「15」 Are You There―そこにいる
―The Die Was Thrown―
「やめておけ。」
建物の陰で顔がはっきりと認識できない。こういう時、視認できない。とでも言うのか。
俺は、めくらか。
いや、違うだろ。
虚実を否定して、自分の存在意義を認める。
その当たり前の行為が、暗闇から俺を安堵に包む。
ひょっとしたら、「ニトロゼウス」かもしれない。という、愚直な期待は、俺を愚者へと変貌させる。
もういないんだよ。橙星はよ。「認めろよ。」って、誰かがそう言った気がした。あぁ、ヴァイヴァロスは喋ってねえ。俺、ついにおかしくなっちまったか。ダメだ。認めきれねえ。橙星の残した指輪は、今、俺の手にはないんだよなぁ。
ナナセという謎の人物に持っていかれた。そう考えると、俺ってのは、愚かで、父さんからしたら、愚息かもしれないな。
そうか。これだけ、考えても喋らないか。 相手は、心を読めないんだな。
ならば、俺から、この俺から、仕掛けてやるよ。
「…誰だ?」
俺は、怒鳴った。威嚇の意味合いもこもったその怒号は、木霊する。
それにしても、妙に体格がいい。こちらへと、ゆっくり歩いてくるのが、目で捉えられた。恐れなくていい。別に死んだわけじゃないんだ。
何か、金属類の音がする。地面からそのシルエットの男の足が動く度に音が鳴っているのがわかった。
つまり、この音は足音だ。
さも、鎧でも着ているのかのような、のっそりとした歩行だ。
まさか、相手はニトロゼウスのような機械なのか?って、ニトロゼウスがチラつくな。
はたまた、時空を超えて、西洋の騎士でもいんのか?笑えてくるぜ。時空もだが、国境も超えてるからな。
ん?止まった?なんだ?何をするんだ?
「俺が誰かわかるか?なあ、歴史也。
「悪いことは言わねえ。一年後に飛ぶつもりなら………やめておけ。」
「………なんでだよ。」
なんで知ってる。その言葉から、様々な憶測ができた。名前も知ってる、俺の思考も知ってる。何もかも知ってるんじゃないか。知り尽くしているんじゃないか。と、俺を勘違いさせる。相手は、西洋の騎士の格好をした未来人か。どんな奴なんだ。いまだに、姿は見えない。見えるのは…そうだ。シルエットだけ。隠したいのか?何を?俺の事は知ってるのに?おかしくねえか?
「一年後から警告に来た。時間を操れるのが自分だけだと思ったか。」
「お、思っちゃいねえが、あんた………誰だよ。」
「今は、名乗る必要はないだろう。一年後にわかるんだからよ。待ってるぜ。史也。」
《彼は正しい》
誰なんだよ。俺、あんな声聞いたことねえぞ。なんで、知ってやがるんだよ。
一体、どうやって………図り兼ねるぜ。まったくよお。
ネックレス、どうしような………誰かにあげたのかって、父さんに聞かれるよな。
自分のなんだけどな。
でも、今しがた思いついたんだが、どんなネックレスを買うかは、言ってないはずだ。
まあ、それならそれに越したことはないよな。
今の俺の状況。さっぱりだが、なんか頭痛がするんだよな。風邪でも引いたのか?いや、まさかなあ…
金だけがなくなった。本当に返ってくるのかよ。
ここは、馬鹿正直に一年待つか。
全能的な奴にやめておけって言われたしな。
―He Creates Peace Out Of Chaos―
ところで、この足音なんだ?
試しに、止まってみる。
後ろを向く。
誰もいない。
また、歩く。
止まる。
後ろを見る。
やはり、誰もいない。
わかった。こうすりゃいいんだな。
歩く。
そして………
「誰だ!」
そこには、アイツがいた。
正しくは、いたような気がした。
「君がどんな人間か知りたい。今となっては、皇君もいないんだろう?
