昼下がりの男の娘と同居人
とある休日の昼下がり、俺は麗奈と遊んでいる。
どうやら姉ちゃんから貰った小遣いを使いネットを利用して買ったようで。
無表情のまま朝から妙にそわそわしていると思っていたが、インターフォンがなると一目散に飛び出していった。
戻ってきた麗奈が手に持っていたものはオセロ。無表情の顔とは裏腹にいつも通り差し出されたスマホに書かれた文字を見てみると
『オセロやろ(((o(*゜▽゜*)o)))』
すごくウキウキした感情を表に出し、オセロに誘われた。
通算16戦、16敗。おかしいな、俺と言えば頭を使うゲームも得意なはずなのに、一度も勝っていないどころか、綺麗な雪原の如く3戦ほど盤面を真っ白に塗り替えられた。
『君の番だよ?どこ置くの?(๑>◡<๑)』
これは完全に意地悪だ、先程まで俺優勢で進んでいたオセロだったが、黒を置ける場所は存在せず、俺はもう成す術なく嬲られるしか道は残っていない。
「どう見ても置くとこねえじゃねえか。パスだパス」
『じゃあお姉さんはねっ、ここにする(๑˃̵ᴗ˂̵)君の番だよ(((o(*゜▽゜*)o)))』
パチンと盤面に石が置かれる小気味のいい音が響き、黒い石が反転させられていく。すまねえ、黒軍のみんな…また負けだ。
麗奈の勝利が確定すると同時に毎回こうやって俺の順番を教えてくれる。
そんなことでイラつくわけもなく、娘の相手をしてあげる休日のお父さん同様、おおらかな気持ちで接している。
「またおけないなー、パスしかないな」
『じゃあお姉さんは次ここにする(๑˃̵ᴗ˂̵)君の番だよ(((o(*゜▽゜*)o)))』
ウキウキで自分の得意分野で挑んでくる麗奈は可愛い。
勝とうと思えばいつでも勝てる。全力で負かして泣きじゃくる麗奈も見てみたいという、イタズラ心が湧かないこともない。
「お、次は置けるな。ほれ」
一個取り返した。毎戦、麗奈優勢の時でも何回か置ける場面を用意してくれる。
麗奈なりに考えた、俺を飽きさせないようにする親切心なのだろう。
『お姉さんがここに置いちゃうと君、また置けなくなっちゃうねっʅ(◞‿◟)ʃ』
「……ひと思いにやれ」
『えいっ!ふふふー、君の番だよ』
そんな親切心すら俺に気づかれてるとはつゆ知らず、当の本人は調子に乗りまくっている。
「自分で置けないって言ってただろ?パスだ」
『じゃあここ!君の番だよ(*゜▽゜*)』
また石を置けるようにしてくれたようだ。
知ってるか?相手の負けが確定しているのにジワジワと嬲り殺しにするって、サイコの発想だぜ?
結局、この後も俺の負けが覆る事もなく、そのまま敗退した。
20戦0勝20敗、これが今日オセロによって俺がおった戦績の負債だ。
「そろそろやめないか?麗奈が強すぎて勝てる気がしないなー」
『どう!?お姉さんオセロつよいでしょ!?(*´꒳`*)』
「ああ、メチャクチャ強いな」
オセロが終わると同時に麗奈がいつものように隣に座る。
座った瞬間にふんわりと麗奈の髪が揺れ、甘い香りが俺の鼻腔をくすぐる。
『もっと褒めてもいいよ(*´꒳`*)』
無表情のまま麗奈の顔が少しだけ上を向く、本人はドヤ顔のつもりだが、表情筋が硬いせいで完全に俺のことを見下している。
次やる時は最後の一回だけコテンパンにして実力の差を思い知らせてやろう。
きっと表情の変わらない彼女のいつもとは纏っている雰囲気が違う麗奈の姿が見れるだろう。やっべ、俺もテンションが上がってきた。
「麗奈ちゃんはオセロ強い!賢い!可愛い!!」
ずいずいと、頭を寄せてくるので、表面上は負けた腹いせだ、と言わんばかりに麗奈の頭を乱暴に撫でると麗奈は黙ってそれを受け入れる。
『んんん(((o(*゜▽゜*)o)))次やる時は一回は勝たせてあげるね(๑>◡<๑)』
そんな勝たせてあげるって言われて、差し出された勝ちを喜ぶ人間なんて、この世には存在しないと思うんだけど。
