金髪の男の娘とあきゃーみゃれいにゃ !
「取り敢えずここに入って大人しくしといてくれ」
パーカーのフードを指差し伝えると、れいにゃはおずおずと俺の体をよじ登ってきてフードへと収まった。
ふむ。可愛いじゃねえか。
「ん?」
れいにゃが頭をペチペチ叩いてきたので振り返る。眼前には文章の書かれたスマホの画面があった。
『首締まらないの?・ᴗ・;』
「軽いからな。大丈夫」
『というか、フードに隠れる意味は……?』
「一応姉ちゃんに見つからねえようにしないと。ほら、心の準備が必要だろ?」
『不束者ですが、よろしくお願いします(*・ω・)*_ _)ペコリ』
「結婚の挨拶かよ」
心の準備もとい言い訳の準備は必要だ。姉ちゃんになんて説明するか。
いくら姉ちゃんが天然とは言え、どう見てもこいつは、幼女。猫耳、しっぽ付き。
心の病院、もしくは警察に突き出されるのがオチだ。
あるいわ、こいつはあきゃーみゃれいにゃ。それ以上でもそれ以下でもない。
こいつの自己紹介で押し通すか?だめだ。隣に住んでる幼なじみを連れてきてボッコボコにされちまう。
『……お姉さんと結婚、する?』
「馬鹿か。俺はロリコンじゃねえっての」
『あきゃーまゃれいにゃ。17歳』
「見た目の話だよ」
『胸の話かこのやろー!!!』
「ちげぇよ、いてえ!やめろ!やめろって!お、おい!髪が抜ける!」
全身を揺さぶって、大人しくさせてやった。
「……スマホで殴るのは卑怯だろ」
しかも、最初は素手で殴ってきたのに、俺にダメージがないって気づいてから。
『君だってお姉さんを振り落とそうとした( #`꒳´ )プンプン』
「髪掴んできただろうが」
禿げるかと思ったわ。
『君がお姉さんの胸を馬鹿にするから』
やれやれ、とれいにゃが腕を広げ、首を振った。
「ちげえよ、全体的なフォルム。ロリは範囲外だ」
『お姉さんはお姉さんだよ?』
「お前が身長高かったら……」
なんだ?……この脳裏をよぎる違和感。
大人版のれいにゃの姿がくっきり浮かんだぞ。
『大丈夫?ボーッとして、呼吸も荒いよ?』
「あ、あぁ、大丈夫だ」
なんで俺は動揺しているんだ。わかんねえけど、チクチク痛みだしてきた胸の辺りを手で抑え、上がってきた息を整える。
「行くか。念の為髪で隠すから、合図をするまで大人しくしといてくれよ?」
『お姉さんそれ得意。任せて』
小さな手でグッドサインを向けてきたれいにゃの頭を撫でてから、髪でれいにゃを隠す。
よし、カモフラージュは完璧。いざ姉ちゃん。
眼前へと迫ってきた我が家の門へと手をかけた。
――――――――――――――
家に入ると、まずは買ってきたものを置きにリビングに入った。
姉ちゃんはソファー。視線はテレビ。俺が声を掛ければ直ぐにこちらに向き直るだろうけど大丈夫。バレるはずがない。さあ、声をかけるぞ。
「ただいま」「へくち!」
俺が言ったのと、背中で可愛らしいくしゃみが聞こえたのは、ほぼ同時だった。
首にぬめりけのある生暖かい液体の、それはそれは不快な感触が張り付いているから、幻聴では無さそうだ。
「悠太おかえり〜寒かったでしょ?」
姉ちゃんが心配そうに歩いてくる。
くしゃみは聞こえて無かったようだ。だけども、まだ安心は出来ない。奴が大きく息を吸い込んで次弾を装填している……。
「姉ちゃん来るな!」
「えっ」
突然の拒絶に、悲しそうな表情を浮かべる姉ちゃん。
「あ、いや、なんかくしゃみが出てて、風邪引いてるかもしれないから」
「くしゅん」「くちゅん」
我ながらなんとも良い言い訳を思いついたのだろう。
これなら後ろのれいにゃのくしゃみに合わせて、俺もくしゃみをすれば姉ちゃんには聞こえない。
