夢の中で会えたら
夢の中で会えたら完
姉ちゃんを鎮めて、改めて周りを見渡すと辺り一面に花が咲き誇っていて、その先には水の澄んだ川が流れていた。
川向かいの風景は霞んでいて見えない。
風景に感動した。なんてエピソードのない俺でも、この風景には感動した。
こんな場所、俺の記憶にないから姉ちゃんに聞いてみたら、賽の河原だって言ってた。
向こう側で石を詰んでいる子供がいるのかと思うと、物悲しい気持ちになった。
俺たちは今、川のほとりで俺を真ん中にして、3人並んで座っている。
沈黙の時間だ。話しかけようにもさっきの事もあってちょっぴり気まずい。
なのでパシャパシャと水面を足で揺らしながら話しかけるタイミングを見計らっていた。
謝罪だけは最初にしないとな。
「少し身長伸びた?」
俺が口を開きかけた時だった。姉ちゃんが問いかけてきた。
「まあ、少し」
「だよねー!生きてた頃は145センチだったから……今148センチくらい?」
4年で3センチしか変わってない俺の身長にも気が付くなんて、流石姉ちゃんだ。
「すげぇな、ピタリ賞だよ」
「まあ、知らないフリして言ってみたけど、ずっと見てたからね」
「……はあ?」
「ずっと傍で見てたよ。私の遺品燃やした所も、深夜に喧嘩ばっかしてた所も、帰ってきてからもずっと、ずっとね」
「まるで守護霊だな」
「ふふふ。私は直接手助けしてないけどね。運は上がってるはずだよ」
姉ちゃんはそういう人だ。生前からアドバイスだけして、手を出さず見守っていてくれる。
アドバイスは俺の心の中に残ってる。
「お姉さんと再会できたり?」
「……はっ、もしかして私が2人を引き合わせたの!?」
「冗談だけどね。もしそうだとしたら私は葉月にもうひとつ感謝しなきゃいけない」
「感謝って?私麗奈ちゃんに何かしたっけ」
「悠太を守ってくれた。悠太のおかげでお姉さんの世界に色が付いた」
「んふ。この子は私の誇りだからね。何がなんでも守るわよ」
「……姉ちゃん」
「お姉ちゃんは誇らしいんだから、あなたが悲しそーな顔しないの」
「違う。俺がいたから姉ちゃんは逃げられなかったんだろ?」
「そんな事ないよ。本当に。どうせあの傷なら逃げたところで間に合わない。悠太がいてくれたから、お姉ちゃんは戦えたんだよ。悠太もそんな経験ない?」
「ある。でも泥試合だらけだよ」
「泥試合だって良いじゃない。お姉ちゃんなんて最後は足にしがみついて2人を逃がすことしか出来なかったんだから。情けない通り越して惨めでしょ?」
「そんなことない!姉ちゃんはかっこよかった!」
「そゆこと。んふ、ふふふふ。麗奈ちゃん聞いた?悠太がかっこいいって言ってくれたよ」
「聞こえてるよ。葉月はかっこいい。悠太の方がかっこいいけど」
「悠太かっこいいよねー。麗奈ちゃんが人質になった時、1人で倉庫に乗り込んでいったの見てたよ」
あの場面、かっこよかったのは、麗奈を逃がして拳銃を撃った所までだろ。いや、2人目を倒すところまでは、かっこよかったかも。
その後は引っ掻いたり、踏みつけられたり、文字通り泥試合だった。
「あの時かっこよかったのは、琥珀さんと、おっさんだけだ。琥珀さんは一騎当千の働きで俺を助けに来てくれたし、おっさんが居なきゃ内藤を人質になんて取れなかったよ」
あれ以来この街で見かけないけど、あのおっさん元気かな。
まあ、引っ越してなきゃ、また何処かで出会うこともあるだろ。
「人の為に頑張れる2人はどっちもかっこいい。だからお姉さん姉弟丼したい」
「アウトだっつの」「あいたっ」
こいつは油断も隙もあったもんじゃない。
「だめ?お姉さんを挟んで姉弟でぎゅっと抱きついて貰うの。あれ?これはサンドイッチだね。君、顔赤くなってるけどどうしたの?」
「……てめぇ」
絶対に目的を方向転換しただろ。こいつが姉弟丼とかって卑猥な言葉知らないはずがない。
ほんの少しだけ、姉ちゃんの前で揶揄われて悔しいだけだ。あー顔あちぃ。
「悠太は昔からむっつりスケベだからねぇ」
何を言うか姉上。俺は色恋沙汰には興味が無いでござるよ。
百合には興味あるけど。
「お姉さんのこと、好きなくせに」
「てめぇ、起きたら覚えてないからって好き勝手言いやがって」
「いいんじゃないの?悠太も好きなこと言っちゃえば、シラフの状態で好き勝手言って許される機会なんてそうそう無いんだし。麗奈ちゃんもそう思うでしょ?」
