三、団欒
三、団欒
美根我達は、卓袱台を囲んでいた。
卓上には、中央に輪切りにした蒸かし芋が置いて在り、各自の前には、茶碗を白米と麦と大根の雑炊で満たして居た。そして、おかずは、湯豆腐だった。
「あなた。急だったので、これだけしか構えられませんでした…」と、冨歌梨が、詫びた。
「ははは。十分、ご馳走だよ。特に、今夜は冷えるからね。ご苦労様」と、美根我は、労った。豪勢でなくとも、家族で、食卓を囲める事が、何よりものご馳走だからだ。
「父様、母様。早く食べましょう。せっかくのご馳走が、冷めちゃいますわよ」と、富士枝が、指摘した。
「そうだね。温かい内に、食べるとしよう。でも、その前に…」と、美根我は、畏まった。そして、「富士枝。実は、父様は、明日から、お国の為に、しばらく、お家へ帰られないんだよ」と、理由を述べた。一応、真実を伝えておいた方が、良いからだ。
「だから、“ぱんきぃ”をお土産に…」と、富士枝が、察した。
「それも、そうだけど、今年は、お前の誕生日を祝えないからねぇ。だから、それも兼ねているんだよ」と、美根我は、語った。当日は、どうなっているのか、判らないからだ。
「そうなんだぁ」と、富士枝が、理解を示した。そして、「だから、母様、先刻から、暗い表情をしてたんだぁ〜」と、あっけらかんと言った。
「富士枝は、寂しくないのかい?」と、美根我は、尋ねた。心境を知りたいからだ。
「寂しくないと言えば、嘘になるけど、ぱんきぃが来たから、大丈夫よ」と、富士枝が、抱き締めながら、告げた。
「そうか…」と、美根我は、安堵した。珍妙なぬいぐるみを受け入れている姿が、何とも、微笑ましいからだ。
「あなた…」と、冨歌梨が、右手で、目頭を押さえた。
「冨歌梨、富士枝の前だよ」と、美根我は、眉根を寄せた。母親が、涙を見せるのは、富士枝を不安がらせるかも知れないからだ。
「すみません…」と、冨歌梨が、詫びた。
「父様、母様を苛めちゃいけません!」と、富士枝が、叱った。
「いや、その…」と、美根我は、どぎまぎした。
「富士枝、違うのよ。目にゴミが、入ったから、父様に見て貰って居たのよ」と、冨歌梨が、言い含めた。
「そ、そうだったのね…」と、富士枝が、顔面蒼白となり、「私ったら、早とちりをしちゃったのね…」と、ぱんきぃで、顔を隠した。そして、「裏庭の防空豪へ、入りたいですわ…」と、口にした。
「富士枝、お前は、間違ってないよ」と、美根我は、肯定した。そして、「誤解をさせた私が、悪いんだからね」と、言葉を続けた。富士枝の正義感は、尊重するべきだからだ。
「富士枝。正しいと思っても、間違いは、間違いです。父様に、謝りなさい!」と、冨歌梨が、告げた。そして、「ぱんきぃに、笑われますわよ」と、しれっと補足した。
「はい…」と、富士枝が、ぱんきぃを右側へ置くなり、背筋を伸ばして、姿勢を正した。程無くして、「父様、ごめんなさい!」と、半べそを掻いた。その直後、美根我へ、組み付いた。
美根我も、抱き止めるなり、「すまないねぇ〜」と、美根我も、詫びた。泣かせた事に、罪悪を感じたからだ。
少し後れて、「ごめんね。富士枝…」と、冨歌梨も、富士枝の背中を撫でた。
富士枝が、頭を振り、「ううん。過ちは、過ちです!」と、頑なに、意地を張った。
「富士枝、ここは、意地を張るところじゃないよ。人は、過ちをするものです。こういう時は、素直に、自分を許すんですよ」と、美根我は、やんわりと諭した。誰も悪くはないからだ。
「そうよ。ちゃんと、ケジメも付けたんですもの。だから、お父様の仰られるように、意地を張るのは、止めなさい」と、冨歌梨も、口添えした。
「はぁい…」と、富士枝が、聞き入れた。
「さぁ、今から、頂くとしよう」と、美根我は、明るく振る舞った。これ以上、湿っぽくなるのは、嫌だからだ。
「また、温め直しますわね…」と、冨歌梨が、立ち上がった。
「母様、お手伝いするわね!」と、富士枝も、申し出た。そして、離れるなり、「父様、ぱんきぃを見ててね」と、ぱんきぃを押し付けられた。
「富士枝、豆腐をお願いね」と、冨歌梨は、茶碗を盆に乗せながら、委ねた。
「はい!」と、富士枝も、豆腐の土鍋を持ち上げた。
間も無く、二人が、出て行った。
美根我は、ぱんきぃを左手で、引き寄せるなり、蛸顔を見詰めた。そして、「二人の事を頼んだよ」と、語り掛けるのだった。