夢の中で会えたら 3頁
夢の中で会えたら3
麗奈がこちらにやって来て抱きしめてくれた。
「寝落ちしたら君の声が聞こえた。同じ枕で寝たからかな?ここに来れたよ」
「ナイスだぜ。本当に。助かった」
俺は麗奈の胸元へと耳を寄せた。トクントクンと心臓の音が聞こえて、俺の疲弊しきった心を癒してくれる。
「お姉さんが君を助けるなんて初めてだね。見た?失神キック、夢の中ならお姉さんも最強だよ」
「おう。この場は麗奈が最強だよ」
そう言ってから麗奈の顔を見上げるように見る。自信ありげにニカッと笑っている。葉月姉ちゃんを思い出す笑顔。そしてハッキリと澄んで聞こえたソプラノボイスそう。最強だ。
「お姉さんの声どう?というか驚かないんだね」
「夢だからな。声、綺麗だな。」
「んふ。願ったら声も表情も戻っちゃった。あの枕凄いね」
「ああ、そういえば麗奈は先に試した時、どんな夢を見たんだ?」
「真姫の夢、だけど、内容は思い出せないんだ。夢だからね」
「ここで起こった事は覚えていられないのか」
願えば死んだ人にも会える枕、俺は姉ちゃんに会って謝りたい。起きたら謝罪も忘れてちゃうのかな。
俺は少し肩を落とした。
「でも、楽しかった事だけは覚えてるよ。だからそんなに気を落とさず、ね?」
そうだ。謝る事に意味がある。俺が忘れる忘れないは二の次だ。この謝罪は、俺が罪悪感から逃れたいが為の謝罪じゃない。
「じゃあ、お姉さんの手を握って、目を瞑って?」
麗奈に従って、手を握って目を瞑る。
「会いたい人の顔を思い浮かべて、会いたいって念じて。」
葉月姉ちゃん。会いたいよ。
俺がそう願った時、パッと光に包まれた気がした。
閉じた瞼を貫通するほどの鋭い閃光、それでも不安や過度な緊張が無いのは手から伝わってくる麗奈の頼もしさだろう。
肩あたりまで浸かっていた血の沼がドロドロと引いていく感触。
気持ち悪い生暖かな粘着質が消えたかと思えば朝日を浴びるような気持ちの良い暖かさを感じる。
やがて発光は落ち着いたみたいで、呼吸をすると鉄臭さは無く、澄んだ空気が肺を満たしてくれた。
「悠太。目を開けて」
麗奈に言われて薄らと目を開く。
目が眩んで、ボヤけてまだ直視は出来ないが、麗奈と同じくらいの女性が少し先でこちらを見ているのがわかる。
葉月姉ちゃんだ。そう思うと、涙腺が崩壊を始め、早く葉月姉ちゃんを視認したいのにボヤボヤの視界が更にボヤけてしまった。
「こんの浮気もんがあ!」
タタタと駆ける音と共に姉ちゃんのシルエットが爆速で近づいて来る。
必死に出切った涙を拭い、姉ちゃんを視界に捉えた。
姉ちゃんは飛び上がり、空を切って俺目掛けて飛んでいた。
……飛び蹴りの体勢で。
「ま、まってよ姉ちゃん!」
姉ちゃんの飛び蹴りが俺に届くことは無かった。
間一髪、麗奈が姉ちゃんの足を掴んで放り投げたからだ。
「悠太は浮気じゃないよ」
凛々しい顔立ちで、麗奈は言った。
「私から悠太を奪っておいて言い訳でも始めるつもり?」
「浮気じゃなくて、本気」
勝ち誇った表情に変えてドヤ顔を披露。姉ちゃんの眉がつり上がった。
「へえ、この私を怒らせるなんて随分と命知らずなのね」
「夢の中ならお姉さんの方が強い」
ドヤ顔からのピースサイン。
「私は弟の前では最強なのよ?お姉ちゃんだから」
「残念。私も悠太の前では最強なの。お姉さんだから」
似た者同士のバトルが今、始まろうとしている。
「いやいや、争うなよ」
「争うわよ!結婚の約束だってしたのにどうしてこの女に乗り換えたのよ!」
「君は黙ってお姉さんの後ろに隠れてて。大丈夫、ただのじゃれ合いだから」
