「19」 Endeavor―決然とした努力
―There’s No Crying Over Spilt Milk―
「とーちゃん!もーいっかい!」
父は、何も言わずに竹刀を構えた。
そういえば、無口だったな。昔から、父は無口だった。
だが、笑顔だけは絶やさなかった。
俺も見様見真似で、構えてみる。
ガキの頃の俺と言ったら、無鉄砲で、猪突猛進なガキだった。
「おらぁ!」
馬鹿正直に真っ直ぐに前進し、打突を狙ったが、くるりと身を翻した父に、俺は面をくらった。
「やるじゃないか。数義。休憩するか?」
「俺、負けてんじゃん!まだまだ!もっかい!もっかいやろ!」
父は、俺の我儘に付き合ってくれた。
稽古の後、防具を脱いで、父に歩み寄る。
父が防具を脱ぎ、手拭いが露になる。汗が滴る。それが何を意味するのか。俺には、わかっていた。それは、俺との勝負に本気になってくれていたこと。それがなにより嬉しかった。
それに、父の精悍な顔つきに似たことを微笑ましく思った。小学生の頃の俺は、足は早くなかったからな。モテなかったが、将来は、俳優だの、アイドルだのとはやされた。
父は、勇敢で、出世株で、困った人がいたら、迷わず助ける。いつだってそうだった。
これが、俺の父。源君朝その人だ。
なんでだろうな。この記憶はいつまでたっても忘れられない。
俺が、初めて剣道をした日のことだ。楽しかった。防具をつけていても、あちこちが痛かった。父から学ぶことは多くあった。
そんな、優しかった父を今でも覚えている。
小学校高学年で、部活はもちろん剣道部に入った。部活には、毎日顔を出し、腕を磨いた。
そして、俺は中学生になった。今の父は、会社一筋で中学に通う俺には目もくれない。剣道の話をしようとも、先祖の話をしようとも、睨みつけては、口を開かなかった。幽閉の後遺症だろうと、そう思っていた。
何の後遺症か、話す必要があるな。実を言うと、父はとある事件に巻き込まれ、マルチバースという場所に幽閉されいたらしい。そこで、何年間帰ってこなかった。あの、ヒーローKが連れ戻してきてはくれたものの、その空白が、何年もの幾重に重なる壁が、俺達に距離を作っていた。
まだ、それだけならよかった。父が……父はまるで………
「なあ、父さん。」
「なんだ」
「俺の漫画知らないか。」
「捨てた」
「なんでだよ。父さんが買ってくれたんだぜ?覚えてるよな。俺が、小学生の時に父さんにねだったケンドーの漫画。」
「ああ」
気のない返事だった。父は、そっぽを向いて、まるで、俺にさっさと行け。と言わんばかりの態度を決め込む。
「どういうことだよ。」
なぜ捨てた。俺は、逸る気持ちを抑えられないでいた。新しく買ってもいいかもしれないが、あの僅かに酸化した、古ぼけた漫画が、匂いが、俺は好きだった。別にどこにでもある漫画だ。プレミアでもなければ、サイン入りでもない。だが、俺にとっては宝物と同じだった。それを捨てるなんて………
「本を読め」
何を言ってるんだ。俺は、どうにかなりそうだった。本を読め?今は、俺は漫画の話をしている。
頼むぜ。父さん。冗談でもいいから、間違えてほかったと言ってほしかった。なんなら、燃やしたでもいい。
その方が、潔かった。だって、忘れられる。俺の目は潤んでた。
「………そうかよ。」
いつからだろうか。父はさらに口数が少なくなり。家族と過ごす時間も減っていった。家に帰ってこない日も少なくなかった。
母は「あの事故が原因だろう」と何も言わなかった。俺と似たような事を考えていたが………
寛大な母とは、打って変わって俺は文句しかなかった。おかしいだろうよ。俺の好きな漫画を捨てるなんて、それだけじゃない。
俺の名前、「数義」を呼ばなくなった。
俺の顔すら見ない。
つまり、目を合わせないんだ。
どういうことなんだ。
父に振り向いてもらいたい。父の喜ぶ姿が見たい。その一心で剣道をひたむきに頑張った。
毎日、毎日素振りをした。何も考えたくなくて、素振りをしていると、百を超えてた。
汗を滝のようにかいたし、肩や背中が痛かった。普通、こんなにきつかったら、続けようとは思わないだろう。
だが俺は、夏休みが来ようとも、クリスマスが来ようとも、正月だろうと、ひたすら剣道に向き合った。理由は依然として、変わらない。忘れたいから、考えたくないから。父に元に戻ってほしかった。何度も、もう無理なのかな。と、考えては、いや、まだ大丈夫だと、言う俺の考えが頭の中を駆け巡った。
