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雨曇ショートショート  作者: ゆきんこさん
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夢の中で会えたら 1頁

夢の中で会えたら1



 夢の中でも良いから会いたい人間と会えたら。そう思ったことは無いだろうか。

 芸能人だったり、好きな人だったり、尊敬する昔の偉人だったり、亡くなってしまった大切な人だったり……。

 

 葉月姉ちゃんに会えたらどんなにいいか。俺が見る夢と言えばもっぱら悪夢ばかり。最近は、自称お姉さんこと、秋山麗奈や友達が傍に居てくれるので悪夢を見る回数は減ってきた。


 俺だって何も試さなかった訳じゃない。本で読んだ話では、枕の下に会いたい人の写真や、その人をイメージ出来るものを、置いて寝ると会えると書いてあった。


 家にあった遺品や写真は全て、俺が焼いてしまったので残ってはおらず、唯一スマートフォンの中に残っていた写真を画面を起動したまま置いてみたが、姉ちゃんが夢の中に現れることは無かった。


 夢の中でもいい。姉ちゃんに会って謝りたかった。

 遺品を燃やしたこと、4年もグレていたこと、墓参りにいかなかったこと、これから姉ちゃんの教えに背くことも。


 よく考えなくてもわかる。俺の謝りたいことが人としてどうかと思う事だから姉ちゃんも会いたくないのだろう。


 姉ちゃんの立場なら普通に、そんな姉不幸な奴二度と顔もみたくねえ。

 その思って当然だ。姉ちゃんは命をかけて俺を守ってたのに、それを踏みにじる様な最低な行為をしたのだから。


 好きだから、俺という人間の人格形成に多大な影響を与えた姉ちゃんだから、いなくなった現実を忘れたくて遺品を燃やした。なんて、俺の口からいくら語ろうとも言い訳にもならない。


 事実に向き合えた今だからこそ。謝りたい。のだが、後の祭り。謝りたいのだって姉ちゃんからしたら罪を軽くしたいが為の自分勝手にも思える。

 だから、今日も心の中で念じる。


 姉ちゃん、ごめんなさい。いつの日か姉ちゃんに届きますように。


『ボーっとしてどうしたの?』


 パッと目の前に差し出されたスマホのライトに目を刺激され、現実に引き戻された。

 ここは俺の家。正確には菜月姉ちゃんがクソ親父から譲り受けた家だ。


「……おう、麗奈か。ちょっと考え事」


 秋山麗奈、俺の自称お姉さんが目の前にいた。


 麗奈は青く艷のある長い髪を垂らしながら、ソファーに座っている俺を中腰で心配そうに覗き込んでいた。


 心配そうとは、俺が彼女の感情を感じ取っただけで、俺の視界にドアップで映っている麗奈は無表情だった。

 麗奈は喋れないし、表情が変えられない。先天性のものじゃなくて後天性、強いストレスが重なってそうなった。

 ストレスの原因は、家庭崩壊。うちの姉ちゃんが亡くなった日に、麗奈の妹の真姫ちゃんも亡くなった。


 事故じゃない。通り魔による犯罪だと世間では報道されている。

 

 妹が亡くなり、事件の被害者となった秋山家は可哀想な家族と噂をされるようになり、父親が働きに行けなくなった。

 元々貧乏な家庭だったので、直ぐにそのままでは生きていけなくなり、父親は自殺。

 母親は男を作って出ていったとか。その事も父親が自殺をした原因だったのだろう。


 不幸に不幸が重なり合った結果。彼女は声と表情を失った。


『君は時々そうやってボーっとしてるけど、何を考えてるの?お姉さんの事とか?(*´艸`)』

 

「半分正解で半分間違いだよ。葉月姉ちゃんのこと。それより午前中どこに行ってたんだ?」


 いつも一緒。ほぼほぼ。離れてる時間は高校で授業を受けている時と風呂に入る時くらいな、こいつが俺を置いて出掛けるなんて早々ない。

 

  この春偶然出会ったこいつと、最初にした約束が『傍に居る』だ。

 俺は当然のごとく、適切な距離を保って、傍に居る。とかそんな約束だと思っていたのだが、麗奈は違った。


 

