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第三話「導かれた未来」

 それからの俺は、何の価値もない毎日を送っていた。

 相変わらず、いつもの夢で目覚め、いつものように日葵のことを思いだす。


 だが、そんなある日。

 いつもと違う夢を見た。


 同じ夢ではあるのだが、彼女の言葉がいつもと違っていたのだ。


『どうか立ち止まらないで。思いだして──あなたが生きる意味を。あなたの存在の価値──命の価値。世界の────すべての人々が待っている。あなたの歌は────きっと世界を覚醒させる』



「俺の……価値」


 俺の左目から一筋の涙が頬を伝って流れおちた。

 

「…………日葵」


 俺は袖で涙を拭ってから、押入れのふすまを開ける。

 そして奥から手に取ったのは、先日封印したばかりのアコースティックギター。



 俺に価値などない。

 音楽の才能もない。


 どこにでもいる大勢多数のひとりでしかない。

 そんなことは、この俺が誰よりも一番よくわかっている。



 だが、あいつと約束をした。

 俺はやらなければならない。


 できるできないの問題ではないのだ。

 やるかやらないかだ。


 これは俺のプライドをかけた選択でもある。


 俺はあいつとの約束を破る気はない。

 それが再びギターを手にした唯一の理由。



 それからの俺は、何かに取り憑かれたかのように無我夢中で音楽に没頭した。

 頭に浮かんだ音を、イメージを、寸分の狂いなくギターで再現できる技術を身に着けるために、楽器の練習にも膨大な時間を費やした。


 自分の音楽センスが壊滅的であることはわかっている。

 演奏技術はもとより、作詞も、作曲も、編曲も。結局どれも中途半端。ありきたりだったり、どこかで聴いたことあるようなものだったり。

 たまにインスピレーションが浮かんだ気になることもあったが、あとで聴きかえすと結局は世界に存在する名曲たちと比べて、何の魅力もない三流の曲だったと実感する。


 それでも俺は作りつづけた。

 駄作を大量に生産しては捨て、たまに閃いたフレーズ、間違いなく自分が生みだしたのだと確信できる貴重な音の欠片ピースを少しずつ大事に集めながら────

 日葵の願いに答えるため、俺は必死で自分の中にあるすべての音を形にしていった。


 彼女への想いだけを集めて凝縮した、もっとも大切な音の集合体。

 日葵との出会いによって俺の中に生みだされた音。いわば俺と日葵の絆。


 それを間違えないように、確実に、着実に、形にして、完成させて、世に送りだした。今の俺に生みだせる究極のメロディ。


 妥協せず、世に発表するまでに十年の歳月を要した俺の渾身の曲。

 その曲が俺の名を世界に轟かせたのだ。



 なぜ凡人の代表のような俺の曲が、世界に認知されたのか。

 それは世界的にも大勢が利用している有名な某動画投稿サイトにおける奇跡的な展開があったからだ。



 その時、世界は戦争の真っ只中にあった。特に被害が深刻だったのは中東の地。

 さいわい俺の国は被害を受けていなかったが、もはや他人事ではないことも事実だった。いつ戦場になってもおかしくない。世界中どこもそんな不安定な状況になっていたのだ。


 世界各国における資源や領土、情報の奪い合い。騙し合い。

 かつては平和を掲げ、より良い関係を目指していたはずの国同士も、いつしか醜い言い争いすら始めるようになっていた。

 結局どこの国も化けの皮が剥がれて、本性を見せはじめただけでしかないのかもしれないが。

 協力など二の次。どこの国も自国のことしか考えられなくなるような悪しき経済システムが、すべての原因なのだと俺は思っている。


 日葵が願った平和な世界。

 誰もがしあわせに暮らせる世界。

 そんな未来がくることを、あいつは望んでいた。


 俺の役目は、日葵の意思を世界に伝えること。

 そう自分に言い聞かせて、この十年間ひとつの曲にすべての想いを詰め込んできたのだ。


 それなのに──

 俺の音楽を世界に伝える手段がない。


 結局は、発信力、影響力、名声、そういったものを持ち合わせていない人間など、いないも同然なのだ。行動力があれば、あるいは抗えるかもしれないが、俺にはそれすらない。


 そんな時、俺の動画にひとつのコメントが寄せられていた。

 初めてのコメントに動揺しながらも、俺はそれを覗き込む。


 そこには、外国の言葉で『ありがとう』と書かれていた。

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