そうこうしているうちに、気がつけば県大会。勝ち負けにこだわってはいなかった。そこで、結果を出すことだけが、俺に意味をもたらすと、そう考えていた。ふと、観客席を見渡すと、そこにいるのは母の姿だけ。
「母さん………」
俺は、父の事が頭から離れず、試合中に余所事ばかり考えて、俺のどこが悪かったのか。思い当たる節はなかったが、更生しようと、また、やり直せばいい。と思っていた。
そんなことを考えているうちに、最後の1本取られた。「あっ」と思った。「しまった」と思った。迂闊だった。もし、願いが叶うのなら………やり直したい。でも、キラキラ星は、残念ながら、全人類の願いを叶えるほど、悠長じゃなかった。赤子から、優先されるとしても、俺は後の方だ。決して、やり直せない。今まで努力してきたものが、全て水の泡になってしまうのかと思うと、本当に悔しかった。
時間というものは普遍だ。
その流れは誰にも止めることができない。
もし、時間が戻るなら、俺は、俺は………
会場を後にすると、母さんが駆けつけてくれた。
「かずくん。頑張ったね。」
「うん。」
俺は迷わず、父に会いに行った。結果を報告した。準優勝だったが、伝えれば、そうすれば、何もかも変わると思ってたんだ。父は俺に振り向いてくれると、きっと忘れてるだけなんだと、甘く見ていた。そうだ。俺は甘かったんだ。
ある時、父が母に手を振るった。俺は信じられなかった。父はそんな人間じゃない。近くで見てた。俺だから、知ってる。どちらにせよ。理由が分からなかった。何が気に入らなかったのか。なんで、俺じゃないのか。そんなことばかり考えては、もし自分だったら、と思うと、俺は、思わず頬を押さえた。
「あなた………」
「家を出ていく」
「・・・」
本気なのか?その言葉は、喉に留まり、俺の口からは吐き出されなかった。
「かずくん!」
母が俺に気づいた。母は………泣いてた。俺は、母親を見て、その光景を見て、誰がやったんだろうと、人生を共に歩むパートナーをその手で殴ったのかと、弱者を痛めつけるのかと、そう思った。
「お前………誰だよ。」
わかっていた。お前とは言ってはいけないこと。俺がお前という時は………
「君朝だ。」
その人間に対して憎悪がある時、怨念がある時、激しい怒りがある時。感情を制御できない時。
「嘘だ………父さんはそんなことはしない。
「お前は、お前は俺の父親なんかじゃない。
「どこ行くつもりだよ。
「なあ!」
「斬るぞ」
「何言って………」
その時は、何を言ってるんだろうと、聞き間違えだろうと勝手に思ってた。
父………いや、君朝の手には、包丁があった。
なんの躊躇いもなく、俺に襲いかかってくる。
俺は、急いで竹刀を取り出すと、何度も何度も何度も、何度も打たれた。面を君朝にくらわそうと思ったが、読まれると判断したが故に、小手を狙った。
「俺に歯向かうか」
なんで、なんでなんでなんで、なんで。
俺の顔の横をスレスレに包丁が飛んできた。
実の息子を殺す気なのか。
目、覚ましてくれよ。
「ひとつ言っておく」
「・・・」
「貴様は、俺につくか?」
「もっと、考えて言えよ。後ろにいる母さんがどんな気持ちで、俺を産んだのか。あんたなら、わかるだろ?」
「もう一度問う。貴様はどっちにつく?3度目はない。」
「俺は、あんたなんかにつかねえ。」
「それでいい。数義だったか。祖父に俺の事を聞くといい。強くなれ。」
―4GM―
源創立こと、祖父から話は聞いた。そして、俺は高校生になり、今はジャディシャルズと出くわす時の数週間前だ。場所は聞いていた。彼はいたんだ。もう誰もあてにはできない。信じられない。驚愕の事実を聞いた時、人は口を開く。聞いたわけではなかったが、面影があった。最初は、兄弟が何かだと思った。非常に似ている。彼が、彼こそが………
「なあ、君朝。じいちゃんから聞いたぜ。」
あの、鬼切丸の話から推測するに………
「俺は、悪役なんかじゃない。あれは、演技だ。数義、お前を育てるためのな。どうしていた?創立に会ったか?お前がここにいるなんてな。驚いた。俺と何を話にきた。何も話すことはないはずだ。」
君朝は、荘厳な態度で振る舞い、俺を軽くあしらう。
だからといって、こちらも引けない。
「それは忙しいからか?あんたは、数多九という人物を知っている。その人に会ってから変わったんだろう?しかも、それだけじゃない。中身は全くの別物だ。」
入れ替わっている………
「そこまで言われては、言い逃れはできんな。彼に言うべきだったか。俺は、弟が嫌いだと。」
「九が、初代ヒーローKだ。数多京の功績も大きい。そして次はお前だ。」
