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雨曇ショートショート  作者: ゆきんこさん
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夢の中で会えたら 2頁

夢の中で会えたら2


 枕を使う瞬間が刻一刻と近づいている。某忍者アニメで、48時間剣に刺され続けるという、残酷な幻術にかけられた先生の様に、俺が精神的にダメージを負っても、明日は日曜日だ。


 一日中麗奈に甘えて過ごせば気力回復も充分できる。あとは満を持して寝るだけで、夢の中の姉ちゃんに会える……かもしれない。

 


『不安そうな顔してるね』


 それでも拭えない不安を見事麗奈に言い当てられてしまった。


「悪夢を見るかもしれないって思ってさ」


『大丈夫。お姉さんがそんな悪夢はぶっ飛ばしてあげるよ(ง'ω'≡ ง'ω')ง シュッシュ』


「お前別に武闘派じゃないだろ」


『夢の中なら誰だってヒーローだよ。お姉さんだって琥珀みたいに戦える(ง'ω'≡ ง'ω')ง シュッシュ』


 そう言って麗奈は細腕でパンチを繰り出した。

 琥珀さんを見てるだけあって形は完璧だな。


「頼りにしてるぜ。人の夢に割り込めるのかは知らないけど」


『おでこを合わせて眠るとか(。-`ω´-)ンー』


「なんかの歌詞みたいだな」


『じゃあ抱っこして眠るとか(๑ ิټ ิ)』


「なんだよその気持ち悪い顔文字は。無しだ」


 と言うか抱きしめられてなんて眠れるわけが無い。ドキドキしっぱなしだっつーの!


『じゃあ、君がうなされたら起こしてあげる。お姉さんは今日、君のお守りをしよう( ´ࠔ`* )』


「それだとお前が寝不足になるだろうが」


『明日は日曜日!君が添い寝してくれるから平気!約束!』


「そばに居る約束はしたけど添い寝する約束はしてねえよ」


『ふふふ、じゃあ今約束。今夜君を見守るから君は明日お姉さんに添い寝する。OK?』


 いつも添い寝みたいなものだけど、言葉にされると恥ずかしくなっちまうんだよ。

 だが、背に腹はかえられない。こいつが助けてくれなきゃもしかしたら立ち直れないくらいの精神ダメージが待ってるかもしれない。


「わかったよ。頼んだ」


『お姉さんに任せて(๑•̀ㅂ•́)و✧』



 麗奈はガッツポーズで喜んだ。無表情だけども。


「2人で何を話してるのー?」


 菜月姉ちゃんが、風呂から上がり、髪を乾かし終えてパジャマ姿で寝室へと入ってきた。

 薄い水色のワンピースタイプのパジャマだ。

「なんか、んぶ」『明日のご予定の話だよ』


 夢枕の話をしようとしたが、麗奈に口を塞がれて止められた。


「お姉ちゃんには内緒の話ー?」

 それを訝しんだのか、姉ちゃんは眉を上げて聞いてきた。


『違うヾノ≧∀≦)イエイエ!明日は私たちの為に働いてくれていて日頃の疲れが溜まっている菜月の為に私と悠太と寝て過ごす予定を立ててた(´ー`*)ウンウン』


「何それー。それは労いっていうのかな?」


 姉ちゃんは顎に手を当てて宙を見た。


『疲れを取るには寝るのが大事だよ。そして運動も。午前中は寝て、午後から岩盤浴なんて如何だろう*⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝*ワンダホォォォォイ』


「良いわねそれ。じゃあ明日は奮発して外食もしちゃいましょ!麗奈ちゃんは何が食べたい?」


『お姉さんはお姉さんなので。君に選ぶ権利を譲りましょう(*´艸`)』


「悠太のお姉ちゃんは私だけどね!?麗奈ちゃんに姉ポジは譲らないんだからっ。それで?悠太は何が食べたい?」


 そこで俺に振るのかよ。姉ちゃんも俺に注目してるし。そりゃ肉だ肉、肉が食いてえ。

 でも姉ちゃんを労う会だったら姉ちゃんの好きな物を食べに行くべきではないのだろうか。姉ちゃんなら肉より野菜。そして麺類が好き。

 ただ、ここで姉ちゃんに話を振り返すほど俺も野暮ではない。


 ここは喜んで、俺の好きな物を言うべきか。

 待てよ?みんなの好物を満たす店があったな。

 しかもあそこなら俺の貯金から払える。


「焼肉食べ放題にいこう。焼肉クイーン。前に涼夏と麗奈と3人で行ったんだけど、あそこならアイスも野菜も麺類もある!」


『出禁になってなかったらね:( ;´꒳`;)』


 そっか、あそこで内藤の息子に絡まれたんだった。

 飯食ってるだけでナンパしてくるなよ。しかも性犯罪紛いのことされたし。


「出禁!?涼夏がお店の食べ物食べ尽くしちゃったの!?」


「そうだよ」


 俺が悪事を働いたという発想よりも先に涼夏の食べ尽くしを心配する当たり、俺は姉ちゃんに信頼されているのだろう。

 だけども今回は俺が店で揉め事を起こしたのが正解だ。でもしょうがない。ああしなくては麗奈や涼夏に被害が及んだに違いない。


 あの件については正当防衛だし、店の人にも何も言われなかったから、出禁って事はないだろ。だから涼夏に罪を着せておいた。

 