それに姉ちゃんを遠ざけたとしても自然だ。
不快な感触が増えたのは言うまでもないが。
「えー!悠太風邪!?大丈夫?熱は?」
姉ちゃんは構わず寄ってきて手のひらを俺の額に当てた。
「熱はないよ。くしゃみだけ、寝てれば治るから2階で休むわ」
ここで焦ってはいけない。いらん心配をかけて申し訳ない気持ちはあるが、嘘をつく時は突き通す。これ、鉄則。
「添い寝してあげようか!昔みたいに」
姉ちゃんの添い寝……嬉しく無いこともない。が今日はその申し出は受けられない。ちくしょう。
「ばっか、もうガキじゃねえっての」
「遠慮しなくていいよー」
「風邪が移ってもいけねえから一人で寝るよ」
さっさと引き上げねえと、奴が次弾を再装填してやがる。
渋る姉ちゃんを置いて、後ろを振り返った。
「へくちん!!!!!」
さっきよりも盛大なくしゃみが聞こえた。次の瞬間、フードが軽くなった。
落ちやがった。くしゃみをした反動で。ずるりと。音もなく。
振り返るのが怖い。無論れいにゃの怪我を見るのがではない。れいにゃは猫だから大丈夫だろ。
姉ちゃんがどんな表情をしているか。それに尽きる。
俺の体をもぞもぞとれいにゃがよじ登っている。
沈黙だ。姉ちゃんも何も言わない。もしかしたら思考停止しているのかも。
なら何事も無かったかのように部屋に戻れば、姉ちゃんの気のせい。という事で誤魔化せるかも。
れいにゃは元通りフードに戻ってきた。さぁ、部屋に戻ろう。
1歩も踏み出すことが出来ない。背中から強烈なプレッシャーを感じるぜ……。
「ごくり」
喉を鳴らして息を飲む。恐る恐る振り返る。そしてまた前を向く。
やべぇ、一瞬しか見えなかったが、俺を射殺さんばかりに見開かれた目、ありゃマジギレだ。
「……なんで」
絞り出したかのような低い声だ。めっちゃキレてんじゃん!
おつかいに時間をかけ、風邪を引いたと嘘をつき、あまつさえ捨て猫を無断で拾ってきたとあればマジギレされても仕方ないか。
…………今から謝っても間に合うかな。いや、これ以上罪を重ねることはない。素直に謝ろう。
謝ってれいにゃを見せてキチンと承諾を得よう。れいにゃの懐きようを見れば姉ちゃんも誘拐などと勘違いする事はないだろ。
「こら、着いてきちゃダメだって言っただろ?」
覚悟を決め、フードかられいにゃを取り出し、振り返って出たのはくだらない自己保身の言葉だった。
だけども、くだらない自己保身も姉ちゃんには届いていないのか。一切の動きがない。
姉ちゃんとは反対にれいにゃはガックリと肩を落とした。
「……」
れいにゃが無表情にジトっとした目で俺を見ながら、口パクでスマホを要求している。
「…………あの時……たしかに……」
姉ちゃんが何かを呟いている。もしかして怒ってない?
寧ろ心ここに在らず?
「…………」
「頼んだぞ」
尚も無表情でスマホを催促してくるれいにゃに、スマホを渡し、余計な事を言わないよう一声かけてから視線をあげる。
怒っている。と言うのは勘違いだったようだ。
見開かれた目は驚いていただけ。姉ちゃんは心ここに在らずと言った様子でポツポツと何かを呟いていた。
『なんかびっくりして動揺してるみたいだね。今ならただいまって声をかけたら、無かった事に出来るんじゃないかな笑笑』
天然と名高い姉ちゃんでも流石にそうはならないだろ。
れいにゃの提案に黙って首を振る。
『でも固まったままだし、多分いけるとお姉さんは思う(´ー`*)ウンウン』
確かに姉ちゃんは固まったまま、瞳に俺たちが映ってはいるものの、ただ見ているだけ。
ならここは……。
姉ちゃんには黙ってリビングを出た。