四、富士枝の入学式
四、富士枝の入学式
美根我が、入隊してから、四ヶ月目…。
富士枝は、国民小学校へ入学する年齢となり、入学式の日を迎えた。相も変わらず、ぱんきぃを肌身離さず連れ回っていた。本人からすれば、入隊で、同伴出来ない父親代わりだからだ。
冨歌梨も、今日だけは、特別だと容認した。
桜舞い散る第七黄橋国民小学校の正門に、差し掛かった。
右側の門柱に、杖を突いた白髪頭の高齢の男性が、立って居た。
二人は、会釈して、前を通り抜けようとした。
その瞬間、「ちょっと、お待ちなさい」と、高齢の男性に、呼び止められた。
二人は、足を止めた。
「なんでしょうか?」と、冨歌梨が、尋ねた。
「あんたは、美根我さんの奥方さんじゃないのかえ?」と、高齢の男性が、問い返した。
「ええ。美根我の妻ですが…」と、冨歌梨が、訝しがった。
「母様、お知り合いですか?」と、富士枝は、不安げな表情で、見上げながら、尋ねた。何者なのか、得体が知れないからだ。
「私も、初めて、お目に掛かる方ですよ」と、冨歌梨も、回答した。
「これは、失礼しました。わしは、この学校の校長に、今月から赴任した江来と、申します」と、高齢の男性が、身分を明かした。
その刹那、「こ、校長先生でしたか!」と、冨歌梨が、面食らった表情で、頭を下げた。
少し後れて、富士枝も、お辞儀した。まさか、校長先生が、居るとは、思っても居なかったからだ。そして、咄嗟に、背後へ、ぱんきぃを隠した。
「美根我さんの娘さんですか?」と、江来が、微笑み掛けた。
「ええ」と、冨歌梨が、頷いた。
「そうですか。利発な顔立ちですね」と、江来が、口にした。
「まだまだ、至らないところばかりですわ」と、冨歌梨が、返答した。そして、「主人の贈り物のぬいぐるみを手放せないで居るのですからね」と、言葉を続けた。
「仕方が無いですよ。これから、新しい生活が、始まるんですから。不安なんですよ」と、江来が、淡々と言った。そして、「私も、小学校の校長なんて大役を任されて、不安で、仕方無いくらいですからね」と、身震いをした。
「確かに、初めての事は、不安だらけですわね」と、冨歌梨も、理解を示した。そして、「でも、ぬいぐるみを持ち込むのは、いけませんよね?」と、伺った。
「本人にとって、必需品でしたら、問題無いでしょう」と、江来が、回答した。
「母様、必需品って?」と、富士枝は、質問した。ぱんきぃと一緒に居られるかも知れないからだ。
「絶対に、必要な物の事よ」と、冨歌梨が、やんわりと返答した。
「校長先生、ぱんきぃは、私の必需品です! なので、入学させて下さい!」と、富士枝は、ぱんきぃを抱き直して、誠心誠意、頭を下げた。ぱんきぃと一緒に居たいからだ。
「うむ。ぱんきぃさんの入学を認めましょう」と、江来が、容認した。
次の瞬間、富士枝は、顔を上げるなり、ぱんきぃを高々と掲げた。そして、「ぱんきぃ、一緒にお勉強ね!」と、はしゃいだ。嬉しくて、居ても立っても居られないからだ。
「富士枝、校長先生に、御礼を言いなさい!」と、冨歌梨が、眉根を寄せながら、窘めた。
富士枝は、我に返り、「はぁい、母様」と、口を尖らせた。そして、「校長先生、ありがとうございます!」と、富士枝は、今までで一番、深々と一礼をした。自分の出来る最大限の感謝の意を伝えたかったからだ。間も無く、頭を上げた。
「よくできました」と、江来が、褒めた。
「しかし、どうして、このようなご配慮を?」と、冨歌梨は、怪訝な顔をした。
「わしは、美根我さんに、返し切れない恩を受けて居ますので…」と、江来が、言葉を濁した。
そこへ、「ご入学の方は、校庭の方へ、お集まり下さい!」と、女性教諭の召集の声が、割り込んだ。
「急いで下さい。もうすぐ、式が始まりますので…」と、江来が、急かした。
「はぁ…?」と、冨歌梨が、生返事をした。そして、「富士枝、参りましょう」と、告げた。
二人は、会釈をすると、正門を通り抜けた。そして、校庭へ進入するのだった。