7月7日 曇り後――、-4
メリークリスマス!
放課後。
学生が帰っていく中、とりあえず、俺は帰りの支度をしてから、まだ帰りの支度をしている途中のレイドに向かって声をかけた。
「そういや、お前どこで寝泊まりしてんだ?」
レイドは、帰りの支度をする手をとめてキョトンとした顔で俺を見た。
「え、ハジメ君の家に泊まってもらうつもりだったんだけど」
「断る!!」
俺は速攻断った。冗談じゃない。これ以上、俺の家に誰かが入る余地などない! マイやコノハが俺の家に居候してからは、家にいるときは窮屈で仕方がないんだ。まあ……、いやじゃないけどな。だが、これ以上俺の家に人が寝るスペースがあると聞かれれば、あるわけねーだろ殺すぞてめえと返すだろうよ。それぐらい狭いんだよ。
そんな俺の思考をレイドは読み取ったのかどうかは知らないが、苦笑して、
「冗談だよ。安心して。僕は、とあるホテルで寝泊まりしてるから」
「あ、ああ……そうしてくれ」
「僕の泊まっているホテルはここね」
レイドは、メモ帳を取り出して、シャシャシャとホテルのある場所を書いた。それを俺に渡してくる。
ええっと、ホテル名は……っと。
『超高級ホテル、ゴールド』
「おいまて。おまえ所持金いくら持ってるんだよ」
どう考えても、異世界からやってきたばかりにしては、ボンボンすぎる。
「はは……ここのホテルの社長さんが、実は、僕たちの世界から来た人だから、特別に泊めてもらってるだけだよ」
「『ゼロ』のやつらが社長なのか?」
「違う違う。あ、そうか。そういえばまだ言ってなかったっけ」
俺は、時計を確認しつつ、レイドが何を言うのか待った。
「僕はついこの前、『ゼロ』から抜けたよ。……というより、気がついたら見捨てられていた……と言うほうが正しいかな」
レイドの表情は、若干曇った。それぐらいのことなんだろうな。レイドにとって、『ゼロ』の組織から『追い出された』ことが。
「ん? それじゃあ、そのホテルの社長さんは、どこのやつなんだ?」
「システマス。僕の生まれた国だよ。僕は今現在ここに所属してる。あの2人にはもう言っておいた」
システマス、か。全く持って知らない国名だが、まあ知らないのも当然だろう。なんてったって、俺の異世界への知識はほぼ皆無と言ってもいいんだからな。仕方ない仕方ない。
俺は、ふと窓から外を見た。
校門あたりで、マイとコノハが突っ立っていた。あ、やばい! あいつらを待たせてたんだった!
「お前の住んでいる場所とかはとりあえずわかった。それじゃ、俺はもう行くぞ。あいつらが待ってる」
レイドも窓の外を見た。
「そうだね。うん、わかった。それじゃあまた」
「おう」
俺はバックを背負って教室から出ていこうとする。
俺が、ドアに手をかけようとした時、後ろから声が聞こえた。
「ディルバには気をつけてね」
何だよ今帰ろうとしたのにぃ! とかこれっぽっちも思っていない俺は、手をとめて、振り向いた。
「俺はそんな奴になんか負けない。マイとコノハがいるしな」
「あの二人を信頼してるんだね」
「当たり前だ。ああ、お前も信頼してるぞ。俺たちは仲間だからな」
っふ。いいこと言ったぜ俺。
「そうだね。ありがとう。それじゃあ今度こそさよなら」
「おうよ」
俺は、すっきりした表情で、教室を出た。その時、レイドがどんな表情をしていたのか、俺には全く持って分かっていなかった。
@@@@@
「おっそーい! 何分待たせてんのよ!」
夕焼けに染まる空を背景に、コノハとマイは校門で俺を待っていた。マイ様は、ぷんぷん怒っていらっしゃる。おそろしや。
それで、そのマイをなんとかなだめようとして、コノハは苦笑しながら「まあまあいいじゃないですか」と言っている。ああ……、コノハ可哀想だな……。俺が悪いんだろうな……。よし、死の――ッと危ない。何を考えてるんだ俺は。今のは、無しだ無し。夢だ夢ー!
