第二十話 仲直りするために
ギリギリ追いつけた。
雪菜の家の前、扉に手をかけて開けかけていた雪菜に俺は声をかける。
「雪菜あ!! 話があるんだ!!」
高一。
入学して三ヶ月、つまりは七月ってのもあるが、それを抜きにしても全力疾走したせいで汗が噴き出している。
息が荒れて言葉が詰まるが、それでももう我慢なんてできねえ。
この想いを一刻も早く伝えたい。
雪菜が俺のことをどう想っているのか知りてえんだ!!
だから。
だから!
だから!!
「は? 私はそんなの聞きたくないから」
冷たく切り捨てられた。
そのまま俺を一瞥することなく家の中に入ったんだ。
「あ、れ?」
思わず唖然と見送ったが、直後に気づく。
そうじゃん。俺と雪菜って喧嘩していたじゃん!!
『くっぷっぷ。いやあ、しかし、昨日の大和は本当最高だったよねえ。あんなに顔を真っ赤にして私に向けて「この世の誰よりも可愛い。初めて可愛いって言ったあの時からずっとそう思っている」とか言っちゃってさあ!! あれだけ意地になって可愛いって言ってくれなかったくせに心の中じゃそう思っていたんだねえ!! もう、もうもうっ、それならそうともっと早くに言ってくれればよかったのにっ』なんて事実を突かれたのが照れくさかった。
だから、だ。
つい勢いに任せて言ってしまったんだ。
『うん、今なら言える。私は大和のこと──』
『あんなの嘘だし』
『……、は?』
『ああそうだ、雪菜がきゃんきゃんうるせえから仕方なく喜びそうなことを並べただけだし! 適当な出まかせ並べただけだってのに何を勘違いしているんだって感じだしい!!』
『はぁああああ!? なにそれそんなのアリ!?』
『アリも何もこれが真実だからな!! この世の誰よりも可愛いだあ? 流石に誇張表現だって気づけよ、ばーか!!』
『雪菜ちゃんはこの世の誰よりも可愛いんだから!!』
『ハッ! おいおい鏡見たことあるのか!?』
『毎日身体の隅々までチェックしていますう!!』
『ならその目は節穴ってわけだな!』
『ぐぬぬうっっっ!!!!』
心にもないことを言い過ぎだ。
こんなの嘘に決まっている。
特に最後のあの言葉は最悪だった。
『雪菜よりも可愛い奴なんかそこらじゅうにいるんだよ!!』
『……ッッッ!?』
そりゃあ雪菜も怒るに決まっている。
何ならこんな俺にはもう愛想を尽かしているかもしれない。
だけど。
それでも。
まだ雪菜の本音を聞いてもいないうちから決めつけるな。それじゃこれまでと何も変わらねえだろうが。
もしも、仮に、もう俺なんかには愛想を尽かしてどうでも良くなっているとしたら──そんなの嫌だが、それならそれでみっともなく足掻くしかない。
だけどそうじゃないなら。
あの時の俺と一緒で一時の勢いに任せたものだっていうならきちんと謝って仲直りすればいい。
そう、そうだ、そういえば俺はまだ謝ってもいないじゃねえか。そんなんでぐだぐだやってられるか。
「待っていろよ。絶対に仲直りしてやるからな!!」
ーーー☆ーーー
俺と雪菜は幼馴染みだ。
それだけ長い付き合いではあるが、ぶっちゃけ喧嘩とか未体験だった。
つまり。
だから。
「やっべえ。鍵かけているし、チャイムガン無視だし、こんなのどうしろってんだ」
なあ、誰か教えて欲しい。
仲直りってどうやるの?
「うおおおっ!! あれだけ繭香に格好つけて飛び出してきたってのにこんなところで躓くとか情けねえ!! こんなんになっているの繭香に見られたらぶっ刺されても文句は言えねえぞ本当何やってんだ答えを出すとかそれ以前の話だあれだけ親身になってくれた繭香に申し訳ねえぞクソがあ!!」
「ねえ人の家の前で他の女の名前を垂れ流すなんてさあ!! 本当の本気で喧嘩売ってやがるわけえ!?」
「あ、開いた」
「はっ!? ちょっ、こらっ、入ってくるなってえ!!」
なぜか向こうから玄関の扉を開けてくれたのでそのまま入ることに。
「強引!! これ立派な不法侵入だからね!?」
「まあまあ、いいじゃねえか」
「よくないわよ、もうっ!」
雪菜のお母さんは今の時間は出かけているから家には雪菜一人。それなら誰に邪魔されることなく話はできる。
さあ、諸々に決着をつけよう。
いい加減、俺たちの未来に答えを出す時だ。
「おいこら不法侵入ばかっ。何をキリッとした顔しているのよふざけるなよお!!」
「痛ってえ!? おまっ、脛を蹴るなよな!!」
「うるさいっ。私は怒っているんだからねえ!!」
……その前、仲直りの段階からして大変そうだが、俺が全面的に悪いんだ。きちんと向き合うしかねえよな。
「ばかっ。アホっ。クソボケ! 無自覚だからって何でも許されると思っている鬼畜野郎!! これまでも思うところがなかったわけじゃないけど今日という今日は怒っているんだからねえ!!!!」
「だから蹴るのはやめっ、俺が悪いのは確かだが少しでいいから話を聞いちゃくれねえかっ」
「だーかーらあー! 私はそんなの聞きたくないのよお!!」
「ぐぅ、お、おおおっ。上等だ。俺の脛が壊れるのが先かお前の体力が尽きるのが先か勝負だコラァッ!!」
「そうやっていつものノリにもっていこうとする姑息なのほんっとう最悪!!」
「うっぐ、これは違ったか!」
いやだって仲直りの方法とか知らないから仕方ねえじゃん!! 友達? 雪菜を除けば黒川や繭香くらいだ。こちとら学校の人気者である雪菜と違って友好関係くっそ貧弱なんだよ!!
つまり喧嘩できるほど仲がいい奴自体がそんなにいない。つーか雪菜とそういう体験がないなら他の奴となんてあるわけねえんだ。
「期待するのが間違っていた」
「雪菜?」
「大和は困っている人は放っておけないもんね。助けるためなら大怪我しても笑って大したことないとか言っちゃうからね! 私にかわいいって言ってくれたのも私を助けるためであんなの本当は本音じゃなかった!! それなのにもしかしたらって期待して浮かれてばっかみたい。もうやめて。無自覚に優しくするだけ優しくしてこんなの大したことないって突き放すならもう優しくしないで!!」
「まってくれ、何の話を──」
「いいから!! もう出てってよ!!」
突き飛ばされた。
そこまで強くはなかったはずなのに、耐えられずに尻餅をついていた。
見上げると、そこには涙を浮かべる雪菜が。
喧嘩。心にもないことを言って傷つけた。だけど俺は自分で考えているよりも雪菜を傷つけていた、のか?
「大和の、ばか」
そのまま踵を返して家の奥に走っていく雪菜に俺は咄嗟に何も声をかけられなかった。