ねえ、歴君。」
「俺の質問に答えろ。誰なんだよ。」
今度は、コイツなのか。なんで、コイツが………
予想はついてる。アイツしかいない。
「ああ、すまないねえ。僕かい。」
「答えろよ。」
未知は、人間達に知らしめた。それが、恐れの元凶であること。
そして、恐れを恐れないことが、未知に対する最大の手段だと。俺は、そう推測してみる。誰かが言っていたんだ。俺の知ってる誰かが。
でもそれは、コイツじゃない。
「王子真夏だよ。君を必要としている。」
「お前…知ってるぜ。Ⅳ組の学級委員長。別名………ならず者の王子。」
俺が必要?どういう意味だ。
「じゃあ、僕の番だね。」
「は?」
「命令!」
な、何をした。重荷を背負った気分だ。体が、微動だにしない。
「君は何ができる?答えろ。」
あっ、あがっ、口が勝手に抉じ開けられていく。
俺の口が意志をもったみたいだ。
「じ、じか、んを、あや、つ、れる。」
たどたどしく俺は喋り終えると、そのならず者は、ほくそ笑んだ。
「僕に似ているね。へえ、いいじゃないか。
「いいだろう。僕のも、教えてあげようじゃないか。」
僕のも?この力。人を操作する謎の力のことか。なんなんだよ。ったくよお。この意味不明なチートみたいな能力はよ。言葉一つで、他人を操れる………のか?最強じゃねえか。橙星に帰るなって言ったら、帰らなかったんじゃねえのか。
なんでもっと早く現れねえ。
なんでもっと力を誇示しなかった。
示せよ。自分の価値をよ。
そしたらよ、いくらでも利用してやったのに。なんなんだよ。畜生。悪鬼がよ。
「僕はね、君の反対なんだよ。」
それ、教えるって言わねえだろ。いいから解けよ。
さっきから、ずっと動けねえじゃねえか。
「後ろを見てごらんよ。もう隠れたりしないからさ。」
「わかったぜ。王子。
「後ろを向けばいいんだよな?
「俺の後ろは、北か?南か?
「それとも、東か?
「俺の後ろには、本当にいるんだろうな?
「いなかったら、どうなると思う?
「予想できるか?」
俺は後ろを向く。造作もなく、臭い台詞を言いながら、後ろを向くんだ。何も考えなくていいな。今は。
「え?」
俺は、素っ頓狂な声を出さずには、いられなかった。
そこには、それをかぶった王子がいたんだ。
「なんだい?」
「なんで、バケツ被ってんだよ!」
さっきから、気配だけでコイツだとわかった。だけどよ、なんなんだよ。この異様な光景は。まるで、人を嘲笑したかのようなその姿は。
日常に忽然とブラックホールが登場したような、この異質な気分はなんて表現したらいい。
「照れ隠しさ✧」
ほう、照れ隠しかぁ。コイツらしいな。あ、即ちコイツが言いそうな台詞って意味だぜ。
ならず者の委員長さんよお。本当のことを言ったらどうなんだ?
「絶対違うだろ!」
俺が、声を張り上げた時、なんて返ってくるか。なんて応えるかは、想像がついてた。
俺はまだ、高校生だから、飲んだことはないが、居酒屋に行った時に、「とりあえず生」みたいな感覚で、王子にそう言った。
「そうだよ………うん。」
「とりあえず生」みたいなことを言ったはいいがよ、調子狂うぜ。なんなんだこいつは。
「とりあえず、バケツ取れよ。」
「ほい。」
「ほいってなんだよ。」
「返事しただけさ。」
「そうかよ。」
「君さ、知ってる?」
「何をだよ。」
「この世には、6つの力がある。」
なんだ?いきなり、なんの話だ?
「――様々な力の根源となる、6つの力は宇宙の始まり以前からあったとされていて」
「どうせ長くなるんだろ。」
「ええ、最後まで聞かないの?」
「聞くかよ。」
「これだけは、言わせてよ。」
「なんだよ。」
「時間はその1つなんだ。」
「は?」
「じゃあ、また学校で。」
―――数日後―――
―I Mean It―
そうだな。あれは休み時間だった。俺は、校舎の廊下を歩いていたんだ。窓から、日差しが照りつける。鳥の声が聞こえる。おそらく、窓から見えた木々にとまっているんだろうな。その光景は、平穏を表していた。
そんな時、なぜかばったりと出くわす。
「今度は包帯かよ。それじゃ、なんも見えねえだろ。なにしてんだ?王子。」
俺の目の前に立ち塞がる王子真夏は、眼帯ではなく、包帯で、目元をグルグル巻にしていた。あぁ、そうだな。一応言っておくが、黒くはない。黒い包帯じゃねえ。
んで、視界が塞がっているのにも関わらず、俺に体の方向を向けているのがわかった。
どうやって、見てるんだよ。不思議な奴だ。最初に会った時も、バケツを頭に被りながら、話していた。何か仕掛けでもあるんだろう。
「僕、病気なんだ。」
なんの病気だよ。でも、いつも目元を隠しているよな。もしかしてだけどよ。盲目者なのか?いや、それにしては・・・
「ばったり会ってする話じゃねえ。何の病気だ?」
「言いたくない。きっと、誰も信じないさ。」
「信じない?目の病気じゃねえのかよ。それ、あれか。中二病か。高校三年生にもなってよ。」
「違うよ。恋煩いをこじらせたのさ。」
ん?何言ってんだ?こいつ。
「お前、大丈夫か?」
見えていないだろうが。俺は、人差し指で煽るように、頭を指す。
これが、ならず者?え、別人じゃねえか?