 俺は海外に売られそうだった同級生を、助けようとして無謀にもヤクザの組事務所に、突撃をかました事がある。

 武器は金属バットのみ。善戦はしたが多勢に無勢。あと少しの所で殺されるかと思った。

 まあ、そこのヤクザの娘である、山本沙織と幼なじみの雪兄に助けられた。

 喧嘩の中で腕を折られ、地面に頭を叩き付けられたりしたから数日入院することになったのだが、麗奈は片時も俺の傍を離れなかった。


 不慮の事故で俺の足が折れて、入院期間が数週間伸びたにも関わらず、ずっとだ。


 例を挙げると他にもあるが、そのくらい麗奈は約束を守ろうと、何時でも隣にいる。


 だから今朝朝食を食べ終えてから俺を置いて『出かけてくる∥д・)ソォーッ…』と言って家から居なくなったのを不思議に思っていた。


『少し用事がね:( ;´꒳`;)』

 飽くまでも用事が何だったのかは内緒か。約束の中に隠し事は無し。なんてのは盛り込まれて無いから仕方ない。


「久しぶりに一人の時間を過ごしたから、なんか新鮮だったよ」


『ふふふ、寂しかった?( ´ࠔ`* )』


「まあ、ソワソワするよな」


『置いてってごめんね(*-ω-)ヾ(・ω・*)ナデナデ』


「別に麗奈だって1人になりたい時くらいあるだろ」


 逆は1人になりたくても着いてくるけども。でも、俺にとってはそれが心地良いかったりもする。最初こそ少し鬱陶しく思った時もあったけど、それは時効という事で。


『違うよ?君と離れ離れになりたかった訳じゃない:( ;´꒳`;)沙織と取り引きがあって、2人で会う約束だったの』


「沙織さんと取引か。あの如何わしい小説か?」


『あれはお姉さんにとっての聖書。でも違うよ』


「布教はするなよ?身内の恥を他所にだすなよ?」


 表紙の登場人物がやけに俺と麗奈にビジュアルが似てる本を読んでると思ったら、まさかの俺と麗奈がモチーフになった官能小説だった。作者は山本沙織。

 あんなものを聖書代わりに布教してまわられたら外を歩けなくなるまである。


『しないよ?あれはお姉さん専用の本だから』


「あの本は世界に1冊なのか?」


『同志沙織とお姉さん1冊ずつだから2冊だね。でも、お姉さんの見直しが終わったら発売しても良い?』


「良いわけがねえだろ」

 麗奈の両手でほっぺを摘んで左右に引っ張る。おお、表情筋が固いのが嘘みたいに柔けえ、癖になりそう。


『でもお小遣い貯まるよ?マージン7割貰うからガッポガッポ( ´ࠔ`* )』


「身内の恥を晒して稼がなくても、お前がモデルとかやった方が稼げると思うんだけど」


『お姉さんが綺麗ってこと?』


 麗奈は無表情で首を傾げた。

 綺麗だよ。口からでかかった言葉は喉につっかえて止まった。キザなセリフが俺にも言えたらいいのだけども、小っ恥ずかしくて言えない。

 ちくしょう。俺の憧れるかっこいい大人の男なら言えるはずなのに。






 

 いや、ここでしり込みしてどうするんだ。春日悠太お前はデキる男だろうが。


「ききききれいだな」


 なんで吃ってしまったんだ。キメ顔した分だけ恥をかいた気がするぜ。


 あれ、吃ったと思ったのは俺の勘違いだったのだろうかと、思ってしまうほど、麗奈は顔を赤くして、大きな目をぱちくりしている。


『……ありがとう(/// ^///)』


 なんだか気まずくなって2人して顔を逸らした。

 これで本の出版は阻止できたのだろうか。麗奈がモデルとしてデビューする日がくるのだろうか。

 もし仮にデビューするような事があればマネージャーは俺。付き人には伏見さんみたいな筋肉隆々な人を抜擢したい。


 そのくらい用心して然るべきだろ。芸能界に触れると言う事は闇に触れるってことだ。偏見だけども。

 