姉ちゃんは下唇を噛みながら妖しげ笑い、麗奈に問いかけた。
問いかけに麗奈は頷く。好き勝手、ねえ。
なら俺も好き勝手やらしてもらうぜ。
「姉ちゃん。ごめんね」
俺は立ち上がり、姉ちゃんの肩に手を置いて言った。
「あら、お姉ちゃんの勝ち?そうよね、弟の初めては姉って決まってるもの」
「どんだけ色ボケてんだ。この馬鹿姉」
「言うようになったねー。そりゃ色ボケもするわよ。18歳で亡くなって4年、成仏すること無く未だ処女なのよ?後50数年も待たされると思ったら、今日がチャンスだとは思わない?」
姉ちゃんのペースに飲まれたらダメだ。話が脱線してしまう。
夢を見ている今言わなきゃ。例え現実で忘れてしまっても。
「遺品のこと。燃やしてごめんなさい」
「ああ、顔見た時から思い詰めてる顔してたけど、そのこと!合点がいったわ。気にしなくていいのよ。お姉ちゃんMだから。悠太に踏み躙られてると思うとゾクゾクしちゃった」
「知りたくねえ。でも、ごめん。俺のやった事は人として駄目だ。」
頭を下げ、再度謝った。
「本当に大事な物は別で遺してあるから。時が来たら雪人君から貰えるんじゃない?」
「え?」
「命狙われてるのは知ってたからね。悠太か、菜月か、私か、はたまた全員か。なんてのはわからなかったけど。だから雪人君に遺書と私の大事な物は託してあるわよ。もちろん悠太が必要になるもの」
「……俺が必要になるもの」
武器とか?そう言えば姉ちゃんが使ってた武器が家に無かった。目の前に無ければ良かったから探してはいないけども。
「そう、それは」「お姉ちゃんのパンツ」「そうそれ!」
姉ちゃんが口を開き、麗奈が続き、姉ちゃんが同意した。
「いらねえよ」
こいつら夢の中だからってオープンすぎじゃね?変態通り越して最早痴女なんだけど。
「つうかそんなもん雪兄に渡すなよ。堪能してたらどうすんだよ」
「んふ、嫉妬?」
嫉妬よりも、雪兄が姉ちゃんの下着で楽しんでいたなんて事を知ったら今まで通り、雪兄と仲良くできる自信がねえよ。
「悠太にはお姉さんのパンツをあげるから大丈夫。今脱ごうか?」
「いる。くれ」
「ふぇ?」
麗奈が素っ頓狂な声を上げて赤面した。夢の恥は掻き捨て、変態相手なら言わなきゃ損。
「くれるって言ったのはお前だろ?くれよ」
「え、えとね?お姉さんは君が恥ずかしがる姿を見たかっただけだから」
「くれよ。俺たちの間に嘘は無いんだろ?お前の脱ぎたてくれよ」
「君はそうやって、下着とは言ってないからとか言ってお姉さんをからかうつもりなんだね?んふ。お姉さんにその手は通じないよ」
「いや、俺は麗奈のパンツが欲しい」
「麗奈ちゃん……墓穴を掘ったわね」
「うぅぅ……お姉さんのでいいの?」
「ああ、むしろ好ましい。あと姉ちゃんのパンツもくれ」
「ひとつじゃ飽き足らずふたつも!?どうやって使うの!?」
そもそもパンツの使い道なんて履くくらいだろ。いや、履かないけど、言ってるだけだけども。
「何でも良いだろ」
「麗奈ちゃんのを吸って、お姉ちゃんので」
「言うんじゃねえ!!冗談だから!」
全く姉ちゃんは。生前はこんな人じゃなかったのに、こんな風に変えてしまったのは誰なんだ。
「4年ぶりにあったのにさ。なんで変態話ばかりなんだよ」
本当に。少しはシリアスな雰囲気というか。感動で抱き合うとか。色々あんだろ。
「真姫と麗奈ちゃんの影響ね」
姉ちゃんは亡くなった後、真姫ちゃんと一緒に行動してたのか。
俺と麗奈みたいだな。
「真姫?真姫は私と違って純粋な子だけど」
「あの子は生粋の変態よ。生きてたらあなた、食べられてたわよ?」
「んー。葉月の言うこととは言え、信じられない」
俺も本物の姉ちゃんかどうか信じられない。
清楚で厳しかった姉ちゃんはどこいった。返してくれ。
「抱き着いたり。膝の上に乗せたり。してなかったかしら?」
「してた。せがんできて、断ると泣きそうだったから。可愛かったなー」
麗奈が懐かしむように遠くを見ながら言った。
「あの子そうやって少しでも麗奈ちゃんと密着して堪能していたのよ」
何が、というやり取りをしていたのだが、耳を塞いで聞かなかったことにした。
これ以上俺の中の姉ちゃんと真姫ちゃんのイメージをダウンさせたくない。
姉ちゃんは、厳しくも優しくて立派な人だったし、真姫ちゃんは麗奈そっくりな見た目の純粋な可愛い子だ。
