人殺しの覚悟
パチン
追って来た男の一人が動き出すごが、いきなり襲い掛かっては来なかった。リヒトが現れた事に驚いているのだろうか。
「オイお前!脚を撃ったのに・・・何で立っているん
だ?しかもそのガキは・・・」
「なにボーッとしてるの?オジサン。この人を殺すんじ
ゃなかったの?」
リヒトは戸惑っている男に話しかけ、横で冷や汗をかいている俺を指差す。
男はその悪い姿勢を保ち衣嚢に手を突っ込み、ズカズカとリヒトに寄って行き、見下す様に睨み付けた。
「おいガキ、一回しか言わないからよーく聴くんだぞ?
死にたくなかったら消えろ。」
男は恐ろしい顔でリヒトを睨みつける。対し、
リヒトはまた気味の悪い笑顔を造り、
「いいから掛かってきなよ。この運動不足の18歳君と子
供にビビってわけじゃないんでしょ?」
「チッ、ガキが!おいお前ら!コイツら殺るぞ!・・・
おい、お前ら?なんで固まってんだ?」
男が固まった同僚達をペチペチと叩く。
「チッ・・・、なんだかわからねぇが、こんなガキとも
やしくらい一人で殺せるんだよ!」
男が拳を振り上げる。
「レオン〜。お手本、よ〜く視ておいてね〜」
リヒトは迫り来る男の拳を木綿布の様にするりとかわし、右踵を中心にくるりと回る。
「そんな遅い攻撃、当たるわけないじゃ〜ん」
リヒトの右手から蒼い炎が噴き出し、鎌の形へとなっていく。炎の中から出てきたのは、鎌。成人男性の身の丈ほどある。嗤うリヒトの顔を写し、鈍く光る大鎌。
1米はある銀色の刀身。リヒトはかなりの重量であろう大鎌を地面と水平に持ち、そして、回転する。
「魂狩り」
男の首が刎ね上がる。血飛沫が起こり、男はの身体は膝から崩れ落ちる。床に滲む血の池が、俺の靴に触れ、ピチャリと不快な音を立てる。
「ヒッ!」
慄き尻餅をついてしまった。
人が、死んだ。長い間スラム街に居て、死体もたくさん見てきたが、人の死に触れるのは未知の経験だった。
ふざけた雰囲気だからあまり深く捉えていなかってけれど、コイツは・・・リヒトは死神なんだ。人間なんて簡単に殺す。
「大丈夫?」
リヒトが屈み尻餅をついている俺に手を差し伸べる。
「ああ、ちょっとびっくりしただけだ。平気だよ。」
嘘だ。今の台詞が本音なら、尻餅をついたりなんかしない。慣れなければ、人の死に。
「ならよかった。今使ったのは、君が選んだ死神の鎌。
じゃあ、次は君の番だね。」
パチン
リヒトが指を鳴らすと、他三人の男達の時間が動き出す。
「うわっ!死・・・、死んでる・・・。」
リヒトが殺した死体に驚いているのか、矢張りすぐには襲い掛かっては来ない。
「テメェがやったのか?」
俺を視てる?パッと横を見ると、リヒトの姿が消えている。
「チッ・・・、ただの仲介人の雑魚だと思ってたの
に・・・妙なことする前にさっさと殺るぞ」
男達の一人はナイフを取り出し、もう二人のうち一人が素手で殴り掛かってきた。俺もリヒトの様に躱せるだろうか。
否。
バキッと鈍い音が響く。殴り飛ばされ、階段の近くに倒れ込む。足が竦み、もともと無かった様な物だった勇気を恐怖が上回る。
「うわあぁっ!」
這う様に階段を駆け上り、二階へ逃げ込む。やっぱり無理だ。俺なんて一生ビクビク怯えて暮らすのが似合ってたんだ。
カン カン
男達が二階へ上ってくる。
「やっぱりお前みたいな奴は隅で震えてるのが似合った
んだよ!そうだろ!?オイ!」
ハハハハハハハ!!
男達が部屋の隅に居る俺を嘲笑う。素手の男がズカズカと寄ってきて、竦んでいる俺をめった打ちにする。
バキッ ドカッ ガスッ
ボクシングの新人とチャンピオンのファイトの様だ。奴が拳を振り上げる瞬間、俺は横にバッと飛び出し、三階へ続く階段へ走る。
俺を殴っていた男を振り抜き、逃げ切れる・・・と思った瞬間、もう一人の素手の男に襟を掴まれ、殴り飛ばされる。
ドサッ
「オイオイ、逃げんなよー!」
やっぱり・・・、俺には無理だよ、父さん・・・。
「すぐ逃げるなんて、お前の父親も、お前みたいな臆病
者なんだろうな!?」
!!
父さんはギャングだったけど、コイツらみたいなクズじゃなくて、周りの仲間達も眩しく光っていた。
こんな・・・奴らに・・・
「お前らみたいな奴が・・・、父さんを・・・、侮辱す
るな!」
右手から赭い炎が噴き出る。徐々に鎌の形になっていき、俺の身長くらいの大鎌ができる。
「な、なんだ!?」
男達が驚き数歩退く。
重い。リヒトはこんな物を軽々と振り回していたのか。アイツは片手で持っていたけれど、俺は両手で精一杯だ。
「何処から出したか知らねぇが、こっちも刃物
で勝負してやるよ!」
ナイフを持って男が腕を振り上げる。
チャンスはその刹那、一度だけ。
覚悟を決めろ!
ズシャッ
男の首が落ち、身体が崩れ落ちる。
初めて人を殺したが、不思議と嫌悪感はない。それは相手が何人も殺しているクズだからか、慣れたからなのか、或いは覚悟のお陰なのは、まだ分からない。