第35話 祈り
日を遡って、八月四日の月曜日。佐野みづほの死亡から二日が経過した。遺体発見現場エリアを管轄する函立西警察署には捜査本部が設置され、殺人と断定のうえで捜査が始まっている。
目下の第一容疑者は、みづほと同棲していたと思われる男。彼女は十一年前に佐幌から故郷の函立に戻り、現在のマンションに住み始めた。途中で再婚相手がみづほのマンションに転がり込んできたことで、賃貸契約が更新されて同居人欄に再婚相手の名前が追加される。だが、彼の病死により再び独り暮らしとして契約内容が変更され、以降契約書の同居人欄は空白のままだという事実が不動産会社への確認で判明した。
また、マンション住民への地取りの結果、「大柄な外国人風の男と被害者らしい女性が連れ立っているのを見た」との目撃情報が複数得られた。二人の生活圏内にはコンビニやスーパーなどが点在しているため、防犯カメラを洗いざらい検分して男の身元特定を急いでいる。
みづほの勤務先であるスナックの従業員は、彼女が半年前に男と同棲を始めた事実は知っていたものの、相手の詳しい素性までは聞いていないと首を横に振った。
「彼女も、過去に色々と苦労したみたいね。特に男運はからっきしで……引き運がないのかしらねえ。今度の相手は優しくて良い男って惚気ていたけど。でも、きっとヒモよ。何の仕事をしているのか一度訊いたことがあるけど、笑いながらはぐらかしたの。それに、『見た目が良いからモテないか心配』ってぼやいてた。外国人? さあ、どうかしらね。彫りが深い顔でマッチョっぽい体型とは言っていたわね。寡黙だけれど愛情表現はしてくれるって、随分惚れてたみたいよ」
店のママから引き出せた情報は、その程度だった。
佐野みづほが最後に店へ出たのは、遺体が発見される二日前の夜。すなわち田端警部補が彼女と話をした前日だ。通常通りの時間で勤務を終え、「また明日ね」とママに告げて店を出た。それが最期の別れの言葉になるなど、当然ママは予想もしていなかった。
最後の勤めを果たしたその足で、みづほは最寄りのコンビニへ立ち寄って食品や化粧品などを購入している。彼女は店の常連で、その日も出勤していたコンビニ店員と「お勤めご苦労様です」「相変わらず暑いですね」といった短い会話を交わしていた。男と一緒に店を訪れたこともあるらしく、そのときの様子をこう証言する。
「大柄な男でしたね。髭が濃くて、彫りが深いって言うんですか。外国人だったのかなあ。でも、彼女とは日本語で話しているようでしたけどね。おしゃべりって感じでもなかったですよ。彼女が買い物しているのを黙って見守る。ボディガードみたいでしたね」
みづほは近所付き合いも希薄で、長い付き合いのある友人もほとんどいなかった。同棲相手の男がどこの誰なのか、そもそも殺しの犯人なのか——早くも捜査に暗雲が垂れ込んでいるのを、西署の刑事たちは感じ始めていた。
一方、思いがけず北淮道滞在が長引いている田端警部補は、佐幌東警察署の永井刑事とともに単独捜査でみづほ殺しを追っていた。
永井は函立勤務の経験があり、所轄署の同僚とは今でも交流が続いているという。その同僚伝にみづほ殺しの捜査についてこっそり情報を流してもらっていた。勿論、服務規定に大きく反すると永井自身も承知の上だ。田端も最初こそ永井の協力をやんわりと断ったが、「ここまで来たら一蓮托生。大船に乗ったつもりで頼ってください」と最後は押し切られてしまった。部外者である田端にとって、現場から生の捜査情報を仕入れてくれる永井刑事はまさに闇夜の提灯だ。
「ガイシャが男と行動していたのなら、生活圏にあるスーパーなんかの防犯カメラを総浚いするでしょう。男の身元特定は所轄の連中に任せるとして、我々は別の方向から事件を観察する必要がありそうですな」
永井が言わんとしている意味を、田端は瞬時に解した。被害者宅を訪問した際、玄関先に置かれていたマリア像の話を彼も気にしていたのだ。
「佐野みづほが何かのきっかけでキリスト教信者になった可能性は充分にあり得ると思いますよ。北淮道、特に函立の地は教会群と呼ばれるエリアがあるほど教会の数が多いんです。ほら、ペリーの黒船来航。日本史で勉強したでしょう。ペリー来航の翌年、日本は日米和親条約を締結して鎖国を終わらせた。そのとき開港したのが志茂田と函立です。開港した函立からは異国の宣教師が多く入国し、西洋の文化や宗教が次々と伝えられた。この地に教会が乱立しているのはそういう歴史背景があるわけです」
ツアーコンダクターばりの案内を受けながら、田端は永井刑事とともに函立市内の教会を手当たり次第に訪れた。佐野みづほと同棲していた男の写真は、函立西署の刑事から既に入手している。コンビニの防犯カメラに映っていた映像を、道警の刑事部刑事総務課犯罪捜査支援室に依頼して鮮明化したものだ。二人は教会の神父や牧師、通いの信者たちにみづほと男の写真を見せ、彼らの目撃情報を地道に聞き込んだ。