俺は小走りになって、マイとコノハのいる校門へと駆けながら、息を一気に吸うという高度な技術をこなして、
「悪いー! レイドとちょっと話をしててな!」
「早くこっちに来なさい! 帰るわよっ!」
「分かったわかった!」
と会話しているうちに、校門について、マイとコノハと歩き出した。
マイはこっちを見上げて、
「で、何の話をしてたの?」
「ん? ああ、どうでもいいようなことだぞ。ただ、どこで寝泊まりしているのかってのを聞いてただけだ」
「ふーん、ま、そういうことなら、いいわ」
どういうことならいやなんだ? とは聞けず、俺は、はあ……と、息を吐いた。
歩きながら空を見上げると、夕日が沈みかけている。地平線からだんだん下に沈んでいっている。たまにはこういう景色をみるのもいいもんだな。
ちなみにいっておくが、俺が通っている西風高校は、学年が上がるほど不良っぽいやつが多くなるので有名な高校だが、授業時間はきっちりある。部活があるのは月曜日と火曜日と金曜日で、それ以外の水曜日と木曜日は、5時まで授業がある。はっきりいってそんなに授業時間なんていらない! 後で校長に抗議してやろう。
と、めんどくさがり屋の俺が一番しなさそうなことを考えナから、夕日が沈むのを見て歩いているうちに、一つ聞いておきたいことが思い浮かんだ。
俺はゆったりとした声で聞いた。
「なあコノハ」
コノハは、こちらを向いて、
「なんでしょう?」
「レイドの生きなければいけない理由って何だ? ずっと気になっていたんだが」
実は、いま思い出したってことは秘密にしておこう。
コノハは若干歩く速度を緩めた。
「……知りたい……ですか?」
コノハの声のトーンもさっきとは大違いだった。
マイは、コノハからレイドの生きなければいけない理由ってのを聞いたのだろうか、こちらも表情が少々曇っている。
聞いちゃいけない質問だったか? だが、ここまで言ってしまったんだ。もう後には引けない。
「ああ、知りたい」
「分かりました……」
それからコノハは、ひとつ大きな深呼吸をしてから、口を開いた。
「レイド君には、実は姉さんがいるんです」
「姉さんが?」
「はい、それで……その……その姉さんというのが、実は……ッ……ルフィーナさんなんです」
俺は足の動作を電池切れのロボットのようにぴたりと止めた。というよりも動かすことができない。そして、俺に合わせたのかどうかは知らんが、マイとコノハの足も止まる。
まてまてまてまて。ルフィーナとレイドが姉弟だっただと!? それじゃあ、あの時――、俺とコノハが暗殺されかけ、ルフィーナとマイが助けに来て、それで俺とマイとコノハが部屋から出て行った後、ルフィーナとレイドは、どうしてたんだ?!
俺はそれ以上考えるのをいったん止め、発声した。
「それじゃあ、ルフィーナとレイドは、『ゼロ』の本拠地で俺たちがいなくなった時、一体どうしてたんだ? まさか……戦ったのか?」
「おそらく、戦って、ルフィーナさんがレイド君を負かしたと思います」
普通に考えるとそうなる。だが、そうなると、
「そうなるとだな。ルフィーナはレイドにとどめを刺さなかったってことになる。それじゃあ、ルフィーナが俺達のところに戻ってきたとき、顔をゆがめたのは何なんだ? それに、コノハ、お前も言っていただろ。私には分かりますからって」
そうだ。俺たちと合流した時、ルフィーナは顔を一瞬ゆがめていた。実の弟であるレイドを殺していないとなると、なぜ顔をゆがめて、つまり悲しそうな表情をしたのかが疑問に残るのだ。
コノハは、表情を変えずに、ゆっくりと歩き出した。俺も動けるようになった足で、とぼとぼと歩きだす。
「あの時は、ルフィーナさんがレイド君を……その……亡き者にしたと思ったんです。ですが、今になっては私も、なぜ、ルフィーナさんがあの時顔をゆがめたのか分かりません……。それで、レイド君の生きなければいけない理由と言うのは、ルフィーナさんに悲しい表情をさせたくないからです。『ゼロ』の組織にいたときに、話してくれました」
「そう……か」
わずかに沈黙が続いた。
その沈黙と、場の空気に耐え切ることができなかったのか、マイは小さめの手を挙げながら、
「はいはい、この話はもうおしまい! めんどくさい!」
「……そうだなやめよう」
俺は若干息を吸って、上を見上げて、息を吐いた。
夕日は沈んで、三日月がきれいに見えた。それと天の川も。
@@@@@
それから、俺たち3人は、俺の家に戻り、ひと休憩した後、夕食の準備をすることにした。
その夕食を俺含め3人とも無言で済ませ、あっという間に、8時になった。
「……それじゃあ私先入るわね」
「……はい、分かりました」
そんな声が聞こえてきた。
「はあ」
俺はため息をつきながら、ベッドの上で、テレビのチャンネルをちかちかと変えながら、いろいろと考えていた。
なんだか、空気が重くなりっぱなしだな。さっき、マイがこの話はもうおしまいと言っておきながら、こんなに空気が沈んでるなんてな。コノハに話しかけようとも、マイに話しかけようとも、どちらにしても、全米が泣いてしまうぐらい素晴らしく話しかけづらい。どうすればいいんだ俺は?