 

 俺が言うと、姉ちゃんは笑っていた。

 明日の予定が決め終わったので!3人でベッドに入り、部屋の電気を消した。

 

 左から俺、麗奈、姉ちゃんの順番だ。

 姉ちゃんが1人で寝られないのは引っ越してきてから数ヶ月経った今でも続いている。

 睡眠時間という無防備な時間を1人で過ごすのが不安で眠りにつくことが出来ないらしい。


 姉ちゃんもこの夢枕を使えば1人で眠れるようになるんじゃないか?そう思って姉ちゃんに言おうとした所をさっき麗奈に止められた。

 麗奈のやることだ。姉ちゃんに対する意地悪では無い事は確かだ。何か考えがあることはわかるが考えてみてもどうしてか分からない。


 俺はただ1度、葉月姉ちゃんに謝りたいだけだから1回使えばそれで満足だ。麗奈が使いたいから?麗奈も見たい夢があるのだろうか。


『おやすみ。いい夢を(*˘︶˘*)オヤスミ~。.:*♡』


「ああ、おやすみ」


 いけね、考えをめぐらせてる暇があったら早く寝ないと。

 俺は麗奈に返事を返して目を瞑った。




 ――――――――――――



生い茂った桜の木から花びらが散っている。辺りは静寂が支配していて、何の音もしない。否、俺の耳には聴こえていない。

 春と言うにはいくらか寒くて、厚着をしている。おかしい。季節は夏のはず。


 俺が着ている白かったパーカーは赤く濡れていて、その所為か、風が余計に冷たく感じる。


 だけども、涙がつたい、火照る頬だけは幾分か熱を感じた。


 目の前の事象に視線が固定されていて背景なんて目にも入らない。けれどもわかる。ここはあの日の公園。


 泣いて縋る俺の目の前には葉月姉ちゃんが力なく横たわっていて、葉月姉ちゃんを挟んで対面では、菜月姉ちゃんが俺と同じように涙を流していた。


 


 夢。分かってる。今日まで何回とこの光景を見てきた。

 犯人と姉ちゃんが戦ってるところが見れたなら、まだ犯人に辿り着く手がかりへの糸口になりそうだけども、姉ちゃんが戦っている所の記憶がすっぽり抜け落ちて残っていない。

 だからか、夢で見るのも、このシーンだけ。

 

 やっぱりそうなのか。俺はこの夢しか見れない。

 あの時、俺か、姉ちゃんが動けたなら弱っていく姉ちゃんを見なくてすんだのだろうか。


 夢の中でも体温が奪われていくのがわかる。やけにリアルだ。


「姉ちゃん死なないよな!死なないで!俺姉ちゃん大好きだから!」


 この後だ。もうすぐ姉ちゃんがこの世から居なくなる。

 夢の中ならヒーローになれる。麗奈はそう言った。小さな体を動かそうとしてみても、この夢は決まった未来への映像を見せられているに他ならない。この夢の中では、俺は無力だ。

 

