金髪の男の娘とあきゃーみゃれいにゃ
「なんだお前。捨て猫か?」
そいつは俺を見て、うんうんと頷いた。どうやら言葉が通じるようだ。
体は人間の子供、全長にして大体60cmくらいだろうか。フランス人形のような綺麗な顔立ちに無表情。
ぱっちり二重の瞼に大きなオレンジがかった黄色い瞳は真っ直ぐに俺を映している。
青い髪は腰あたりまで伸びていて、手入れの行き届いているように見える。
頭からは髪色と同色の耳が生えていて、腰あたりにもしっぽが生えている。俺が声をかけたらピコピコ動いてるから作り物でも無さそうだ。
人を模した形の金髪の女の子か?……人形を大事そうに腕に抱えていて、そこはかとなく既視感を感じる。
小綺麗な服を見にまとっていて、手に持った紙に『拾ってください』なんて書かれていなければ、とてもじゃないが捨てられているようには見えない。
そもそもこいつは人か?はたまた猫なのか?
「お前人なの?」
そいつは首を横に振った。
「じゃあ猫か」
今度は顔の横に腕を持ってくると、横に首を振り、分かってない。と言いたげに、盛大に溜息をついた。
ムカつくやつだ。その人形をむしり取って投げてやろうか……。
いや、やめておこう。こいつにとって、人形が唯一の家族かもしれない。
ていうか、俺の言ってることが分かるなら喋れるだろ。言葉を話せ言葉を。
「何か喋ってくれよ」
ムッとして俺が言うと、そいつは首を横に振り、口をパクパクと動かした。話そうとしているのだろう。
だけど開いた口からは吐息だけが漏れ、声が聞こえることは無い。
「喋れないのか……?」
そいつは首を縦に振った。
困ったなぁ…………意思疎通できないこいつを連れて帰ったら、姉ちゃんに「犯罪だけはしないと思ってたのに!!」と誘拐犯の烙印を押されそうだ。
俺と姉ちゃんは父親に家を追い出され、2人暮らしをしている。なのであの家を追い出されるような事があれば、俺はこいつの隣でダンボールに入り、新たに拾ってくれる人を待たなければいけない。
捨て猫?に捨て人間。へんちくりんな組み合わせの俺たちを拾ってくれる奇特なやつは現れるのだろうか。
でも、だからこそ、こいつを拾ってやりたい。捨てられる側の気持ちはわかるからだ。
考え事をしていると服の袖口を不意に引っ張られた。猫?が俺の体によじのぼり、俺の顔を見上げている。
「どうした?流石に一緒のダンボールには狭くて入れないぞ?」
そいつは何言っているのか分からない、と可愛らしく小首を傾げた。
そして俺の体からスルスルと降り華麗に着地を決めると、俺に向け何かを伝えようと腕を動かした。
四角。ポチポチ。もしもし。なるほど、スマホのことか。
俺はポケットからスマホを取り出してそいつに手渡した。
スマホを受け取ったそいつは両手を使い器用にスマホを操作し始めた。
文字を打ち終わったのか、スマホの画面を俺に見せた。
『あきゃーみゃれいにゃฅ•ω•ฅニャニャーン✧』
「れいにゃ?」
コクコクと頷き、またスマホへと目を落とす。
『お姉さんの名前(o´艸`)』
「お姉さんって……お前何歳?」
『今年17歳になるよ(*'▽'*)♪ねぇねぇ、お姉さんの事拾ってくれるんだよね?(o・ω-人)』
俺の1つ上か。そうは見えねえ。
「連れて帰ろうにもお前の種族が分からないとなあ」
『お姉さんは、あきゃーみゃれいにゃだよ?それ以上でもそれ以下でもない』
「アニメで聞いたようなセリフ吐くんじゃねえよ。猫?人?どっちなの?」
『あきゃーみゃれいにゃ(/ω\)』
「……帰るわ」
れいにゃからスマホを取り上げて、やつに背を向け歩き出す。
俺が歩くと後ろからシャンシャンと鈴の音が聞こえ、止まると鈴の音も止む。
子猫に構いすぎると、ついてくるって聞いたことがある。
着いてきてるな……構いすぎたか?
気にせず距離をはなそうと、少し早歩きをする。
段々と鈴の音が遠ざかっていく。
あいつには悪いけど、得体の知れない生き物を連れて帰るわけには行かない。
でも、あいつも、捨てられたんだよな……。
……………………………………だー!もーー!!!!
