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【連載版】確かに幼馴染みをかわいいと褒め続けてきたのは俺だが、ここまで自己肯定感爆上がりするとは思ってなかったんだ  作者: りんご飴ツイン


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第十九話 好きだからこそ

 

 現在。

 放課後の誰もいない教室でのことだ。


 窓際の一番後ろの席。

 椅子に腰掛けて、机に拳を叩きつけて、俺はこう叫んでいた。


「俺は雪菜のことが好きだ。幼馴染みだからじゃねえ。この『好き』は付き合いたいとか結婚したいとかそういう意味の好きに決まっているだろ!!」


 つまりはそういうこと。

 こんなのは迷うまでもない当たり前の事実だ。


 ()()()()()、なんだ。


「くそ……。散々足を引っ張って雪菜の人生を台無しにしそうになっておいて何を言っているんだか」


 剣城繚乱高校は県内有数の高校だ。

 県内であればこれ以上は存在しない。


 だけど、言ってみればその程度でしかない。

 雪菜にしてみれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 県内有数? そんなのほんの少し視野を広げてしまえば『上』なんていくらでも見つかる。雪菜ならそれこそ日本でもトップクラスの誰もが知るような高校にだって通うことはできた。


 だけどそれは本当に天才である雪菜だけだ。

 俺みたいな凡人ではそこまで追いつくのは不可能なんだ。


 そもそも剣城繚乱高校でもギリギリだった。合格できたのが奇跡だったんだ。それよりも『上』? 俺にはもう想像もできない領域だ。


 だからそれが天才と凡人の違い。

 ああそうだ、本当はわかっていたんだ。


『高校……。まだ中二だし、具体的にどこって決めてはないかな。いけるところにいこうってくらいで』


『…………、』


『ああでも、先生からは剣城繚乱高校にだって合格できるとか何とか言われたような……?』


 確かに雪菜はそう言ったが、剣城繚乱高校が最高値だなんて一言も言っていない。それ以上。『上』の高校だって本当なら目指すことができた。


 俺なんだ。

 俺という幼馴染みの存在が雪菜の枷になっていた。


 俺と同じ高校にいきたい。そのためなら剣城繚乱高校じゃなくてもどこでもいいと、そんな風に考えていたのは過去の発言からも明らかだ。


 俺も一緒だったから。

 雪菜とは離れ離れになりたくなかったから。


 だから目を逸らしてきた。

 剣城繚乱高校。県内有数を最高値に設定して、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()鹿()()()()()()()()()()()()()()()


 違うと、少し考えればわかるのに。

 雪菜の人生はもっと輝くはずだった。いくらでも『上』を目指せるだけの才能があるんだ。俺なんかに合わせなければ、俺なんかに出会わなければ、俺なんかが雪菜が本来辿るべき理想のルートを潰してしまったんだ!!


 幼馴染みだから。

 少しだけ早く雪菜に近づいて、仲良くなったから。


 雪菜が幼い頃に嫌がらせを受けていて、俺くらいしか味方がいなかったから!!


 それだけだ。

 たったそれだけで雪菜にとって今はまだ俺が大事なのかもしれないが、本当にそれだけなんだ。


 今の雪菜はどこにでもいける。

 似た者同士が集まるというなら、俺みたいな凡人じゃ絶対に敵わない才能も人間性も遥かに優れた凄い奴らと仲良くなることもできる。


『そういう場所』にいけるはずだった。

 少なくとも雪菜の同類である黒川は日本でもトップクラスのスポーツが盛んな高校に進んで一年ながらに全国区で活躍している。


 俺さえ雪菜の枷にならなければ、雪菜も同じように、いいやもっとずっと躍進できたはずで、そこで似たような凄い奴らと出会えたんだ。


「好きなんて言えるかよ……。これ以上雪菜の人生を台無しにできるわけねえ」


 雪菜の人生は輝かしいものになるはずなんだ。


『そういう場所』で、きちんと評価されれば、誰もが羨む完璧な人生が待っているはずなんだ。それだけの素質があるんだよ!!