 姉ちゃんは何故殺されなきゃいけなかったんだ。俺が弱かったから。年齢的に仕方ない。周りは言う。だけども、せめて俺が動けたなら違う未来があったかもしれない。


 菜月姉ちゃんから聞いたのは、葉月姉ちゃんは俺をおんぶして戦ったらしい。

 不意をつかれてナイフで刺され、それでも俺を守ろうと戦った姉ちゃん。


 姉ちゃんは俺の誇りだ。


 泣いて縋る俺と、菜月姉ちゃんを置いて、葉月姉ちゃんは18歳という若さで永遠の眠りについた。


 ――――――――――――


 姉ちゃんが亡くなった時の夢は始まりに過ぎない。

 これから始まるのは俺にとって本当の地獄だ。


 場面は切り替わって俺は今真っ暗な空間に一人立ち尽くしている。

 この空間は空気はジメジメとしていて蒸し暑く、鉄の匂いと言ったらいいのだろうか。血の臭いに溢れている。

 どれだけ進もうと終わりは無い。知っている。そんな事はもうなんどもなんども試してきたから。


 臭いや、体に纏わりつくようなジメッとした暑さだけでも不愉快で、直ぐに逃げ出したくなる。


 諦めたわけじゃない。いや、実のところ諦めている。だけどもさっきの夢のように勝手に足が動いちまう。

 1歩進むと足元の水面がヌルりと揺れる。真っ暗な闇の中、目を凝らさなくてもわかる。鉄の匂いの正体がこれだ。


 生暖かくて、ドロっとしている。


 2歩3歩と進んでいくと足首ほどの深さから段々と深くなっていく。


「足を止めちゃダメだよ」


 姉ちゃんの声が聞こえる。俺に同じところに来いって誘っているんだ。

 逝けるなら行きたいよ。


「君だけ好きな人を作ってズルい。お姉ちゃんと結婚するって言葉は嘘だったの?」


 今はそれ以上に生きたいと思っている。

 姉ちゃんと結婚する。その言葉に嘘は無い。洗脳に近しいものだったが、少なくとも幼少期の俺は本気だった。


「お姉ちゃんは今でも刺されたところが痛い」


 俺に気取られてさえ居なければ、避けれたかもしれない。

 ごめんなさい。


「許さない。私は君の事を許さない」


 ごめんなさい。ごめんなさい。


「君の大事な人を奪おうか?」


 ごめんなさい。


「なら君がお姉ちゃんと同じ所にきてよ」


 血の海の中に腰あたりまで浸かった。ここで俺に許されているのは謝罪だけ。

 いつもはこの辺りで夢から覚めるのだが、一向に覚める気配はなく、姉ちゃんの恨み言に謝罪をしながら歩みを進めていく。


 姉ちゃんはそんな事言わない。

 俺の深層心理で抱える罪悪感が夢の中の葉月姉ちゃんに、こんな恨みつらみを言わせている。

 

「お姉ちゃんも生きたかった」


「ごめんなさい」


 俺も生きて欲しかった。葉月姉ちゃんと麗奈は似てるところもあるから仲良くなれたと思う。


 顎下まで浸かった。これ以上進んだら死ぬ。認識してからようやく体が動くようになった。


「やだ!まだ死にたくない!」


「お姉ちゃんのところに来よう。それで2人で幸せに過ごそう?」


 反対方向に向けて歩き出したところを後ろに引っ張られた。


「いやだ!俺は生きたい!」


 姉ちゃんを振りほどきながら首を回して後ろを確認する。血に濡れて体は刺し傷だらけの姉ちゃんが、俺を沼に引き摺り込もうと、鬼の形相で俺を引っ張っていた。


「ズルい!死ね!こっちへこい!」


「いやだ!怖い!怖いよ姉ちゃん!」


「黙れ!何もしてくれなかった癖に!遺品だって燃やしたでしょ!」


「ごめんなさい!ごめんなさい!」


 振りほどいても振りほどいても、姉ちゃんの腕は俺を離さまいと絡みついてきて、徐々に沼に引きずり込まれていく。

 口は既に沼に浸かっており、姉ちゃんに、離して、ごめんなさい、って言おうとしても、口の中に鉄の味が広がり、ガボガボと音を立てて掻き消える。

 

「お前も大事な人と一緒に居られない苦しみを知れ!」


 一緒に居る。約束。どんなピンチが訪れても必ず生きる選択をする。

 不意に麗奈との約束が、頭をよぎった。


「やっと諦めてくれたァ?」

 姉ちゃんのニタニタとした笑い声混じりの声が聞こえた。

 俺が体の力を抜いたからだ。

 体の空気を出し切り、沼底でしゃがみ込む。引きずり込もうとして抵抗していた俺が自分から沼底へと沈んだからか、姉ちゃんの力が緩んだ。


 そして沼底を思い切り蹴って、飛び上がる。


「れいなぁああ!助けてくれぇえ!」


 俺は叫んだ。力の限り。

 助けを求めるなんて情けない。けれども、起きてるであろうあいつに縋り付くしかない。


 寝言でも言っててくれればいいけどな。


「麗奈!麗奈!麗奈ぁあ!」


「その女の名前を呼ぶなァ!」


 岸に向かって走る。走っているつもり。

 後ろを姉ちゃんが怒りながら追いかけてくる。


「絶対に許さない!お前を殺してやル!」


「葉月姉ちゃんはそんな事言わない!お前は姉ちゃんじゃねえ」


 牽制だ。振り返りざまに拳を放つと姉ちゃんの顔にあたって、弾けた。

「痛い!イタイイタイイタイイタイィィ!」


「ひっ!」


 文字通り姉ちゃんの顔は弾けた。拳の当たったところだけドロドロに弾けた。

 怖い。足が動かない。姉ちゃんだったものは血の沼から無数の手を生み出して、こっちに向かって放った。



 抵抗することすら許されず、俺の体は捕らえられて、ずるずると沼の深い方へと引き摺られていく。


 体は動かない。万事休すか。でも、口は動く。叫べ。大丈夫。


「麗奈ぁあ!!!!」


「聞こえてるよ」


「はへ?」


 俺が叫ぶと暗闇を照らすように麗奈が現れて、俺を無数の手から解放してくれた。

「君を助けに来たよ。お姉さんを信じて」


 麗奈は俺にそう言って姉ちゃんだったものへと向かって水面を走り出した。


 俺の不安は麗奈が消してくれる。夢だけじゃない現実でも。


「くらぇえ!失神キック!」

 姉ちゃんの元へとたどり着いた麗奈は、琥珀さんよろしく胴回し蹴りを放った。

 その蹴りは失神キックじゃない。頭蓋骨粉砕キックだ。

 麗奈の蹴りを食らった姉ちゃんだったものは弾けて、ドロドロの沼に混ざり消えていった。


 マジかよ。本当にやっちまった。



 

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