雨降りと君と傘
雨降りと君と傘
雨と言うのは素晴らしい。と言うのは言い過ぎだとは思う。
だけども、俺は今この瞬間、予報通りの雨に感謝している。
何故かと言うと「はぁ、急に降られるなんてついてないわね」隣に静華が居てくれるから。
水色の髪を肩まで伸ばして、冷たい雰囲気を受けるクールな表情の、宝井静華は俺の幼馴染で、か、彼女である。
静華は前髪から滴る雨水で膝を濡らしながら、忌々しげにどんよりした空を眺めて恨み言を呟いている。
そんなに嫌じゃないどころか、有頂天な俺とは対極的だ。
「俺は別に嫌じゃないけどね」
「海は相変わらず雨に濡れるの好きなの?」
そんなに子供じゃないよ。しかもそれって嘘だし。
小学生の頃に傘を忘れた静華に、貸しただけ。
男子小学生が、女子と相合傘をしてるところをクラスの友達に見られたら、弄り倒される。
それが嫌で一緒に帰ろうと言ってくれた静華に『僕は雨に濡れて帰る!天然のシャワーだよ!』なんて言いながらダッシュで帰った。
懐かしい。次の日風邪を引いたし、母さんに傘を無くした事を数時間に渡って怒られたのを今でも覚えている。
「嫌いじゃないよ」
「変わってるね。私は雨の日は髪が跳ねるから嫌かな」
静華はそう言って跳ねた毛先を伸ばして離す。伸びた毛先はまた、元通りくるっと丸まった。
「ほらね?」
「静華は天パーだもんね」
小学生の頃はショートで、ふわふわな髪だった。あれはあれで可愛かったんだけどね。
「うん、唯が羨ましいよ」
「艶々のストレートだもんね」
「後麗奈さんも」
「それなら悠太だってストレートだ」
悠太は俺達の命の恩人兼、俺の親友で、性別は男だけど、女の子みたいに可愛いんだ。
本人は自分の見た目もカッコいいって自分に言い聞かせてるみたいだけど。
「確かに、あのキラッキラな金髪ストレート、初めて会った時は男装女子かと思った」
「本人が聞いたら怒るよ?」
よく女の子扱いをされて怒っている。俺は見たことないけど、同居人の麗奈さんに、女装させられているとか。
「いいのよ。彼のは誘い受けでしょ?」
「あはは、結構嫌がってるよ」
涼しい顔の静華に苦笑いで返した。
「ねえ、海はなんで雨が好きなの?」
思い付いたように、静華が質問を投げかけてきた。
「違うよ。雨が好きなわけじゃないんだ」
「そう、じゃあなんで嬉しそうにしてるの?」
「俺の幼馴染がさ、傘を忘れがち。だからかな」
今日は俺も忘れたわけだけど。
「何それ。私のミスが面白いわけ?」
伝わらないよね。雨で不機嫌なのに、むしろより一層不機嫌にしてしまった。
「そんな性格悪くないよ、俺」
「びっくりしたよ。いっつも優しいのに、意地悪な事言うから」
「あはは、そう聞こえちゃうよね。でも、本当なんだ。静華が傘を忘れると、俺は嬉しい」
「また言った。むー。意地悪じゃないとしたらなんなわけ?」
「俺は悠太程カッコよくは無いから、ハイスペックな静華にカッコつけれるのは嬉しいんだ」
普段から色んな事を完璧にこなす静華に、雨の日は唯一俺がカッコつけられる日なんだ。
「へ、へー。じゃあ傘を渡して来て、一緒に帰ろって言ったのに、私を置いてダッシュで帰ったのも?」
「う、噂されると恥ずかしいじゃんか。小学生なんて男子も女子も色恋沙汰があると茶化すんだから」
「ずっと、雨に濡れるのが好きなんだと思ってたよ。そっか、長年の謎が解けた」
「ん?」
「雨が好きなのに、なんで毎回傘を持ってるんだろうって」
「静華に貸す為だよ」
「私が言うのもなんだけどさ。折り畳み傘とか持たなかったの?」
「濡れながら走り去った方がカッコいいじゃん?」
結果風邪を引くわけだけど、静華も呆れた顔してる。
「おばさんには怒られなかったの」
「最初は無くしたって言ったら怒られた。でも静華が返しに来てくれたでしょ?すんごく茶化されたよ。あんたも男の子なのねってニヤニヤしながら」
嫌な気持ちになったのは言うまでもない。
「おばさんらしいね。でも今日は傘がないのに嬉しそうだね」
「静華とのんびりできるからね」
静華の顔が赤くなった。
彼女と一緒なら、雨で帰れないこの状況も楽しい。
「ふ、ふーん。私も……嬉しい、かも」
このように彼女が狼狽えるのは珍しい。
男らしいとは程遠い俺が彼女に対して優位に立てる場面なんて皆無だからね。
「唯一カッコつけられるってさっき言ってたけど、海は充分かっこいいよ」
静華はお世辞を言うタイプじゃないけど、この発言だけは信じ難い。
「私が連れ去られそうな時、体を張って守ってくれた。あの時の海、めっちゃかっこよかったよ」
「ボッコボッコにされちゃって、悠太に頼るしか無かったわけだけど」
しかも出会って数日の悠太に。友達がいないわけじゃないけど警察に電話するよりも先に思い浮かんだのが悠太だったんだよね。
実直で、正義感の強い悠太は立花先生とヤクザの事務所に乗り込んでいって、静華の為に戦ってくれた。
「それでもかっこよかったの。私だけが知ってる海のカッコ良さだから海が分からないのもしょうがないね」
そう言って静華はいたずらっぽく笑った。
「なにそれー」
「気にしなくていーの」
私分かってますから。と言いながら静華は立ち上がった。
「おいで」
「静華がおいでよ、ビシャビシャになるよ」
静華は屋根の下を出た。ザーザーと天然のシャワーが降り注いでいる空の下で、手を差し出して俺を誘っている。
「意外と気持ちいいね。雨」
そうそう。全身が濡れちゃったらふっきれちゃうんだよね。わかるよ。今までずっとそうだったから。
ここに居ても止みそうにないし、何よりこのままだと静華が風邪を引いてしまう。
俺も、静華に習い1歩踏み出して、彼女の手を握った。
「でも、今度からは相合傘で帰ろ。恋人なんだし。もう良いでしょ?」
「そうだね。カッコつけはもう終わりかな?」
「静華。入ってけよ。ってキザな感じで誘ってくれてもいいよ」
「それはもう俺じゃないでしょ」
全身がびちゃびちゃに濡れた俺たちは、手を繋いで笑い合いながら帰路へと着くのだった。
雨で張り付いたワイシャツを凝視してしまってビンタをされるのは数十分後の話し。