「俺に何をしろと。」
「父、まあ、義理になるのかもしれんが、創立も同じことを言うに違いない。なに、平氏を滅ぼせなどとは言わん。歴文也を過去の俺に会わせろ。そして、精神の摘出。できるだろう?それが数義、お前の使命だ。そして………」
「新しい歴史を創ること。
「新たなる歴史を創りあげ、王となり星々を照らすのだ。
「そのように彼に伝えてくれないか?数義。」
何を言ってるのかさっぱりわからないな。
「名は体をあらわすとはよく言うだろう。ところで、皇一族には会ったか?」
「・・・」
「わからんか。刀を持て」
「戦う必要は無いはずだ。」
俺は1歩退き、手で制止する。
「つまらないのは、ここからだ。
「耳を塞ぎたければ、塞いでもいい。
「もう、この手で何人殺したかわからぬ。
「歴史の過ち。
「源の過ち。
「幕府の過ち。
「そうするしか、方法はなかったのか。
「今でも考える。
「死人を出さずに、歴史を変えてはくれまいか?数義よ。」
君朝は、俺の目線が下を向いているのを確認するとゆっくり息を吸い、口から吐いた。
そして、天を仰いだ。その、表情は何か言いたげでもあった。
俺は黙って、喋るのを待っていた。
「断末魔が聞こえるのだ。亡霊達のな。『なぜ貴様が生きている』『貴様を絶対に許さない』『呪ってやる』その度に俺はおかしくなる。誰の声かは、わからん。人を殺してから、私はおかしくなった。人であるはずが、人ではなくなった。それゆえ、過去の私を変えて欲しいのだ。二度と過ちを犯さぬよう。変えて欲しいのだ。」
「過去は変えらない………」
「そうか。では、どうする?」
「橘から聞いた話だと、歴は時間を操れるんだろ?そうとしか思えねえ、なら歴史也と協力する。」
「構わん。源頼朝つまり、以前の私も未来人だ。1000年以上後の未来から来ている。過去の私に事情を話せばわかってくれるだろう。上手くいくといいがな。」
「気になったんだが、それは………」
君朝が、腰に携えた、刀を抜刀する。ゆっくり、ゆっくりと抜き終えると、刀は錆びておらず、しっかりと手入れされているのか。ギラリと輝いた。
「これか、俺の愛刀よ。名を鬼切丸。数義。真実を知りたいか?」
「もちろんだ。」
「実は、元々幕府というものは存在しなかった。順当に天皇が国を収めていた。しかし、世界大統領の発足により、様々な時代に、未来人が送られることになった。」
「つまり、歴史というのは都合のいいように作り替えられたものだと………」
混乱するな。
「だが、ありえない。」
「マルチバースを思いついたのは、皇一族に違いないが、歴史也だ。彼だ。」
「あいつが、マルチバースを?」
「そうだ。」
「待ってくれ、そもそもマルチバースって………」
「早く刀を持て」
「わかった。」
刀を抜く姿勢が様になっている。これが、SAMURAI。
一体、どれ程の実戦を積めば、この殺気を漂わせられるのか。
78センチの刃が俺を威嚇する。
番外編
「蹶」Monologue―独白
「―――人の話聞けよ。」
「あぁ、そうかよ。自分は話しといて、俺の話は聞かねえってか?おい、聞けよ。なあ、聞いてんのか?」
「自分が喋ってばっかでよ。人の話を聞かないのはどういう魂胆だ。話を要約すると、あんたは愚痴しか言ってない。つまり、無意味だ。ここで、愚痴を言っても何も変わらないからな。」
「あれか?それで、私は勝ちました。とでも、言いたげだな。それで勝った気になるなよ。」
「勝ち誇って、恍惚とするなよ。」
「まあ、認めるよ。人生経験だって、あんたの方が上だ。俺なんて、まだ高校生になって、2年と1ヶ月のひよこちゃんだ。年齢だって、18だ。たったの、18回、一年を過ごしただけだ。だがよ。言わせてもらうぜ。」
「ここで、言い返したらあんたと同じなんだよ。」
「俺の言ってる意味わかるか?」
「奥歯ガタガタ震わせて、恐怖に怖気付いたか?」
「わかるよな?」
「口は災いの元なんて言葉、今更誰でも知ってる。」
「わかった。覚えといてやるよ。その言葉、胸に閉まっておく。」
「実際と違った。期待してたものと違った。なんてよ、わかっちまうのよ。わかるんだよ。その文言から伝わってくるわけよ。」
「いいか。あんたは、知ってるかもしれねえ。だが、俺は知らねえし。周りの誰もが、知らねえんだ。要するにだ。ここで、何を言おうが、どう思うが、その人の自由ってことだぜ。」
「わかったか?」
私は、首を縦に頷いた。
次回までどうぞよしなに!
Please wait until next time :-)