7月7日 曇り後――、-6
それから、俺はレイドに意思疎通でシンがディルバに殺されたことを伝えることにした。
レイドの顔を浮かべながら、ポケットの中に入っている俺の魔石に意識を向ける。
(レイド、聞こえるか?)
『聞こえるよ。何かあったの?』
しばらくすると、という表現を使うまでもなく、レイドの声が俺の頭に響き渡ってきた。
少し安心したぜ。何せ、レイドまでディルバにやられていたら、俺は――、俺とマイとコノハは何もできずに、ディルバと対面することになるのだからな。それだけは、少しでも危険を回避できるように避けなければいかん。
俺は、意識をさらに集中させるために目を閉じた。
(シンが殺されていた。あー、シンってのは、俺の友人で今日学校を休んだやつなのだが、まあそいつが殺されていた。おそらく、ディルバに)
『……やっぱりもうすでに動きだしていたんだね。でも、シンっていう人は、異世界から来た人?』
(それは……それはないと思う)
シンが魔術師だなんて考えにくい。
『そっか……。分かった。とりあえず、今は待機してて。まだ7月7日になるまで時間があるから、きっと直接ハジメ君を攻撃しないはずだよ』
(そうか)
『うん。……それじゃあ僕は、今から準備をするかな。ハジメ君達は、12時になる前に学校のグラウンドに移動して。僕もそこに行くから、そこで、待ち合わせよう』
(ああ、よろしく頼むぞ)
そこで、意思疎通を切り、俺とレイドの会話が途絶えた。
俺はゆっくりと目を開け、マイとコノハを見て、肩の力を抜いた。
「……っふう。レイドがこれから俺たちは学校へ移動しろとのことだ。そこで、待ち合わせるらしい」
俺は背伸びをして、立ち上がろうとしたが、マイが手でそれを制した。
「ちょっと待って。なんで学校なの?」
「学校のほうが戦いやすいからじゃないのか? というよりも、7月7日になった瞬間に、俺たちが家にいて、そこで、ディルバが俺たちの家に攻撃を仕掛けてくるとなると、俺たちはかなり不利な立場になる。何しろここは狭いし、周辺に被害が生じるしな」
「そういえば、確かにそうね。……それじゃあ、今すぐにでも学校に行くわよ!」
「ああ」「そうですね」
マイは立ち上がり、俺とコノハも立ち上がった。
だがそんなところで、シンは生き返ったりしない。確かにシンは、いつもニヤケ顔で俺たちといるし、それにあいつは俺とは違って、女子にモテモテだから、一緒にいるのは若干嫌だった。それでも、友人ということには変わりない。だから、俺はディルバを許さない。
今はマイとコノハのおかげで冷静でいられるが、いざディルバと対面したら、俺は自分を自分で押さえられなくなるのかもしれない。それだけは避けなければな。
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「お呼びか? コロイ」
オルタースにある城の中の一室。
我は、すべての神判隊を統括している長に呼ばれ、今到着したところだ。
「ルフィーナッ! 来たか!! 待っていたぞ!」
「ああ。それで、用件はなんだ」
「用件! なんだっけ!」
我は、外へ向かってすたすたと歩み出した。
まさか、我達の統括長がこんなにもバカだったとは……。
「ちょっと待て! 思い出した! 思い出したぞ!」
それでも我は歩みを止めない。
コロイは我の腕をつかんだ。
「国からの命令だ! ハジメを消せ! ただし、お前ひとりでだ!」
「…………」
我は立ち止った。
コロイの声も真剣そのものというわけではなかったが、これが冗談ではないということは理解した。
我は、一瞬声を発せられなかった。
なぜ、ハジメを消さなければいけないのか? なんとなくわかっている。なんとなくわかっているが、それでもコロイに理由を聞かなければいけない。そうでないと、このまま動けなくなってしまいそうだ。
我は、なるべく平常を装って、
「理由を教えてもらおう」
国からの命令だと言われればそれまでだ。
だが、コロイはそんなことは言わなかった。息を殺して、
「……『ゼロ』が、明日動き出すようだ! それで、このままだと現段階のハジメでは、力を十分に発揮できず、『ゼロ』に無理やり連れて行かれ、『洗脳』の魔術を使われてしまう! そうなると、最終的に我々の脅威となる! 我々としても無魔術師であるハジメをこのまま殺すのは、もったいないと考えているが、我々の脅威となるよりはマシだ! だから、頼んだぞ! ルフィーナよ!!」
鳥肌が立った。背筋に冷たい何かが当たっているような気がする。
我は、小さな声で分かったと呟き、そのまま部屋を出た。
部屋を出たすぐ近くにいた兵士が、我に気づき、敬礼を示すポーズをしている。我は軽く礼をして、御苦労と短く言った後、その場を後にした。
前からこうなることは、わかっていたのだ。いつか必ず『ゼロ』がハジメに攻撃を仕掛け、我が動くことになるということが。
――ハジメを消せ! ハジメを消せ! ハジメを消せ!!
何度も我の頭の中で、その文章が蘇り、リピートする。分かっている。それが、『ゼロ』を排除するのに一番の近道なのだ。
……本当にそれでいいのか。昔の我なら、即答で、ハジメを消すに一票を入れるはずだ。だが、今の我は……。
手が痛んだ。自然と手を強く握ってしまっているようだ。
それから、ひとつ大きく呼吸をして、我は目に光を宿した。
「まだ、あきらめない」
手から力を抜いた。
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周囲は見渡す限り暗闇。すっかり夜になっており、風の音ぐらいしか聞こえてこない。
「もうすぐだな」
今はまだ日をまたいでないので行動するつもりはない。だが、日をまたいだら、行動を開始する。
どんな行動かって? そりゃきまってるじゃねえか。ハジメを、暗殺、する。
俺は金さえもらえりゃ、誰だって殺す。今まで人殺しを失敗したことはない。
「……クク」
自然と笑みがこぼれてきていた。
人を殺した瞬間のあの快感を味わいたい。早く。早く。早く。
顔に風がそよそよと当たる。
その風は、やさしすぎて、俺は嫌いだった。
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僕は、ついさっき、ハジメと意思疎通でした会話の内容を思い出していた。
シンという人が殺害された。ディルバに。
だけれど、シンという人が殺害されるということに僕は疑問を感じていた。
確かディルバは、殺せと命令された人物だけしか狙わないはず。それなのに、シン――つまり、この世界のそれもただの一般人を殺した。……やっぱりおかしい。本当にシンという人は、この世界の住人なのかな。もしかしたら……あり得る。
僕は、ハジメの家へと歩みを早める。
シンという人が、この世界の住人ではなく、僕がいる世界の住人だとしたら、ディルバのターゲットの範囲内に入る。というよりも、それくらいしかディルバのターゲットの範囲内に入る可能性がない。それしかありえないんだ。
僕は、首につり下がっている魔石に指を触れてみた。
……ディルバに勝つためには、僕がいなければいけない。そうじゃなきゃ、勝算なんてほぼ皆無も同然だ。
魔石に触れている指の力をぐっと強めた。
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そうして、時間は刻々と過ぎてゆく。