これもきっと、麗奈の思い込みの力の影響なのだ。俺はそう思って、飲み下した。
何より、これ以上聞いてると、悠太くんの悠太くんが元気になってしまいそうだ。
「姉ちゃん。急に夢に呼んでごめんな。ずっと謝りたかったんだ」
麗奈と姉ちゃんの猥談が終わったところで口火を切った。
「んふ。私も会えるなら悠太に会いたかったからいいのよ。だから謝らないで」
「俺も会いたかった」「お姉さんも会ってみたかった」
「んふ。そう言って貰えて嬉しいわ。さて、そろそろ現実も朝を迎える時間ね。麗奈ちゃん」
「何?」
「生きている間、悠太の事は麗奈ちゃんに任せたわよ。大事にしてあげてね」
「任せて。悠太は私が守るよ」
「んふ。ありがと。悠太は麗奈ちゃんのこと、しっかり守ってあげてね。お姉ちゃんに似てか弱い子だから」
姉ちゃんと違って、か弱いだな。
「わかった。姉ちゃんの教えに従ってしっかり守る。後生きる」
「その意気よ。できるなら犯人を追うのをやめて健やかに過ごして欲しいけど」
「姉ちゃんも俺の姉ならわかるだろ?」
「そうね。なら、進みなさい。日々の鍛錬を怠らず。あなたには菜月と私を超える才能がある」
「うっす!」
返事はこれだけでいい。この約束も3人ともに忘れてしまうけれど、俺の魂に刻んでおけば、きっと土壇場で思い出すかもしれねえ。
土壇場で覚醒なんて、主人公みたいでかっこいいな。
「じゃあ2人とも、また来てね。愛してる。……そうそう、麗奈ちゃん。姉弟丼、楽しみにしてるわね」
――――――――――
パッと目が覚めた。とても有意義な夢を見たような気がする。
俺は姉ちゃんに会えたのだろうか。何も覚えていない。
だけども、この充実感はきっと会えたんだと自分を納得させた。
納得させて、隣に顔を向けると、同じ枕を使い、至近距離で俺をガン見している麗奈と目が合った。
なんだ?いつもの無表情にほんのちょっぴりだけ違和感を感じている。
「……ぉ、ょ、た」
「どした?」
麗奈が普通に喋ろうとして、失敗したようだ。
口パク的におはよう悠太、と言おうとしたのだろうが、また凄い違和感を感じている。
麗奈は諦めてスマホに文章を書き始めた。
『姉弟丼』
「どんな夢を見たんだよお前は、ははっ」
麗奈のデコにチョップをお見舞いしてやった。
「……ぁぃた」
頭を押さえて痛がる麗奈。
「すげぇ晴れ晴れした気分だ」
『夢の中の覚えてる事を書いただけなのに( ´•̥̥̥ω•̥̥̥`)』
「せめてもっと大事な事を覚えとけよ」
それでも姉弟丼なんて言葉が出てきたってことは姉ちゃんに会えたってことなのだろう。
『君は何か覚えてないの?』
「なんも。全くといっていいほど覚えてないよ」
『お姉さんも姉弟丼しか覚えてない:( ;´꒳`;)けど楽しい夢だったと思う』
「俺もそんな気がする。またこの枕を使えば姉ちゃんに会えたりするのかな」
何回も使えば記憶に残ったりとかしたりして。
『この枕だけどね。もう夢見の効果は残ってない。使えるのは2回までなんだって、1回はお姉さん。2回目は君が使ったからもう終わり』
そんな都合のいい話ないよね。むしろ貴重な回数制限付きの、1回を使わせてくれたことを、麗奈に感謝しなくてはいけない。
「2回しか使えない内の1回を俺が使っちゃってよかったのかよ」
『お姉さんは君の為に買ってきたからね』
「ん?ありがとう」
『夢を見ると魘されるって言ってたから、この枕を見つけた時、これだ!って思ったよね。寝てる時くらい楽しい夢を見てもいいでしょ(´ー`*)ウンウン』
「今は現実も楽しいけどな」
『お姉さんのおかげ?ねぇねぇ、お姉さんのおかげ?(*´艸`)』
「みんなのおかげだっつの。まあ、お前のおかげもでかいよ」
『今日は珍しく素直だΣ(゜д゜;)お姉さんも君のおかげで、今が楽しいよ』
「そりゃどうも」
姉ちゃん。夢の中だけでも、あなたに会えたなら。次は何を話すんだろうか。
不思議と謝罪したい。という罪悪感から来る気持ちは少し軽くなったことだから、麗奈と真姫ちゃんと4人で思い出話に花を咲かせてみたり。
なんで俺の夢にこいつが出てくるんだよ。横目に麗奈を見てみると、俺をじっと見つめていた。
まあ現実でも離れず離れずの関係だから、夢にも出てくるか。
『姉弟丼』
隣でふざけた事を言う奴の頭にチョップをした。