第十一話 中学校時代 その五
『さてっと。大和ったら急にどうしたの?』
『……、うるせえ』
黒川との勝負に完敗した日の放課後、雪菜はそう声をかけてきた。
俺たち二人しかいない教室。
夕暮れに染まるそこで雪菜はため息を吐いて、
『この野郎。私がいい感じに宥めなかったらみんなからハブられたっておかしくなかったんだからね?そういうのわからない大和じゃないはずなのに、なんだってあんなことやらかしたのよ?』
『だからうるせえっつってんだろうが!!』
完全な八つ当たりだ。
こうして振り返っても情けなくて仕方ねえ。
『うるさいのはそっちじゃん、超絶ばか』
『ぶっばふ!?』
まあ、だからって座っている俺の側頭部めがけて思いきり蹴りを叩き込む雪菜も大概だがな。
こんなの雪菜は明るく元気で可憐で何よりか弱い美少女とか思い込まされている学校の連中に見られたらどんな反応が返ってきたことやら。
『で、どうしたの?』
『……別に何も──』
『まだ蹴られ足りない?』
『……あの五人組には言われっぱなしでギャン泣きだったくせに、俺相手だと随分強気だな』
『うっぐ、そんなに泣いてないもん!!!!』
『うおわあ!? 誤魔化すために蹴りを飛ばすか普通!?』
『大和が馬鹿げたこと言うのが悪いんだから!!』
そんなこんなで一通り何だかんだあってから、だ。
『それで!? もう誤魔化さずにどうしたのか教えて欲しいんだけど!?』
『……、どうしても言わなきゃだめか?』
『その頭を蹴り潰されたくなかったら早く答えることね』
『暴力系ヒロインとかもう流行ってねえぞ、我が校のアイドル様』
『有象無象のファンに夢を見させるためならいくらでも理想のアイドルを魅せてやるけど、大和相手にそんなことする必要ないからね。流行り? これが今の私の素なんだから知ったことじゃないわよ!!』
『ハッ。校舎裏に隠れていた頃と比べて随分と強くなったもんだ』
『ふんっ。どこぞのお人よしがそばで支えてくれたおかげよ』
『……はぁ。どこの馬鹿だ、こんな強烈なかわいいモンスター育てやがったのは』
『目の前のばかよ。おかげでもう育ちに育っちゃったから手遅れね。で? そろそろ白状する気になった?』
『はいはい俺の負けだ、ちくしょう』
こうなったらもう白状するしかなかった。
『俺は凡人だ。雪菜とは違ってスポーツも勉強も他にも何か誇れるもんがあるわけでもねえ』
『は?』
『それでも幼馴染みだからってだけでお前と一緒にいて足を引っ張るような存在にはなりたくない。だから、多分、さっさと離れるのが一番なんだろうな。今の雪菜にはカースト上位の才能に溢れて人間性も非の打ち所がない連中が自然と集まるんだから』
『大和、何を──ッ!!』
『だけど』
一息ついて。
俺はこう宣言したんだ。
『俺は雪菜と一緒にいたい。お前の足を引っ張ることなく、対等に隣に立って、何の憂いもなくこれまでと同じようにこれからもずっと一緒にいたいんだ!!』
これは紛うことなき本音だ。
『なぜか』はまだ説明できないが、少なくとも何よりも叶えたいことなのは確かなのだから。
『だから、雪菜が当たり前のように一番重要なリレーに選ばれるなら、俺もそうなれる男になりたかった。勉強とかスポーツとか雪菜と同じくらいこなせる特別な存在にならないといけねえんだ! まあいきなり才能が開花するとかそんなことあるわけもねえから当たり前のように完敗したがな!! ああそうだよ、空回って失敗したってだけだ、せめて事前に特訓して実力をつけるとかしていればよかったってくらいはわかるんだがあの時は勢い任せにやらかしたんだよ悪いかちくしょう!!』
『ぇ、あ……もしかして、いきなり勉強教えてとか言い出したのも?』
『同じ理由だ、悪いかッッッ!?』
『いやだってそれって……あれ? まさかそういうこと?』
『ああそうだよ俺は現実も見えてねえクソバカだってことだ!!』
『いや。いやいや、そうじゃなくて……だって大和は根っからのお人よしで、だから私なんかのために、だってこれまで私と一緒にいてくれたのも委員長さんの時に大怪我をしてでも戦ったのと同じのはずで、そのはずで、だからそういうことのはすがなくて、だけど、あれ?』
『さっきから何を言っているんだ?』
『ね、ねえ。一人で泣いていた私の「味方」になるために、私をひとりぼっちにしないために、そう、そうだよ、私を助けるためにこれまで一緒にいてくれたんじゃないの?』
『本当何を言っているんだ?』
本気で意味がわからなかった。
どうしたらそんな勘違いをするのか、理解ができなかった。
『助けるためとかそんな義務感でこんな長く一緒にいられるか。そりゃ雪菜には笑ってほしいからできることはやってきたが、それだってお前が俺にとってそれくらい大切だってだけの話だ』
『……っっっ!?』
『つーか、そうじゃなければお前の足を引っ張らずに一緒にいるために努力するとかそんなこと考えもしねえよ。とっくに住む世界が違うとかそんな風に自然と疎遠になっていたはずだ』
『それじゃあ、そういうこと、だったり?』
『だからさっきから何が言いたいんだ?』
『いや、まって、ごめん何でもないっ』
『お前なあ、人のアレソレは無理矢理暴いておいて自分は隠し事するとかそいつは道理が通らないんじゃねえか!?』
『いやいやっ、だめだからっ。せめて確信が持ててからじゃないと、うん、まさかだしね、うんうんっ』
『ゆーきーなー!!』
『だめだめ超絶だめなんだってえ!!』
『うおっわあ!? 蹴りで誤魔化そうとするのやめろよな!!』
雪菜は俺にとって大切な存在だ。
幼い頃からずっと一緒にいたんだからそんなのは当然だ。
『なぜか』。
当然で当たり前で疑問に思うこともなくいつのまにか自然とそう扱うようになった理由を明確にしないといけねえんだが。




