「8」 明日(あす)まで・東(あずま)で
あなたに用がある。あなたにいい話がある。あなただけに言う。あなたのために言っている。
どれも綺麗事ですね。
もし、言えたのなら、さぞかしかっこいことでしょう。
嘘でなかったらの話ですが。
騙す人間はいつも言う。騙される方が悪いと、その通りだ。騙される方が悪いのだ。
では、騙す人間はどうか?悪くないのだろうか?
無論、悪いに決まっている。
彼らは、善と悪の区別がつかず、自分の悪を肯定化しているにすぎない。
だから、彼は決めたのだ。
嘘を見極める賢さを手に入れると……
と、僕は言いました。
◁TURN BACK▷
「フミヤ、話しておきたいことがあるんだ」
ここは、橙星と会った時だ。橙星は、殺されるのか?俺は、周囲を確認した。もちろんここには、誰もいない。いるのは、俺と橙星だけ。
留学生達の動向も気になった。今何しているんだろうか。橙星がいるということは、留学生達もいるのではないか。様座な憶測が浮かんだ。
過去に来たからには、確かめなければならない。橙星という人物を。そして、あの五人を。確かめる必要がある。
ガラガラと扉を開けると、橙星が先に教室に入り、背を向けたまま話し始めた。
何度目なんだろうか?背を向けて話始めるのはよ。なんかよ、嫌な予感がするぜ。俺の予感が的中しないといいけどよ。もしかして、これが最後なんじゃないかって考えちまうのはなんでだろうな?
その時の気持ちと言ったら、まるで、俺の大大大大大好きなアニメが作者や出版社の都合により、打ち切りになって、最終回まで見れなくなったような。そんな気分だ。まあ、それどころじゃないのは、直感でわかっている。
もし仮に急に、主人公が亡くなっちまうアニメがあったら……そんなのよ……
特殊条件下でしか、成立しないぜ?
俺はきっと、頭がおかしい。
なんでかって?
なぜならよ、橙星が、橙星じゃなかったらなんて考えちまうくらいにな。
ひょっとすると、こいつは橙星じゃないのか?
別人なのか?
他人が他人じゃない。
いや、違うな。俺が………………
俺は、橙星の背中を見ていた。胸の奥に熱いものを感じた。
なんなんだろうな、この気持ちは、愛か母性か父性かそれとも友情か……?
後ろから抱きしめてやりたくなった。
一応言っておく、俺は男に興味はない。
俺は、橙星を重んじている。
ただそれだけだ。
一応それらしく振舞っておく。
「――なんだよ。急に」
その気持ちをぐっと抑えて、堪えた。
心に蓋をしたんだ。
俺の中では、一年の歳月が経過している。
そんな、今だからこそ蓋をすることができた。
幽体になれる今、この胸に、もしくは頭に心が……そんなものがあるかどうか、知ったこっちゃないが、目に見えないものもそこに存在しているんだろうな。
もう訳がわかんねえよ。変に期待はしない。期待すればするほど、損した気分になるからだ。
ましてや、今の俺には殺意はない。あるのは橙星に生きててほしいという渇望。橙星が橙星であってほしいという願望。のどのかわいた人が水をほしがるように、存在するかもわからない橙星に。心から待ちこがれ望んだ。
その渇望は、ぐるぐると頭の中で、回り続ける。
渦を描いた水が、穴にすうっと、吸い込まれていくように…
渦が5回回った時、橙星が口を開いた。
「――今、話しておかないと僕が後悔するからね。」
後悔する?
ああ、よく言うよな、後悔しない生き方をしろだの、後悔しないために勉強しろだの、でもそれよ結局自分のためじゃねぇかよ。
でもよ、今なら言える。今だからこそ、言える。勉強しても、後悔はする。学力よりも大事なもんが、ここにはあるんだよ。俺は、学力を捨てんたんだ。なぜならお前と、いや、橙星と大学に行きたいからだ!
