五、胸騒ぎ
五、胸騒ぎ
霰島の練兵場…。
美根我は、入隊して、半年間、朝礼前には、靄島の方角へ向かって、毎朝、挨拶をする事が日課だった。しかし、この日は、何故か、胸騒ぎがした。梅雨の中休みで、晴れ晴れとしているのだか、富士枝の誕生日に、祝ってあげられない事が原因なのだと思ったからだ。
突然、靄島方面から、稲光のような光が、閃いた。程無くして、見た事の無い禍々しい髑髏状の積乱雲が、立ち上った。
「まだ、梅雨も明けて居ませんのに、積乱雲だなんて、珍しいですねぇ」と、美根我は、眉をひそめた。突然、積乱雲が現れる事に、違和感が有るからだ。そして、「これが、晴天の霹靂ですかねぇ〜」と、言葉を続けた。積乱雲の生じるような気象条件ではないからだ。
突然、生暖かい突風が、吹き抜けた。
「妙ですね。積乱雲ですと、肌寒い風の筈なんですがねぇ」と、美根我は、呟いた。湿り気の有る生暖かさとは違う気がしたからだ。そして、運動場へ向かった。しばらくして、運動場へ着くなり、警報が、けたたましく鳴り始めた。
程無くして、恰幅の良い体型の男性が、朝礼台への上に立った。そして、「先程、靄島が、空襲を受けたとの報告を受けた。なので、我が曙部隊は、これより、救護任務に就く! 被害状況が不明な為、先遣隊を派遣したいと考えている! 志願したい者は、挙手しろ!」と、募った。
その刹那、美根我は、右手を上げた。家族の安否を知りたくて、居ても立っても居られないからだ。
「お前は?」と、部隊長が、問うた。
「は、はい。美根我富士雄二等兵であります!」と、美根我は、即答した。
「美根我二等兵。お前に、先遣隊の隊長を任命する。速やかに、靄島へ向かってくれ」と、部隊長が、一任した。そして、「後、同行したい者は居らんか?」と、尋ねた。
「はい。自分も、同行致します!」と、右斜め前の肥えた男が、威勢良く志願した。
「貴様は?」と、部隊長が、尋ねた。
「はい! 河崎二等兵です!」と、肥えた男が、名乗った。
「よし。河崎二等兵、美根我二等兵の指揮下に入れ」と、部隊長が、告げた。
「じ、自分も、先遣隊の任務に就きたいです!」と、左隣の痩せた男が、申し出た。
「ふむ。何奴だ?」と、部隊長が、睨みを利かせた。
「私は、檜本二等兵と申します!」と、痩せた男が、精一杯の声を発した。
「承知した。貴様も、美根我二等兵の指揮下に就け」と、部隊長が、即決した。そして、「美根我二等兵、他二名に、これより、靄島の被災状況の調査任務を命令する。速やかに、遂行してくれ」と、部隊長が、命令を下した。
その直後、「拝命します!」と、美根我達は、敬礼した。そして、駆け足で、運動場を後にするのだった。