テレビに映っているのは、どこかしらのニュース何ちゃらで、東京の知事が青少年何ちゃら条例作ったぜみたいなのを報道している。……どうでもいいな。
俺はごろんと、自分のベッドに横たわり、背伸びをした。それから、ベッドから起き上がって、風呂場の手前へと移動する。
風呂につかりながら、ゆっくりと考えることにしよう。
俺は、風呂場へのドアノブに手をかけ、開けた。
目の前に、下着姿のマイがいた。手を下着のどこそかにかけたまま停止している。
肩まで伸びた栗色の髪の毛。くりっとした目。人形のような鼻。桜色の唇。やわらかそうな肌。小さな膨らみ。
俺は数秒間見とれてしまっていた。
それからハッとなって、
「え、ええと」
マイ殿は、ぽかーんと口をあけっぱなしにして、下着を脱ぐ手を止めたままこちらを凝視していらっしゃる。どうやら、まだ何が起こったか理解できていないらしい。これは……チャンス!
「ハハハシツレイシマス」
バタン
よし、これでいいんだ。これでなかったことになる。というよりも、今のは夢だ。夢に違いない。ははは。ははははははははは。
「待ちなさい」
「ひいぃ!?」
俺は、がくがくと震える胴体をゆっくりと回転させた。
マイ殿が、腕を組んで、今にも俺を刺し殺しそうな目で、見つめてる。服は着ていた。って、おい! 服着るの速すぎるだろう!
「私さっき、先入るって言ったわよね??」
「そそそそうですねねねねねねね」
やばいぞ俺! オタク教師みたいな口調になってる! くそう! どうなってんだ!! どうなってやがる!!
マイは目をくわっと見開いた。逆に俺は目を閉じる。
「なのになんで入ってきたの!?」
俺はそぉぉぉっと目を開けた。やばいやばいやばい。マイ殿の目がヴぁやばいやばいあやばいああ!!
お、落ち着くんだ俺! 冷静になれ! ……よし冷静になった。
「そそそそれはだな! おまえの……考え事をしていて」
全然冷静じゃねえ! やばい。「おまえの容姿に見とれてしまった」と、「いろいろと考え事をしていて」が混ざってしまった。ああ……終わった。人生終了。おしまいさようなら。もう俺、殺される。明日ニュースで報道されるだろう。それを見たら、みんな葬式に来てくれよ。
だがマイは、なたで俺をめった刺しにしたり、釘バットで殴打したりというようなことはしなかった。
「な、何言ってんのよ! い、いきなり、そ、そんなこと言われても、私……」
マイは、顔をリンゴのように赤らめた。ぽっぽっぽー! と音が聞こえそうだ。
……おや? 反応がおかしいぞ? 何で殴ってこないんだ? 何で蹴ってこないんだ? なんで、そんなに顔を真っ赤に……。
俺は頭を掻いた。
「どうしたんですか?」
どたどたとこちらに向かってくる足音が聞こえてきて、それからコノハがやってきた。
やってくるや否や、顔を赤らめて俯いているマイと、頭を掻いている俺を見て、何を悟ったのか「さき越されました……」と謎のメッセージを残して、リビングへと去って行った。リビングには、ベッドとテレビしかないので、おそらく、寝るかテレビを見るかしかないだろうが。
……ん? 何か勘違いされてないか? いや、されてない、か……。
俺は、顔を赤らめているマイの頭をぽんぽん叩いて、
「まあ、そんなことで、風呂入ってこい」
「う、うん……」
何がそんなことなのよ!? ザッケンな殺す! と返答されると思っていたんだが、マイは、ほおを赤らめたまま、頷いて、風呂場へと移動してしまった。
何だかよくわからんが、助かった……。
俺は、溜息をついて、リビングへと戻った。もうすこし、テレビでも見ていよう。暇だしな。
……さっきまでの空気はどこへ行ったんだか。家出でもしたのだろう。もう戻ってくるなよ、さっきの空気さん。
さあてさてさて、冬休みになったので、がんばります!