自分で言うのもなんだが、他人のために生きるのが、1番かっこいいぜ。橙星、気づけよ。
あの時のお前は知ってたじゃねえか。なんで今のお前は知らねえんだ。
「なんなんだよ。明日まで待てねえのか」
やっと、こっちを向いたな。橙星が、振り返った。
どうも気に食わねえ。
なんだよ。
あの目つきはよ。
狂ってんのか。
俺の狂ってんのかという台詞は、橙星を指しているわけじゃねえ。
俺の目が狂ってんのかって意味だ。
人間の瞳孔は、普通あんな色には、ならねんだよ。
「――明日まで?待てないさ。言っただろう。今言っておかないと後悔するって……」
そうだったな。二度も言う必要はねえよな。御託だぜそんなのよ。
「――僕の一族は、優秀な人物が多くてね。親類である。お母様もお爺様も優秀だった。でも、僕は優秀じゃないんだ。お爺様は、あのAMTを牛耳っていたとも聞くよ。お母様は、足利グループの一企業の1つ、京世良の代表でもあるんだ。皇という一族は、このとおり優秀なんだ。僕を除いてね。まあ、君は知っているかもしれないけど……」
皮肉にしか聞こえねえ。
ん?どういう意味だ?
「英語もできるし、頭もいいだろ?充分優秀じゃねえか」
「なんで知ってるの?」
「おかしいよね?」
「……だんまりなのかい。」
「そうかい。まあ、勉強は簡単さ。頭を良くするのだって、簡単さ。でも、こればっかりはね……」
《時間軸が変わった》
久しぶりだな。なんだと?変わった?
一旦、ここは冷静に分析する。
今ここに、ヴァイヴァロスの声が聞こえるのは、どう考えてもおかしいことだ。
それに、ヴァイヴァロスはなんて言ったと思う。
『時間軸が変わった』
これはもう、嫌な予感しかしない。
死亡フラグ立ちまくりだろ。
俺が、ナツキ・バルスだったら、きっと、やり直さない。
なぜなら、死を覚悟してないからだ。人間、死んだら終わりじゃんか。あの作品は本当に面白かった。この目で見れてよかった。ああ、まだ結末を知らないのに。最後まで見たかった。いっそのこと、俺もゼロから始めてみるか?
ったくよお、こっちは死にたくねえんだよ。胸糞悪い。人が、死ぬとこ見て喜ぶアホがいるのか。
俺でも、吐くぜ。こっちはもうおかしくなってんだよ。どうしろってんだ。誰か、なんとかしてくれよ。
誰か、俺の心を治してくれよ。
「――ニトロゼウス。起動してくれ」
橙星は、オレンジ色の、光沢のある指輪を触っている。
ただの指輪じゃない。宝石がついてるわけでもねえのに、不気味に光ってる。その光が、俺達に希望をもたらすか、終焉をもたらすかは、瞬時に分かった。
わからなかったら、俺はもう……
――ここにはいない。
「ニトロ……なんだって?」
俺は時間を稼ぎたい。
なんとしても時間を稼ぎたかった……
やはり……
俺は、もう……
「――君を、君の存在を消しにきた」
「――僕が代わりになる。フミヤ」
「――君に選択肢はない」
「――さよなら」
「は? どういうことだよ? 話し合えば、わかるって! 待てよ! おい! あかせ! 聞けって! 俺の話聞けよ! 意味わかんねえって! おい! あかせえぇぇ」
《逃げろ》
逃げろって言うけどよ。
「そんなのわかってんだよ」
《逃げろ》
黙れ。黙れ。だまれ!うるせぇって!
「キサマをハイジョする」
その瞬間。
俺は全てを理解したような気がした。
橙星が犯人なのか。
あのオレンジ色のロボットを差し向けたのは橙星だったのか。
どうしたらいい。
俺は、俺はどうしたらいい。
俺の心が音を立てて、壊れていく。
あの狂った微笑みを……
顔を……
ぶん殴ってやりてえ……
思い出せよ橙星、お前はそんなヤツじゃねえだろ?
