7月7日 曇り後――、-7
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外は夏なのにもかかわらず、ひんやりとしていた。まあ夜だからなのだが。
俺は、学校の目の前に、つまり校門の前にいた。
門は、当然閉まっている。それを確認してから、ちらりと後ろを振り向いた。
後ろには、マイとコノハがキリッとした表情で、立っている。
「マイ、コノハ」
「はい、何ですか」「何?」
その2人の声を聞いて、俺は再び前を向いた。
「準備はいいな?」
その俺の声を聞いて、マイとコノハはほぼ同時に表情を緩め、
「もちろんよ」「もちろんです」
こっから先は、ギャグ冗談お笑い無しのガチンコバトルになることが予想される。レイドの話によると、相手は『ゼロ』という組織のナンバー2にあたるっていうのだから、なおさらだ。
はっきり言って俺の実力じゃ、ディルバというやつには勝てないだろうと思う。だが、それでも俺は戦う。いや、正確には俺たちは、だったな。
俺は目を若干閉じ、大きくゆっくりと深呼吸をした。
それから、目をぱっちりと見開く。
「それじゃあ、行くとするか!」
俺とコノハとマイは、校門を飛び越えた。
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腕時計を確認すると、午後11時20分だった。つまり、後40分で、7月7日になるというわけだ。
レイドはまだ来ていない。
そこで俺たちは、学校のグラウンドの中央で待機することにした。理由は、レイドがきたときにすぐに俺達に気がつくように、だ。
「レイド、遅いわね~」
マイがため息を漏らすように、そう言った。
そこから再び沈黙が続いた。
……そういや、7月7日は七夕だったな。家に飾ってある笹にくくりつけてある紙っぺらにマイとコノハはどんな願い事を書いたのだろうか。もし、このディルバとの戦いが無事に終了したら、電光石火のごとく家に帰って、マイとコノハが家に戻ってくる前に、どんな願い事を書いたのか見てやろう。っと、そういや、俺自身の願い事をまだ笹にくくりつけてなかったな。まあ、まだ紙に書いてすらいないわけだが。
俺は夜空を見上げた。
俺の目には、無数の星と月と天の川が映しだされていた。彦星と織姫は無事に会うことができそうなぐらいに、満天の星空。
俺は、こんな状況下においてなぜか安心しきってる自分がおかしくて、フッと微笑んだ。
その時だった。
「ほう。探す手間が省けたぞ」
聞きなれた声が、学校の屋上側から響きわたってきた。
そう、聞きなれた声だ。ディルバじゃない。
「……ッ」
コノハは身構え、それの後を追うように俺とマイも身構える。
そして、俺は屋上を見上げる。
月の光が予想以上に眩しくて、シルエットしか見えない。だが、それで十分だった。
なにしろ、聞き覚えのある声なんでな。
俺は大声で、
「ルフィーナ! 何か用か!」
それに対しての返答はなかった。そのかわり、ルフィーナは、屋上から飛び降りた。
そこから飛び降りたら、死ぬだろうと俺は思ったが、心のなかで首を横に振る。
ルフィーナは、落下スピードを徐々に落とし、グラウンドの地面に着地する。
落下スピードを減速させる魔術があるから、屋上から飛び降りた。つまりは、そういうことだ。……あの魔術を全世界の自殺志願者に使ってやりたい。
今度は、外灯のお陰で、ルフィーナの表情まではっきりと確認できた。
無表情。
これでもかってくらいの無表情。何の考えも悟れない。
俺とマイは、コノハを守るようなポジションを取った。
コノハは、今、魔石を所有していない。安全のために家の中に残るように、と言っておいたのだが、いつもはそこまで強気になれないコノハが、「絶対そんなの嫌です! 家にいて、それで、二人が……その、死んでしまったら、私はそれこそ嫌なんです! 私も一緒に行かせてください!!」というような具合に、強気になって訴えてきたのだ。
だから、コノハも同伴してもらうことにした。
何のメリットもない、むしろデメリットだらけ。だが、俺はコノハの意思を尊重することに決めた。なあ、俺の選択は間違ってないだろ?