田端の耳に新情報が入ったのは、四日月曜日の夜遅く。投宿先のホテルで捜査状況を整理していたときだ。K県で市議会議員の警護にあたっている新宮巡査部長から珍しく着信が入った。
『夜分遅くにすみません。佐野渉についてちょっと気になる情報を得たので、係長にお伝えしたくて。先ほど捜査一課の刑事と話をしたのですが、佐野の遺留品の中に妙なものがあったんです』
電話越しに後輩のテノールボイスを聞きながら、静かに相槌を打つ。
「トルコの写真、ですか」
『アラシェヒル、古くはフィラデルフィアと呼ばれていた町の写真です。話を訊いた刑事によれば聖書にも登場する地名だそうで。聖ヨハネ教会の跡地だという建築物と観光客らしい人物が写っていましたが、佐野渉ではありませんでした。佐野はパスポートを所持しておらず渡航歴もありませんし、少なくとも本人が現地で撮影したものではないと思われます』
「その写真が、人目に触れないような場所に隠されていた」
『ズボンの内ポケットに捩じ込む形で入っていたそうです。事件に関係があるかは今のところ不明ですが……念のため、国内の宗教法人や新興宗教団体などに関連するものがないか調べてみましたが、自分が確認した限りではそれらしい組織は特定できませんでした』
また何か判ったら連絡します、と告げた後輩に礼を述べて電話を切る。目の前に広げていた仕事用の手帳を広げ、素早くページを捲った。
「藤田町の佐野のアパートにはイスタンブール、そして遺体のポケットにはトルコの教会を撮影した写真……」
手帳を開いたまま、田端は業務用スマートフォンに今日の収穫物を表示させる。函立市本町の教会群にある、〈函立ハリストス正教会〉〈カトリック本町教会〉〈函立聖ヨハネ教会〉〈日本基督教団函立教会〉を巡行した際に撮影した写真の数々だ。だが、いずれの教会も佐野みづほや男が立ち寄った痕跡はなく、目ぼしい手がかりは得られず仕舞いだった。
「新宮部長の話と合わせると、函立聖ヨハネ教会に何か手がかりがありそうだけれど」
永井と訪れたときの記憶を、細部まで脳裏に描く——函立山へと続く八幡坂を上り、高校の建物に突き当たったところを左に折れる。石畳の道をしばらく進むと、右手に見えるのが函立聖ヨハネ教会だ。蘇芳色の屋根と純白の外壁が、夏の青空によく映えていた。坂の上からは函立の街並みと函立湾を眼下に臨むことができ、〈訪れたい坂日本一〉と観光ガイドやバラエティ番組で度々紹介されるのだとか。
「函立聖ヨハネ教会は、道内最初の英国プロテスタント教会として建設されたようです。私は信者じゃありませんし、そもそもカトリックやらプロテスタントやらの違いもよく解らんのですが」
ガイド案内を広げながら苦笑する警部補に、田端は簡単な解説を披露した。キリスト教はいくつもの教派が存在し、カトリックやプロテスタントも教派の一つであること。二つはいずれも西方教会という大きな枠組みの中に位置する教派であるが、信仰や風習など様々な違いがあること。例えば、カトリックはローマ教皇を特別な存在として崇拝するのに対して、プロテスタントは「人間は神様以外は皆同じ」のスタンスを通している。故に、イエス・キリストの産みの母であるマリアについても同様で、マリア像を置く教会はカトリック、そうでない教会はプロテスタントという一つの判断基準が存在するのだ。
「つまり、ガイシャはカトリックの信仰者……であれば、函立聖ヨハネ教会には足を運ぶはずがありませんね」
「どうでしょう。佐野みづほがそのあたりの素養をどの程度有していたのかは不明です」
十字架が繰り抜かれた白亜の建物は、熱心な信者でない田端でも思わず「主よ、我を救い給え」と唱えたくなるほどの神秘性を漂わせていた。夫との関係が破綻し、裏社会に生きる息子たちとも縁を切った佐野みづほの心境を思えば、神に縋りたくなっても不思議ではないのかもしれない。
「ガイシャも、あの十字架に跪いて神に祈りを捧げたのでしょうかねえ」
永井の言葉が指すのは、教会の中に掲げられた木製の十字架である。本来は予約が必須だが、親切な牧師の計らいで特別に中を見学させてもらえたのだ。天井はドーム型の造りになっていて、教会としては珍しい設計なのだと柔和な面立ちの牧師が説明してくれた。
「私たちは、この場所を必要とするすべての者を歓迎いたします。表の看板に、招きの言葉が書かれていたでしょう。神は何人をも拒まず、すべての者に救いを与えます」
春の長閑な陽光を連想させる、温かな声音だった。永井の同行がなければ「日頃なかなか家族貢献ができなくて」などと懺悔していたかもしれない。『疲れた者、重荷を背負うものは誰でもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう』という聖書の招き言葉の通り、この教会は日々誰かにとっての憩いの場となっているのだろう。
「佐野みづほも祈ったのか。自らの罪を悔い、せめてこれからは幸せが訪れるようにと」
ホテルの部屋で独り言つ。その願いも虚しく命を散らせた被害者に、刑事としてではなく一人の人間として弔詞を捧げた。