後ろを振り返るが視界にれいにゃはいない。……見えなくなるほど早く歩いたつもりは無いんだけど。
「わっ!」
突如空から飛来した何かが顔面に張り付き、視界を塞がれた俺は、地面に尻もちをついた。
「ふがふが」
一言文句を言ってやろうと口を開くが、顔面に張り付いたまま離れようとしないそいつの口を塞がれ、喋ることが出来ない。
優しく両手で引き剥がそうとするも意外と力が強くて離れてくれない。少し強引だけど仕方ない。腕に力を込めて一気に引き剥がす。
「……悪かった」
引き剥がしたれいにゃは瞳から大粒の涙を流していた。頬を赤く染め、小さな鼻からは鼻水も出ている。
「ずずっ」
れいにゃは鼻を啜って、スマホを貸してと言いたげに手を2度振った。
俺はまた、れいにゃにスマホを手渡した。
『人か、猫か。お姉さんも自分の事が分からない。目が覚めたらあの土手にいた』
「記憶が無いのか?」
れいにゃはコクリと頷いた。
『名前以外何も分からない。でも君は懐かしい感じがする。だから君さえ良ければ……お姉さんを、飼って欲しい(/ω\)』
この身なりで飼って欲しいなんて言われたら、そこはかとなく犯罪臭がする。
側から見たら幼女だし。
「最初からそのつもりだ。ふざけてるのかと思って少し意地悪しちまった……悪ぃな」
何があろうと女の子を泣かしたやつが悪い。今は亡きもう1人の姉ちゃんの教えだ。
『……いいよ。君の名前は?まだ聞いてなかった(๑•̀•̀๑)テヘペロ』
「……春日悠太だよ」
『悠太も私と目が合った時。悲しそうな瞳してたよね。何かあったの?』
「別に、人に言うことじゃねえよ」
『お姉さんも家族になるんだよ。教えてくれたら嬉しいな』
……家族か。
「俺には2人姉ちゃんが居て……1人は数年前にこの街で起きた事件で亡くなって、事件の後両親ともう1人の姉と別の街に引っ越したんだけどな」
ふむふむと頷きながられいにゃは俺の話を黙って聞いている。
「亡くなった葉月姉ちゃんは俺の全てだったんだ……だから、俺は、転校先で荒れた……学校には行かなかったし、喧嘩ばっかして家にも帰らなかったんだ、そしたら両親にも家を追い出されて、当然だけど……捨てられたんだ」
『捨てられたお姉さんと自分の姿が重なった?』
「お前は悪い事してなさそうだけどな。まあ、そんな感じ」
今なら分かる。俺のしていた事は八つ当たりだ。それでも、俺は自分の行動に歯止めをかけることが出来なかった。
『……お姉さんが君の傍に居るから、私は君を捨てないよ』
「……ありがとうな」
お姉さんぶって俺を慰めてくれるこいつが、何故か可愛らしく感じてしまった俺は、れいにゃの頭を撫でた。
れいにゃは、気持ちよさそうに頭を擦り寄せてきた。
『君の手、暖かいね』
「逆を言うと心は冷たいのかもしれないぞ?」
『ならお姉さんがその冷えきった心を暖めます(*•̀ᴗ•́*)و ̑̑』
声も表情にも出せるけど捻くれ者な俺と、声も表情にも出せないけど真っ直ぐなれいにゃ。俺達は真逆だからこそ、俺はこいつと居れば俺も。前に進めるのかもしれない。
「帰るか」そう言って俺は立ち上がった。
『ここまで話して置いてくの!?:(;゛゜'ω゜'):』
勘違いさせてしまったみたいだ。
「ばっか、一緒に帰るに決まってるだろ。抱えてくから大人しくしとけ?」
『任せて(*•̀ㅂ•́)و✧それは得意』
「……何日あそこに居た?」
『3日、動かず、あそこにいました』
…………………………。
「腹減ったろ」
『空いてる。それはもう』
「急いで帰って飯にすんぞ、何食いたい?」
『ネギ焼き、チョコアイス』
「盛大な自殺かよ」
『食べ物は人間と同じもので大丈夫……な気がする(=^ェ^=)』
「一か八かかよ。まあ、お前が言うならそうなんだろ」
『お前じゃない。あきゃーみゃれいにゃ(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾』
「お、おう。れ……れいにゃ」
『にゃ!フフーン』
こうして、俺と奇妙な生き物の共同生活は幕を開けることとなった。
楽しみだ。けど姉ちゃんになんて説明したもんか。まあいい何とかなるだろ。姉ちゃん天然だし。