ルフィーナは、無言で俺達にゆっくりと近づいてくる。
俺は、ポケットの中にある魔石――弱泡石――を強く意識した。
俺達とルフィーナとの距離が4メートルを切った所で、ルフィーナは吐き捨てるように、
「我は、お前たちを始末する」
それを聞いて、俺の心のなかで、何かがはじけ飛んだ。
ついこの前、ルフィーナはもう危害を加えたりしないと俺達に言ってきたのだ。なのに、今、ルフィーナは、はっきりと「始末する」と言ってきた。
つまり、約束を破ったことになる。
「ッルフィーナ! この前の約束は何だったんだよ! 俺達にはもう危害を加えないと約束したろうが!」
「我は嘘つきだということを言っておこう。お前たちは我に騙されたのだ」
ルフィーナは、また一歩また一歩といった感じで、俺達との距離を縮めている。
くそ。どうすりゃいいんだこの状況。
数では、2対1で優位だといえる。だが、相手はルフィーナだ。コノハを助ける際、俺が本気でルフィーナに挑んだ時も、まるで歯が立たなかった。俺たちの中ではマイも戦えるが、実力でいえば、断然ルフィーナのほうが上だろう。
勝敗は、目に見えてる。
「どうしてそんな風に平然と嘘をつけるの! ……許さないわ」
俺の横にいるマイは、肩を怒りで震わせている。
まずい。マイは頭に血が上っているようだ。これ以上、マイを挑発したら、すぐにでも、ルフィーナとの戦いが開戦しそうな勢いである。
「ほう? マイは、こちら側の人間であるはずなのに、ハジメ側につくというのか?」
ガッシャァーンという音が実際に聞こえたような気がした。
「当たり前よッ! 許さない……いえ、許せないわ!!」
そしてマイは、手をルフィーナに向けた。
「おい、マイ! 少し落ち着――」
「アイス・ニードル!」
詠唱が学校のグラウンド全体に響き渡る。
それから、数十もの尖った氷の結晶が形成され、一斉にルフィーナに向かって発射される。
ルフィーナは、ニヤリと笑うと、両手を天に向けた。
「シールド」
そうルフィーナが唱えたと同時に、マイが放った氷結晶がルフィーナに被曝した。シュバババンッとド派手な音が聞こえ、砂埃が舞う。
そして、その砂埃が辺りに拡散し終えた頃、相変わらず両手を天に掲げっぱなしのルフィーナの姿が確認できた。
……どうやら、遅かったようだ。
「ふん、所詮はこんなものか。それじゃあ、さっさと終わらせるとするか」
俺は、ルフィーナに手を向ける。
「……終わらせやしない。俺には……、いや、俺達にはまだやることがあるんだ」
「ほう? やること? それは一体何だ?」
その問いかけに答えず、俺は詠唱した。
「バブルショット」
球状の水が、ルフィーナに炸裂する。
だが、結果はマイの時と同じだった。完璧にガードされている。というよりも、髪一本も濡らすことができていなかった。
「答えよ。やることとは一体何だ?」
ルフィーナが再び歩みを再開させた。ゆっくりと確実に俺達に接近してきている。
このまま俺達が動かなかったら、おそらくルフィーナに至近距離で攻撃されて、病院送り……じゃ済まされないようなことになるだろう。だから、俺たちは少しずつ後退していった。
俺達のやること……それは、もちろんシンを意識不明の重体にさせたディルバを取っ捕まえることだ。ディルバは『ゼロ』の組織の中では、ナンバー2に位置している人物。おそらく、あらゆる情報を知っていることだろう。
「おまえに言ってもどうにもならねえよッ!」
俺は再び手をルフィーナに向ける。
「バブルブレス!」
俺の手から大量の水が溢れてきて、それが一直線にルフィーナに炸裂する。
「アイスニードル!」
俺の隣で、マイも詠唱をしてルフィーナに攻撃していた。
ルフィーナに炸裂した水が瞬間的に凍っていく。ルフィーナは凍りついていた。
これでやったか……?
「シールド」
「……なっ?!」
ルフィーナを凍らせていた氷が一気に拡散した。そして、周囲に拡散した氷の破片がキラキラと舞い落ちていく。俺は口を明けたまま閉じることができない。
「ふむ。弱いな」
ルフィーナはニヤリと笑った。俺とマイは再びルフィーナに向けて手をかざす。
「バブルブレス!」「アイスニードル!」
ルフィーナは俺とマイの攻撃で、再び凍結されたが、
「シールド」
……ルフィーナを凍らせていた氷が一気に拡散した。
どうすりゃいいんだ? 俺が水でルフィーナを濡らしつつ、マイがその俺の水を利用して凍らせる。そのコンボがまったくもって効かなかったんだ。リヴァイアサンを使えばどうにかなるかもしれないと思ったが、それも駄目なはずだ。なぜなら前回、ルフィーナからコノハを助けるときにまったくもって、歯が立たなかったんだからな。
俺がどうすりゃいいかと思考をめぐらしていたその時、だった。
「あなたはルフィーナさんじゃないですね!」
俺とマイの間から、コノハが割って出てきた。
ルフィーナじゃないと言われた誰かはミシッと顔をほころばせた。
「おいおい、どういうことだ……?」
「そうよコノハ、どういうことなの?」
俺は再びルフィーナじゃない誰かを見る。だが、何処からどう見てもルフィーナ本人にしか見えない。コノハは何を思って、ルフィーナじゃないと断定したんだ?
コノハはびしっと人差し指を前に向かって指した。
「私には、そんな幻惑魔術なんて効きませんよ? だって、あなたの幻惑魔術なんてとっくに知り尽くしているんですからね!」
そして、コノハは大きく息を吸って、
「ディルバさん!」
コノハは、そう、確かに叫んだ。
死神世界!でも言いましたが、受験が終わってから、再開しますので、よろしくお願いします。