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第30話 第三の被害者


 アーステクノロジー研究所を辞した時也は、その足で県警本部庁舎へ向かう。東海林警部から呼び出されたのだ。指示された会議室には落合巡査部長の姿もあった。

「勤務時間外に悪いが、取り急ぎ共有事項があってな。まず、今日付で内海が業務に復帰した。医者の判断で当面の間は通院が必要ということだから、しばらくは内勤で別業務を担当してもらう。それと、内海が襲撃者と揉み合った際に彼女の爪に残留した皮膚片だが、DNA鑑定の結果が出るまであと数日はかかる見込みだ。残された皮膚片が微量で解析に手こずっているらしい」

 時也と落合は一瞬だけ顔を見合わせてから「それは残念」と短く返すに留める。ボスもさほど気落ちした様子はなく「次に、昨日田端から報告があったんだが」とすぐに話題を切り替えた。

 北淮道に滞在中の警部補から齎されたのは、佐野渉の母親が自宅マンションの部屋で他殺体として発見されたという訃告だった。本来であれば田端は今日の便で帰るはずだったが、東海林警部の指示により北の大地で捜査を継続しているらしい。

「事故や病死ならともかく、近い時期に母子そろって殺人事件に巻き込まれるなんてあまりにタイミングが良すぎるぜ」

 落合の主張に、時也も同意を込めて首肯する。

「しかも、係長が母親のマンションを訪ねたその日に殺されたんですよね」

「佐野みづほの近辺に、警察の存在を疎ましく思う人物がいた。その人物が犯人ってわけか」

 壁に寄りかかり腕を組んでいたボスは、「その可能性が高いな」と頷く。

「田端からあがった報告内容によると、遺体の第一発見者は空調整備に訪れた業者だそうだ。室内のクーラーが壊れかけていたとかで、購入した量販店に修理を依頼していたらしい。その訪問日が日曜日、遺体が発見された日だった。死亡推定時刻が前日の夜中だから腐敗もそこまで酷くはなかったかもしれないが、発見者も災難だな」

「遺体発見時、部屋の鍵は?」

「開いていた。部屋の鍵は二つ存在し、一つは玄関脇のシューズボックスの上に置かれていた。もう一つは所在不明だが、逃亡した犯人が所持しているのかもな」

「落合巡査部長がスジから得た情報によれば、佐野みづほは二年前に再婚しているみたいですね」

「ああ。田端が佐野みづほの部屋を訪ねたとき、男の声が部屋の奥から聞こえたらしい。だが、彼女の遺体が発見されたとき部屋に男の姿はなかった」

「その声の主が再婚相手でしょうか」

「いや、彼女の再婚相手は今回の事件には無関係だろう」

 東海林警部の言葉に、時也は意外そうに目を見開く。

「彼女と一緒にいた男は、再婚相手とは別の人物だと?」

「実は、佐野みづほの再婚相手は半年前に死亡しているんだ」

「再婚相手が死んでいるだって?」

 素っ頓狂な声を上げたのはパーマ頭の巡査部長だ。

「管轄の函立西署が調べたところによると、佐野みづほは二年前に再婚した。だがその相手は半年前に病死しているらしい。そして、再婚相手の死後すぐに素性不明の男と同棲を始めていたようだ」

「おいおい、どう考えても怪しいだろう。その素性知らずの男、もしかして再婚相手をこっそり殺したんじゃねえのか。何らかの目的で佐野みづほに近づくために」

「それで、今度は佐野みづほまで手にかけた……と。しかし、動機は一体何なんでしょうね。佐野渉の事件と関係があるのでしょうか」

 時也の疑問に、落合は「それなら、一つ仮説があるぜ」と指を鳴らす。

「佐野母子を殺害した犯人が、素性知れずの同棲相手だとしたら?」

「K県と北淮道を往復して殺人を実行したというのですか。現実味がありませんよ。そもそも、実の母親さえ知らなかった息子の居場所を再婚相手がどうやって知り得たのかも謎ですし、そこまでして佐野親子を手にかけなければならない理由が思い付かない」

「佐野渉を誰がどんな理由で手にかけたのかは、現時点ではまだ不明だ。だが、もし佐野渉を含む一連の事件が組織的なものだとしたら? そして、佐野みづほの口から組織に関する何らかの情報が漏れているのではないかと犯人一味が危惧していたとしたら、どうだ」