 だから。

 だから。

 だから。



「で、いつまでそうやってうじうじしているです?」


 ズッドンッッッ!!!! と鈍い音が炸裂した。

 というか机にゴツいナイフ(!?)がぶっ刺さったんだ。



「なん、えっ、はぁっ!?」


 いつのまにやってきたのか、ナイフを振り落としたのは黒髪メガネのクラス委員長である繭香だった。


 見た目『だけ』は清楚で真面目なまさしく委員長という風貌だが、香水とか化粧とか舌にピアスとか校則破りまくりな不真面目な塊は呆れたように息を吐く。


「ようやく本音に気づけたようですけど、いや本当クソデカい独り言のおかげで明らかですけど、その後は何です? どうしてここからいじいじうだうだ停滞するです?」


「まって何このナイフ!? これサラッと流していいと思えないんだが!?」


「女の子には自衛が不可欠です。もう二度と誰にもわたしの尊厳を奪わせないためにですね。そんなことより、今は腰抜けウルトラアホったれなその性根についてですよ。誤魔化して逃げようとするなこの野郎、です」


「いや、いやいや。繭香、あのだな、確かにあんなことがあったから自衛に気をつかうのはわかるが、これはいくらなんでも──」


「だから、誤魔化して逃げようとするな、ですよ」


「っ」


 机からナイフを引き抜いて、俺に向けて、そして繭香はこう続けた。


「大和クンは本音に気づけた。だったら後は告白してその好きを受け入れてもらえるかどうかってだけの話のはずです。それが何です? 好きなんて言えるかよ? 一目惚れなんかだったら自分のことを知ってもらい好きになってもらう努力をしてからって話になるかもですけど、これまで散々時を重ねてお互いがお互いのことを知っていて信頼関係が出来上がっているのならば後は気持ちの問題です。月宮雪菜が大和クンを男として好きになれるかなれないか、それだけのはずですよ」


「……、駄目だろうが」


「何がです?」


「だから! もしも、仮に、何かの間違いで俺と雪菜が付き合ったらもうそれだけで駄目だろ!?」


 気に食わなかった。

 知ったような顔で好き勝手言われてスルーなんてできるわけがなかった。


「雪菜は天才なんだ。恵まれているんだ! あいつにはこれから先俺みたいな凡人がどれだけ望んでも叶えられないような輝かしい人生を掴み取れる素質があるんだ!! 俺に合わせてこの高校にくることがなければ今更日本でもトップクラスとか世界でも有数とかそんな金看板を掲げられた居場所を手にできたんだよ!! 幼馴染み? そんなもんを支えにしなくても、俺みたいなどこにでも転がっている男なんて頼らなくても、もっとずっと凄い奴らが雪菜のそばに集まるはずなんだ!! 足を引っ張りたくない。ほんのちょっと出会うのが早かっただけで、最初に雪菜に手を差し伸べたのが俺だっただけで、そんな誰にでもできる当たり前のことで俺なんかを一番にして上限にしてしまったら駄目なんだよ!! 俺はっ、雪菜のことが好きだからこそ!! 才能に見合った幸せを掴んでほしいんだ!!!!」


「アホくさ、です」


 …………。

 …………。

 …………。


「な、にが」


「根本からして間違っているです」


「だから、何が!?」


「才能に見合った幸せとかその時点でてんで馬鹿馬鹿しいですよ」


 繭香は言う。

 本当の本気で呆れたように。


「才能があれば『上』を目指すべき? 才能があれば似た者同士が集まる場所にいるべき? 才能があれば付き合う人間は相応の相手であるべき? それで幸せだってどうして決めつけられるです? 好きという気持ちはそんな型にハマったもんじゃないです。相手が世間一般での評価では凡人扱いされていようとも、わたしにとっては世界で唯一愛すべき相手となることもあるです。そんな人と一緒にいられるなら他の何を捨ててでも幸せだと思えるものです」