「病名は、ラブシンドローム。日本名を恋愛症候群。」
そんな病気あるのか?
「女性が、誰彼構わず全て同じ顔に見えるんだ。」
「だから、包帯してんのか。」
「男は、どうなんだ?」
「生憎、男に興味はないね。」
んなこと聞いてねよ!
「ちげえよ。男は同じに見えるのかって聞いてんだ。」
「見ないから知らない。」
勝手な奴だな。俺の顔でもいいから見てみろよ。
「見ろよ!」
「嫌だ。見たくない。」
「俺の顔が、そんなに不細工だって言いてえのか。なあ、どうなんだ?」
「違うんだ。思い出すんだよ。」
「は?」
「どの人間を見ても、お、同じ顔に見えるんだ。」
「本当の事言ったらどうなんだ?」
「本気だよ。」
「証明してみろよ。」
「してるさ。僕は宣言通り君の前にこの前現れただろう?」
「ああ、そうだ。現れた。で?何が言いたい。」
「僕、王子真夏は嘘をつかないんだよ。」
数字の間違いだろ。なんてな。
「おい、ちょっと待て。それ、嘘をつかないって嘘をついてねえか?」
「話をややこしくしないでほしい。」
「何度でも言う。僕は本気だよ。マジだよ。」
「さて、何の話ですか?」
誰だ!この声は・・・
番外編
「々」Possibility―可能性
俺は、心から決めていた。時間を吹っ飛ばすと………
頼むぜ。ヴァイヴァロス!
《止むを得ん》
『一年後に時を飛ばせ!』
◁INSTANT TRANSMISSION▷
記憶が流れ込んでくる。嘘だ。嘘だ。
あの待ち合わせ場所にナナセがいる。俺の視点からはシルエットしか見えなかったが、そのシルエットは金色に輝いていた。それに、なんだか体格がよかった。ナナセは細身の人間だったはずじゃ。
近づいてみると、別人であることがわかった。黒い髪に、白と金色の鎧。めちゃくちゃ重そうだな。
十字軍の時代から、タイムトラベルでもしてきたかのような格好だ。にしてもなんで、この人があれを持ってる?
「なあ、あんた誰だ?それに、そのネックレスは俺のものなんだ。返してくれ。」
「じゃあ、自分が歴史也か。」
さては、ナナセの知り合いか。俺の事を知っているな。
「よく、ご存じで。ナナセはいねえのか。」
「ロストシヴィライゼーション、オーパーツ。言い出したらキリがないが、一年後にここにくるのがナナセだとは、ナナセは言ってないはずだ。」
「俺が誰かわかるか?」
「知らな………ちょっと、待て。あんたがそうなのか?」
記憶は確かにそう言った。真実を告げたんだ。だが、俺は後悔した。知らないほうがよかったと、未来を知ることが、愚かであるとは言えない。誰だって実現したい。
なぜなら、誰もが未来に不安を抱えているからだ。
その不安を払拭したい。
誰もがそう思うはずだ。
だが、こればっかりは知らないほうがよかった。
「質問を変える。自分が誰かわかるか?」
「俺は・・・」
俺は、唾を飲み込んだ。
「歴史也だ。」
「では、私が誰かわかりますか?」
二人?声が変わったのか?いや、違う。この機械的な音声。スマホか?
「スマホが喋ったのか?」
「はっはっはっ。おう。そうか。これでいいか?」
彼は、その太い腕を俺へと伸ばすと、彼の掌にスマホがあった。最新のスマホだろうか。妙に無機質だった。
「世の中には、タブー、禁忌、不文律とされることが様々あるが、どうやら間違えたようだな。」
「先回りしてる俺から言わせてもらう。
「自分は、罪をおかした。
「よって、意志に従い、独断と公正なる判断の下、適正な対処を施す。」
「な、なにをするつもりだ。」
「…記憶は、消せるのか?」
「…そうか。実行する。」
―――1年前に戻る―――
「やめておけ。」
建物の陰で顔がはっきりと認識できない。こういう時、視認できない。とでも言うのか―――
次回までどうぞよしなに。