『好きなものは、オレンジです』
間違いねえな。あの時の橙星の声だ。そういえば、自己紹介の時、言ってたよな。布石はあったんだよな。
しかも、こんなにもわかりやすいのがよ。俺が、探偵だとしたら、失格だぜ。でもよ、あの眼鏡君も言ってたけどよ。真実はいつもひとつなんだよなあ。
なんでだよ橙星。
俺は何も失いたくない。
俺は痛みを感じたくない。
命乞いかよ。
狂ってんのは、俺のほうか。
死にたくない。
死にたくねえ!
死にたくねえ!
生きたい!
生きたい!
生きてえ!
こんなことで、死体になってたまるかよ!
「まったくよお。鬱になりそうだぜ。誰だって生きてえだろうがよ」
俺が、聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟く。
何が排除だ。
ふざけんじゃねえ!
排除されるくらいなら、自殺したほうがマシだろうがよ!
もちろん、そんな勇気は、今の俺にはないがな。
やはりそうか。そうなんだな。
人間はいつだって、何かを得たい。それは、富かもしれない。名声かもしれない。権力かもしれない。
だがよ、今なんとなくわかった気がする。失うモノがない奴が、一番強いってことを。俺は、身を持って感じた。
俺には、友人がいる。家族がいる。そして、一番大切な自分という不変の概念がある。
誰だって、自分が一番大切だろう。
だから、俺は、死にたくない……
『この世の中で、死に不安のあるやつはそういねえ。危機感が足りねえ』
数義だっけか。そうだな。もう死ぬことなんてないって思ってた。安心してた……
死は、平等だ。万物の生物に訪れる。生物を生物たらしめる所以でもある。生物から死が除外された時、それは生物とは呼べないかもしれねえ。
だから、俺は人間の形をしているのか。俺、人間なんだよなあ……
「やってやるぜ。このクソみたいな世界に抗ってやる。クソったれ……もう、どうにでもなれ」
今の俺にできるのは、時間の操作。ここで息絶える必要なんてねえな。他にもあるはずだ。いつだって、冷静に。学がないわけじゃない。
でも、今となっては、ないのと同じ。
俺は、全てを捨ててここに来たんだ。橙星という可能性に賭けてた。
人はいつだって、裏切る。
裏切るのは、簡単だ。
裏切った方は、覚えてねえのに。
裏切られた方は、どうなる?
気が気じゃねえ。
冷静になれ!
俺は、自分で自分の頬を叩き。鼓舞する。
「ヴァイヴァロス! 俺の質問に答えてくれ。今、この状況下で何をするのが適切だ。何が最適解だ?」
《時を飛ばせ》
は?飛ばす?
つまり、進めるってことかよ。
過程を飛ばすって解釈で合ってるよな?
その方法は試してねえな。
やってやるよ。
でも、そしたら橙星は……
――いなかったことになる。
どうする……?
橙星に二度と会えなくなる。
でも。今は敵なんだ。やるしかねえよな。グズグズ悩んでる隙なんてなかった。
俺は頭の中でイメージする。未来の世界を!
『ふっ飛べ』
◁INSTANT TRANSMISSION▷
「その、目を瞑ってくれないか?ふみ♡」
「は? 黙れよ? てか、お前誰だよ?」
俺は、自分の部屋のベッドの上にいた。
目の前に、あの黄色いくノ一がいる。
東菊だっけか?なんでいんだよ?しかも目瞑ってやがる。何してんだ?
「つれないぞ♡ なにとぼけてるんだ?」
とぼけてる?は?
「え、いや、だからなにがだよ?」
挙動不審になるなあ。どした?