「そんなの……ッ!!」


「大和クンは違うです? もしもこの瞬間に月宮雪菜が一切の才能を失って、何なら顔面でも焼き潰されて、その程度で好きじゃなくなるです?」


「ふざけるな」


「それが答えですよ」


 べえ、と繭香は舌ピアスを見せびらかすように舌を出して、


「世界でたった一人、その人じゃないと駄目なんです。その人よりも才能があって、顔も良くて、人間性が優れている誰かが現れても、それでも変わらずたった一人に夢中になる。それが人を好きになるということです。そんな人と一緒ならばどんな場所だって世界で一番幸せな居場所になるですよ」


 だから、と。

 繭香はこう言ったんだ。


「誰を好きになるかも、どんな人生が幸せかも、当の本人が決めるものです。勝手に決めつけて勝手に諦めてないで現実の月宮雪菜自身と向き合って答えを出すですよ!!」


 その通りだった。

 反論なんてあるわけがなかった。


 結局は雪菜次第。

 ああそうだ、その通りだ、なんで俺が勝手に決めつけているんだって話だよな。


 雪菜の人生がどうあるかを俺の勝手な考えで決めつけていいわけがない。そんなの、それこそ、足を引っ張るってことになるじゃねえか!!


 だったら雪菜にとって一番の幸せはなにか、雪菜に聞くしかないよな。


 俺のことが男として好きなのか。こんな俺に合わせて輝かしい人生を諦めていいのか。それでも一番幸せだと思えるのか。


 俺と付き合ってくれるのか。


「ったく。ここまで焚きつけたんだ。フラれたら慰めてくれよな」


「何なら月宮雪菜の代わりにしてもいいですよ」


「つまらない冗談言ってんじゃねえ。代わりなんてどこにもいない。雪菜もそうだが、繭香だって俺にとって代用なんてできねえ大切な存在なんだからな!!」


 そうして俺は教室を飛び出した。

 雪菜がどう想っているかはわからない。幼馴染みとして好きなだけなのかもしれないが、せめて諦めるにしても雪菜自身の想いを聞いてからじゃねえとな。


 何が幸せかは当の本人が決める。

 ああそうだ、そんなの当たり前だ。何で俺が勝手に雪菜の幸せを決めつけているんだって話だよな!!


 もしも、仮に、願わくば、雪菜にとっての幸せが俺と一緒にこの先もずっと一緒にいることだとするならば。


「ああくそ。こんなに好きなんだからハナから諦められるわけねえよなあ!!」


 目を逸らしていただけだ。

 先延ばしにしていただけだ。

 いずれ必ず我慢できずに吐き出していたと思う。


 俺は雪菜が好きだ。

 それが雪菜の足を引っ張ることになろうとも、どんな言い訳を並べようとも、結果として高校まで一緒にいる今この現状が全てだ。


 だから後は雪菜の気持ち次第。

 あいつがどんな未来に幸せを見出してくれるかってだけなんだ。



 ーーー☆ーーー



「まったく……。この程度で決意できるのならば最初っから答えは決まっていたです」


 亀山大和は教室を飛び出した。

 だからこそ、一人になった繭香は手元のナイフに視線を落とす。


 刃に反射するその顔はひどく歪んでいた。

 大和が飛び出すまでよく我慢できたと繭香は自分を褒めてやりたかった。


「ま、どうにか丸め込んで大和クンが月宮雪菜を諦めるよう誘導する隙くらいはあったかもですけど。見逃してあげたのを感謝するですよ」


 そうしようと考えもしなかったといえば嘘になる。


 だけど、このルートが大和クンにとって一番の幸せなら仕方がない。


 そう、仕方がない。

 なぜならこの結末を大和自身が心から望んで選んだのだから。


 ルートは確定した。

 ここから繭香のターンはやってこない。


 そんなのわかっているのに、最後のあの言葉は余計だった。


「鈍感たらしクソ野郎め。あんなこと言うなら諦めてやらないですよ」

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