「……とりあえず座れば?」


『うん、隣失礼するね』


 いつもならぴったり寄り添うようにくっついてくるのに、拳ひとつ分くらい開けて、麗奈は隣に座った。


 顔が熱い。今更素直に容姿を褒めて、こんな反応が返ってくるとは思わなかった。

 可愛い。綺麗。容姿を褒める言葉なんて、耳にタコができるくらい聞いているはず。2年の綺麗な先輩って噂だってそこそこ耳にすることがある。

 それこそ俺と出会うまでは、よく告白されたいたって琥珀さんからも聞いた事もある。

 綺麗なんて思ったことを恥ずかしくて、口に出すのをしり込みしてしまう俺なんかよりも、余程歯の浮くようなセリフを素面で吐くようなイケメンもいただろう。


 それがなんで、キョドり気味の男から言われた一言で、乙女のような反応をしたのか。


 麗奈も少なからず俺の事を想っていてくれてんのかなー、なんて思ってもみたり。

 いやいやいや、勘違いするな。麗奈は俺を家族だと思って接してくれてるんだ。俺なんかが好意を抱いていいような存在じゃない。


『君は何を考えているの?』


 それって今?なう?もしかして俺の好意が気付かれた?

 普段から俺の顔みて考え読んでくるもんね。あー、オワタ?終わったのか?


「今か?」


 今の俺は煩悩だらけだ。出来ることならば深く言及はしないで頂きたい。


『ボーっとしてる時。何を考えてるのかなーって』


「そっちか」


『そっちって?何か変なこと考えてたの?』


「変な事なんて考えてねえよ!お前があまりにも可愛い反応したから恥ずかしくなってただけだっての!」


『だって君はおふざけのテンションでしか、お姉さんの事を褒めてくれない。なのにあんな可愛い顔されたら照れちゃう(/ω\)』


「うるせぇ!俺が言わなくても綺麗だ可愛いだなんてお前は言われ慣れてんだろ!」


 姉ちゃんとか千秋もよく言ってるしな!


『言われる回数よりも誰が言ってくれるかだとお姉さんは思います|´-`)チラッ』


「俺に言われると嬉しいのか?」


『嬉しい』


「そ、そうか。てっきり気持ち悪がられるかと思ってたぞ」


『お姉さんが?何故?君が気持ち悪いなんて有り得ない』


「その、なんつうか。俺が毎日のようにお前を褒めたとするだろ?他と同じになっちゃうんじゃねえかって思ってさ」


 俺の見てくれが女みたいで、男らしくないから麗奈の傍に居られるのに、いくら約束があっても俺が男を出した時点で離れてしまうのではないか。


『君だから嬉しいのに。いらない心配ばかりして馬鹿なの?』


「しょうがねえだろ。お前の隣、居心地がいいんだから」


 好きだから大事にしたい。これに尽きる。


『今度から1日1回。お姉さんのこと褒めてくれてもいいよ(*´艸`)』


「キョドっちゃうからやだよ」


『それが可愛いのに。君の可愛いところを沢山見せて欲しいって、お姉さんが思ってるんだからいいの』


「アホか。俺はかっこよく……なんでもない」


 なんだろ。葉月姉ちゃんのこと考えてたからちょっとおセンチなのかな。

 麗奈のことを考えるとかっこよくなりたいなんて言えなくなっちまった。


 ちくしょう。いつも通りじゃねえから怪しまれちまうか?


 そんな事を考えていると強制的に視界が揺らされた。

 暖かく柔らかいが、同時に固い骨の感触が頬に当たる。トクントクンという音が、麗奈が生きている証拠を示す一定のリズムで聞こえる。


『君は時折弱くなるね。元々強い方ではないけど。大丈夫。君はめちゃめちゃかっこいいよ』


 こうして貰っていると本当に落ち着く。


『君の様子がおかしくなるのはいつも1人でボーっとしている時、だね。今日は何を考えていたの?』


「葉月姉ちゃんのこと」


『そう。葉月のことを考えてたんだ』


「うん」


『お姉さんの事だったら嬉しかったのに。でもそうだね。葉月は君の初恋だもんね』


 初恋。洗脳だけれど初恋には間違いない。


「そういうんじゃなくて、夢だけでも姉ちゃんに会えたらなーなんて考えてたんだよ。謝りたい事があってな」


『謝りたい事?』


 麗奈は気になったのか。顔をぐいと寄せてきた。


「少し、まああるんだよ」


 麗奈には遺品のことは言えない。知ったらきっと軽蔑されてしまうから。


『無理には聞かないよ(*॑˘॑*)゛ウン人には後ろめたい事の一つや二つあるからね』


「お前にもあるのか?」


『ないよ?お姉さんは君に隠し事はしない( ´ࠔ`* )でも大丈夫。例え君が悪い事をしても、お姉さんの下着で1人いそしんでいたとしても……お姉さんは君の味方だ( • ̀ω•́ )ゞ』