「えっと……忘れたのか?」
忘れてないふりをしとくか。
「いや、なんでもねえよ」
え、なんで嬉しそうなんだよ。
「そうか♡ なら続けるぞ♡」
喋り方が、違う。なんつーか、声色が違う。甘いんだ。
ん?唇も甘い……俺、何してたんだ?
待てよ、コイツの服……はだけてねえか?
そういうことか!
「待て待て待て! 俺らそういう関係じゃねえだろ」
俺、こいつとやったのか!
他人だろ!
「冗談でも怒るぞ? ふみ」
声は、戻ったけどよ。ふみ?
俺の呼び方か?
彼氏みたいな呼び方はやめてくれ。
「いつから、俺は、ふみって呼ばれてんだよ」
「うう。酷いぞ。ふみ! 私、この喋り方でも女なんだぞ! 泣いてしまうではないか!」
「わりいな。覚えてなくてよ」
「出てけ!」
「いやー、俺の家だしな。なんで、服はだけてんだ?」
「き、貴様がやったんじゃないか!」
語気がつええ。やってねえんだが、つうか、覚えてねえ。俺はコイツと付き合うのか?
「まさか、告白も忘れたと言うんじゃなかろうな! 自分から告白しといて、こんなのあんまりだ! うう」
マ ジ か よ
未来の俺、何してんだよ。
「わかったよ。出てくよ。頭冷やしてくるわ」
「1人にしないでくれ! うう」
いや、どっちだよ。困ったな。そうだ。いったんトイレ行きゃいいよな。
「わりい。トイレ行ってくるわ」
「うう。わかったぞ。待ってるぞ。うう……」
すまねえな。
帰ってこれねえ。
彼女なのか。
コイツが?
過程をふっとばして、未来に行くもんじゃないな。笑えねえな。
俺は、トイレへ行くと、ヴァイヴァロスに話しかける。
「どうすりゃいい?ヴァイヴァロス」
あれ?なんも聞こえねえ。
どういうことだ?ヴァイヴァロスはどうした?
やっぱりだ………ヴァイヴァロスは、不在だ。
「おい! ヴァイヴァロス! 返事しろよ!」
あの時に似ている。ひょっとすると、これは……
嫌な予感がする。繋がっちまう。俺の思考が……
番外編
「8.5」 勧誘・蛮勇
時間は、卒業式が終わった後である。つまり、歴史也が、時を飛ばしてやってきた。三月である。
そんな中、東菊は一人勧誘活動に勤しんでいた。
「やあやあ、諸君、東菊だ。」
こんな感じでいいのか。お師匠も変なことを考える。
「諸君。忍びになる気はないか? 楽しいぞ?」
いや、その楽しくはないんだが……まあ、いい。本気にするものもいないだろう。
にしても、何件目だ。もう十件は回っているぞ。
それにだ。小学校に行った時、BBAと言われたのはどういうことだ!
気に食わん。私はピチピチのJKだ。かすりもしていない。せめて、JDだろう!
今日は、ふみとおうちデートの約束だったな。
なぜ、私は卒業式の後、勧誘をしている!
これも全てお師匠のせいだ。
自分でやればいいものを……
ぶつぶつ言っても、埒が明かない。
私は、もう切り上げるぞ。
なぜなら、彼ぴっぴとデートがしたいからな!
今のJKは彼氏のことをなんて言うんだ?
私はどうも、JKらしくない。
小学生の頃から言われてきた。
「じゅりちゃんって、なんかかっこいいよね!」
かっこいいなのか……
かわいいとは言ってくれないのか。
生まれてこの方、かわいいとは言われたことがないぞ!
これも全てお師匠のせいだ。
こう見えて、髪、肌には気を使っているのにだ! なぜだ!
はあ、私は一人で何を考えている。
もう、ふみの家に着いたではないか。
私は、1人暮らしなのだが、確かふみは父親と暮らしていたような……
そして、本編へと続く……