「おー、ありがとうなっ。手加減出来る麗奈は優しいなーっ」
俺以外にやると、キレて帰ってしまうレベルの仕打ちだが、父性溢れる麗奈の姿についつい甘やかしてしまうのだった。
『真姫とね。昔よくやったの』
乱暴に麗奈の頭を撫でていた手を少し落ち着かせ、優しい手つきに変えた頃麗奈が言った。
少し俯き気味で、それでいて視線は何処か遠くを見ている。
「そうか、真姫ちゃんは強かったのか?」
真姫ちゃんとは、とある事件で亡くなって麗奈の亡くなった妹で、俺は写真でしか見たことがない。
とても麗奈に似ていて、写真に映る笑顔の2人は今の麗奈とは想像がつかないくらい、愛くるしい表情だった。
『真姫はオセロが好きだけど弱っちくて、でも負けず嫌いでね、あまり勝ちすぎると泣いちゃうから途中までいくと』
そこで、麗奈の文字を打つ手が止まり、大事な思い出が溢れ出て感極まったのだろう、ぐっと何かを堪えるように麗奈の下唇が持ち上がる。
俺はそんな彼女の頭を、そっと抱き寄せた。
『いつもまけてあげてね。そしたらすごく喜んでくれて』
「写真で見るだけでも、可愛いのに。めちゃくちゃ可愛かったんだろうなー」
小さく麗奈の嗚咽が、聞こえる。
出来るだけ顔を見ないように麗奈の頭頂部を見つめながら、優しく頭を撫で続ける。
『かわいいよ。じまんのいもうとだもん』
「俺にオセロで勝って喜んでる麗奈もめちゃくちゃ可愛かったぞ」
『私は、表情も変わらないし、声も出せない』
「それでも、心は豊かだ。文章に現れてる」
さらに感極まってしまったのだろう。スマホを持つ手が震えている。
この先言葉はいらない。
空いた左手を麗奈のスマホを持つ手にそっと添え、麗奈が泣き止むまで頭を撫で続けた。
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「落ち着いたか?」
しばらく泣きじゃくっていた麗奈の嗚咽が少しずつ止んできたのを見計らって声をかけた。
『うん、ごめんね。楽しかった事とか、いっぱい思い出しちゃって』
「泣きたい時は泣けばいいんじゃね?俺だって姉ちゃんを思い出して泣く時くらいある」
寧ろ、この街に来るまで、夜な夜な家を抜け出しては夜空を見上げながら、1人泣いていた。
『私が泣きたい時、君はそばに居てくれる?』
「当たり前だろ。ていうか、麗奈は俺の側を離れないんだろ?」
『うん。約束だから』
「なら、麗奈が嬉しい時も悲しい時も。俺が側に居るのが必然だ」
『そうだね!じゃあ君が泣きたい時はお姉さんの胸を貸してあげる』
そっと自分の控えめな胸をトン、とグーで叩いた。
どうせ女性の胸を借りて泣くなら蓮さんや、菜月姉ちゃん、唯の胸を借りたいところだがそれは黙っておこう。
「ありがと。麗奈は優しいな」
『君が優しくしてくれるからだよ。ねえ悠太』
「どした?」
『お姉さん、泣きつかれたのかな。眠たくなってきちゃった』
麗奈の顔を見てみると、泣き腫らした瞳が、眠たそうに瞼を半分閉じている。
「俺の膝貸してやるからお昼寝するか?」
麗奈の頭が俺の肩から膝へと移った。
『撫でて』
3文字。書かれたスマホを俺に見せると、スマホの画面を暗くして机の上に置いた。
可愛くお願いされては仕方ない。麗奈の細い髪を優しく撫でる。
5分ほど撫で続けただろうか。眠たそうにうつらうつらしていた麗奈の瞼が完全に閉じられた。
「…………ゅーた」
「どうした?」
返答をしてみるが、なにも返ってくることはなく、代わりに健やかな寝息が聞こえてきた。ただの寝言か。
麗奈と過ごすまったりとした時間はとても眠気を誘うようで、実は俺も今かなり眠たい。このまま眠ってしまおうか。
寝落ちをするまで麗奈の頭を撫でつつ、瞳を閉じると、気持ちのいい倦怠感が襲い、意識が段々と遠のいていく。
「……ぁぃぁと」
完全に意識がブラックアウトする寸前麗奈の声が聞こえた気がした。