「悪い事はしたけど、後半のは考えた事もねえよ」


 そんな暇は無い。だってこいつ今日みたいな日がない限りずっと隣にいるもん。

 俺だって男だから性欲はある。むしろ強い。誰よりも美人なこいつが無防備な姿ばかり晒してくるから、劣情を催すこともある。


 風呂に入る時、これみよがしに下着が置いてあるんだぞ。だけども、いつ引き返してくるか分からない以上手を出すのは憚られる。

 実際にスマホを忘れて戻ってきたこともあった。


 トイレに入れば毎回のごとく着いてくる。俺が恥じらう姿を見ながら悦に浸るこいつは、俺が終わったタイミングで、たまに自分も排泄をしようと交代を申し出てくる時がある。


 その時は下着に手をかけたタイミングで、全身全霊でトイレから飛び出るのだが。


 

 手を出したくなる気持ち。それら全て理性で押さえ込んできた結果、俺は強靭なメンタルを手にしたのだ。


 だって麗奈は家族だもん。ずっと傍に居てくれるって約束してくれたこいつを俺は一時の衝動で汚したくない。


『君は優しくて可愛いね』


「可愛かねーよ。俺は男だっての」


『そんな可愛い君にはお姉さんからプレゼントを上げよう』


「可愛いゆーな!ぶふ!」


 反論している最中に麗奈がカバンから何かを取りどして俺の顔に押し付けてきた。

 暖かくてふわふわな何か。


「何コレ……枕じゃん。何無駄遣いしてんの?」


 手触り、感触、ともに良好で高そうな枕だ。

 だが、うちの枕は買ってからまだ数ヶ月しか経っていない。

 衝動買いとしては無駄遣い感が否めないような気がする。


『非常にホットな商品だよ』


「電熱式ってことか?見たところ電源ケーブルは見当たらないけど」


『そういう意味じゃないの。これはね。夢枕って言うの』


「なんだそりゃ。うさんくせえ」


『夢で会いたい人に会える枕。と言われても君は喜ばない?』


「本当だったら嬉しいけどさ。ドラえもんの道具じゃないんだから、そんな都合のいい商品あるわけねえだろ。返してこい」


『君はお姉さんのこと……疑うの?(´;ω;`)』


 麗奈が上目遣いで俺の事を見てくるが、無表情で、三白眼になってるから、睨まれているようにしか見えない。


「お前を疑ってる訳じゃねえよ。ただ、騙されてるんじゃないかってさ」


『騙されてないよ。夢の中で君に会えたもん』


 実証済みか。それなら試してみる価値はあるか?あれ?待てよ?


「販売員の性別は」


『女性だよ?』


 なら安心。男性恐怖症のこいつが男の前で無防備に寝るわけないが。

 ……思ってて悲しくなってきた。


「じゃあ、物は試しだ。早速今日使ってみるよ」


 『ねえねえ(。・ω・)σ゛ツンツン心配した?お姉さんが男の人の前で寝てないか心配した?』


 麗奈が俺の頬つついてくる。からかわれると胸の辺りがザワつくので、あまりからかわないで欲しい。


「お前のガードの硬さは信頼してるよ。でも少し心配した」


『ふふふ、素直でよろしい。今日の夜、楽しみだね』


 俺の頭をポンポンと叩いて、麗奈はトイレに行くためソファーを立った。

 

 1人になったリビングで、ゴクリと喉を鳴らして唾を飲む。

 これが本当に夢を見せる枕だと言うならどんな夢を見せてくれるのだろうか。

 いつも見る悪夢も、俺が深層心理で抱える罪悪感が映し出したものだとしたら、この枕も悪夢を見せてくる可能性が充分にある。

 あの時の、姉ちゃんが息を引き取る瞬間の夢を延々と。


 

 

 

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