「小さい時から私の後ろをついて歩いて来てたのに、その女の後ろに隠れるの?年上なら誰でも良かったの?」
そうでは無い。有無を言わさず従わされてるだけだ。
今この場を支配しているのは間違いなく麗奈だ。俺の動きすら止められてるんだぜ?恐らく夢の所為。もしくは女性2人の威圧感の所為。
「今はお姉さんの隣に居る。それが答え」
煽るなって、そんなことを言ったら姉ちゃんが
「こんのおお!」
言わんこっちゃない。麗奈に向かって姉ちゃんが拳を振り上げて飛び込んできた。
「琥珀をトレースしてるからいなすのは、簡単だよ」
涼しい顔をして蹴りを受け流して、姉ちゃんを抱きしめ捕まえた。
「大人しくしようね」
俺にするように、姉ちゃんの頭を自分の胸元へと、抱き寄せた。
「離せ!この小娘が!」
「よしよし、大好きだった弟をお姉さんに奪われて悲しかったんだよね」
姉ちゃんが暴れる。両手がフリーの姉ちゃんは、麗奈の脇腹にフックを乱打している。麗奈は決して姉ちゃんの頭を離さず、そのまま撫で始めた。
「なんで効かないの!?私のパンチだよ!?」
「ここではお姉さんが最強だから」
麗奈の言葉通りに捉えるならば、思い込みの強さが夢に影響を及ぼすのだろう。
あの化け物を消し去ったり、姉ちゃんと互角以上に戦ったり、この小姑の嫁いびり的なやりとりは麗奈の願望が生み出したものなのかもしれない。
「姉ちゃん、操られてたりしてないか?」
「私は私のやりたいようにしてるわよ!霊界でも最強の私がこんな妄想女に負けるなんて……!」
「葉月。お姉さん最近姉弟丼にも興味がある」
麗奈が、姉ちゃんの顔を両手で挟んで、無理矢理目を合わせた。
変態の真剣な眼差しに、姉ちゃんは頬を染めて恥じらった。
「おい、その発言はアウトだろうが」
そんな麗奈の後頭部にチョップをすると、麗奈がこちらを向いた。
「あいたっ。お姉さんにダメージを与えるなんて君も中々の妄想力だね」
「思い込みの力な。俺をお前の仲間にすんなよ」
俺は妄想ばかりのストーカー気質じゃねえ。
「失礼な事を考えてるみたいだけど君はお姉さんが君の隣に居るのを辞めて他の人について行ってもいいの?葉月とか」
「やだ」
「ふふん。それなら君も私の仲間だね。美人なお姉さんを独占していたい。縛りつけておきたい。と、今は君を籠絡してる場合じゃない」
上手く言いくるめられた感が否めないが、麗奈曰く俺も変態の仲間らしい。
麗奈は姉ちゃんに向き直ると、吐息が当たるくらいの距離まで顔を寄せ、姉ちゃんの瞳を見つめる。
「葉月?どうする?」
「……どうするって何をよ」
問いかけられた姉ちゃんは、乙女らしく頬を染めて麗奈の目線から逃げるように、キョロキョロと潤んだ瞳を動かしている。
「このままお姉さんと敵対して、悠太に嫌われるか。お姉さんの軍門に下ってお姉さんと悠太と仲良くするか」
「ぐぬぬ」
プライドの高い姉ちゃんがそんなことを言われれば、素直に頷くはずないだろ。
だけども、麗奈は今武器を2つ余計に装備している。
表情を自由に変えられて、声も出せる。
俺にとっては無表情、失声症ですら、こいつの武器だけども。
なんつーか、表情を作るのが上手い。目を細め、微笑を浮かべて、片方の口角をあげてる様は、何だかちょっとエロチックだ。
同じ顔、生き様、味の好み等々、菜月姉ちゃんよりも葉月姉ちゃんにそっくりの俺が好意を寄せている麗奈。
「……仲良くする」
「いい子だね」
姉ちゃんが落ちないはずが無かった。
弟以外の人間には見向きもしなかった春日葉月、陥落の瞬間だった。