二、新しい家族
二、新しい家族
夕刻…。
美根我は、帰宅した。そして、引き戸を開けるなり、「只今」と、声を発した。
程無くして、奥から足音が、聞こえて来た。そして、おかっぱ頭の利発そうな女の子が、駆け寄って来た。
「富士枝、只今」と、美根我は、目を細めた。
「お父様、お帰りなさい!」と、富士枝が、はしゃいだ。
少し後れて、気品の有る物静かな女性が、出迎えて来た。そして、「富士枝、はしたないですよ」と、窘めた。
「はぁい…。母様」と、富士枝が、不服そうに返事をした。
「あなた、今日は、お早いですわね? 何か特別な事でも?」と、妻が、怪訝な顔で、問うた。
「ああ。まあ、ここでは、ちょっとね…」と、美根我は、あやふやに答えた。玄関先でする話でもないからだ。そして、「富士枝、このぬいぐるみと奥で、遊んでくれないかな?」と、蛸顔の兎のぬいぐるみを差し出した。
「変な顔のぬいぐるみね。でも、何だか面白い!」と、富士枝が、屈託の無い笑顔を浮かべた。
「気に入ってくれたかい?」と、美根我は、問い掛けた。珍妙なぬいぐるみを、気に入らなければ、返品するつもりだからだ。
「うん!」と、富士枝が、力強く頷いた。そして、「ぬいぐるみに、名前を付けなくちゃあね」と、口にした。
「そうだね。今日から、立派な家族だからね」と、美根我も、賛同した。気に入ってくれたと、確信したからだ。
「お父様が、名前を付けてぇ〜」と、富士枝が、鼻を鳴らした。
「敵性語は、使えないからねぇ〜。でも、私が付けて良いのかい?」と、美根我は、伺った。持ち主は、富士枝だからだ。
「家族なんですし、家長のお父様に付けて欲しいの!」と、富士枝が、要請した。
「分かったよ」と、美根我は、承知した。そして、ぬいぐるみをじっと見詰めた。しばらくして、「ファンキーと言うのは、どうかな?」と、提案した。個性的な意味では、相応しいからだ。
「ぱんきぃ?」と、富士枝が、小首を傾いだ。そして、「ぱんきぃ兎ね!」と、すんなり聞き入れた。
「じゃあ、決まりだね」と、美根我は、目を細めた。聞き間違いでも、本人が納得して居れば、それで良いからだ。
間も無く、「じゃあ、先に行ってるね!」と、富士枝が、小動物のように、“ぱんきぃ”を抱えながら、踵を返した。やがて、奥へ消えた。
少しして、「あなた、富士枝にお土産だなんて、どうなされたのですか?」と、妻が、訝しがった。
「実は…」と、美根我は、理由を語り始めた。
しばらくして、「あ、あなたにまで、召集が…。しかも、明日…」と、妻が、両手で、顔を覆うなり、その場にへたり込んだ。
美根我は、肩を抱くなり、「冨歌梨、留守を頼むよ」と、口にした。自分では、どうにもならないからだ。
「はい…」と、冨歌梨が、頷いた。間も無く、「富士枝の為にも、今夜だけは、明るくしませんとね」と、顔を上げた。そして、「出来るだけ、豪華なおご馳走を御用意致しますわね」と、右手の甲で、涙を拭った。
「そうしてくれ」と、美根我も、同調した。せめて、娘に、善き思い出を残してやりたいからだ。
「では、富士枝の相手を宜しくお願いしますね」と、冨歌梨が、立ち上がり、踵を返した。
少し後れて、美根我も、靴を脱いで、上がるのだった。