから。そんな風に惨めに縋りついてでも雪菜は大和のことを絶対に手放したくないのだ。


 剣城繚乱高校。

 それよりも『上』なんていくらでも目指せたのにそれが雪菜の上限だと勘違いしている大和に何も教えなかったように。


 世界でたった一人、大和と一緒にいるためなら雪菜は何だってできる。他の誰が相手でも自分から手を差し伸べるような酔狂な真似はしないが、大和をそばに置いておくためなら何だってできるのだ。


 そう、何だって、だ。

 これから先もずっと大和にだけ向ける想いを胸に秘めておくことだってできる。


 だから。

 だから。

 だから。



「雪菜あ!! 俺の話を聞きやがれえ!!」



 ドアの外から響くその声が。

 失意と諦観に沈んだ雪菜の心に突き刺さったのだ。

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