「佐野渉の事件を警察が捜査し始めた時点で、佐野みづほに警察が接触するのは必然。たとえ本人が意図していなくても、犯人らにとって不都合な内容をポロリと漏らすかもしれない。だから、先回りして口封じをしたというわけですか」

「男が佐野みづほと同棲を始めたのは、彼女を監視するためだったのかもしれねえな。余計な言動で組織を追い詰めないか見張っておくために」

「ですが、すでに何年も息子たちと交流が途絶えている彼女が、犯人らに関する情報を持っているとも思えないですけどね。警察の事情聴取だってあくまで形式的なものですし、それだけで佐野みづほを殺害するまでに至るものでしょうか」

 あくまでも先輩の仮説に懐疑的な時也。パーマ男は首を竦めながら、

「犯人の正体が何にせよ、人殺しの心理なんて俺らには到底理解できねえよ」

 ここまで部下の会話を静聴していたボスが、壁から背中を離して二人を交互に見据える。

「いずれにせよ、佐野みづほの部屋から姿を消した男が何らかの事情を知っているはずだ。まあ、ここにいる俺たちにできることはないからな。道警の捜査に期待するしかない……それで、落合からも報告があるんだろう」

 話を振られ、パーマ頭は「待っていました」とばかりに姿勢を正す。彼が持ち出したのは、刑事部二課が密かに捜査を進めている地下競売の件だった。

「——つまり、トクミツ建設とともにテーマパーク計画を進めている事業所の責任者が、違法競売に参加していた。しかも、その競売は葵組の残党が取り仕切っている、と」

「概要としては、まあそうっすね」

 落合の口頭報告を聞き終えたボスは、整えられた顎髭を撫でながら低く唸る。

「その葛西文明という建設コンサルタントは、競売の違法性を認識しているのか」

「本人に直接訊ねない以上は何とも言えませんね。ただ二課に通報した密告者によれば、競売の件は一切を外部に漏らさないようにと強く念押しされていたようです。競売は原則個人で参加、紹介制度も採用しておらず秘匿性を重視している節があります」

「競売関係者と直接の関わりがある者にしか、日程は知らされていないわけか」

「そうみたいっすね。葛西文明と連中との繋がりは不明ですが、叩けば出る埃はありそうですよ」

「葛西は金澤幸男氏と何度か接触しているんだったな。新宮の目から見た葛西の印象はどうだ」

 つい先ほど面会した葛西の様子を脳裏に浮かべながら、慎重に言葉を選ぶ。

「ビジネスに関しては、やり手であることは確かでしょう。研究所内の肩書きは主任となっていますが、あの若さでテーマパーク建設の責任者を任されるほどです。金澤氏とも良好な関係を築いているようですし、人当たりの良さも含めて仕事ができる人物である点は疑いようもありません」

 ただ、と一呼吸の間を置く。

「何か隠し事をしている様子も見受けられます。オープンな性格を演じている一方で、こちらの動向を慎重に観察している印象も受けました。基本的には警察の捜査に協力的な姿勢を見せていますが、同時に警戒している風でもあります」

「彼は過去に、環境保護運動に傾倒していた時期があったようだが」

「大学時代から十年ほど、右翼系の環境保護団体で活動していたようです。その後の活動歴は確認できていません。過去に在籍していた団体も調べましたが、現在はいずれも組織解消していて事件には無関係と思われます。気になる点があるとすれば、六年前に仕事の関係で渡米していたことくらいでしょうか」

 二〇二六年の四月から一ヶ月ほど、葛西はアメリカ研修のためにカリフォルニアへ渡航していた。世界各国から未来有望な建築家を集めて研修会が開催され、葛西もメンバーの一人に選ばれたのだ。

「アメリカと言えば、APARの本部があるのもアメリカだったよな。けど、そっちはフロリダ州だったか」

 視線を斜め上に向ける落合。時也は頷きながら、

「葛西のアメリカ研修については、可能な限り調べを進めるつもりです。ただ、葛西も警戒心が強そうなので慎重に動く必要があるかと」

 地下競売の一件に関しても、落合が捜査二課のスジから引き続き情報収集を図る流れで話がまとまった。APARは公安二課、地下競売は刑事部捜査二課の担当であるため下手に首を突っ込めば捜査妨害になってしまう。東海林警部の判断により、葛西文明と地下競売の捜査は時也と落合のみで継続するように密命が下された。


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