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塔伐科高校、入学試験-2

 説明されたルールはシンプルだ。


 一人一発ずつパンチングマシーンを殴る。測定が終わったら、もう一度一人一発ずつ殴る。


 特別なルールは一つだけ――一度目の測定は異能バベルなし、二度目の測定は、異能バベルあり。


「リトライは認めん、一撃に全てをこめろ。準備運動の時間なぞ与えない。この名門を受験しようというほど意識の高い者ならば、校門に立つ前から体の状態は万全にしているはずだ」


 何人かがギクリとする中、当然だろと竜秋は鼻を鳴らす。こちとら一時間も早くついて、もう体中の筋肉という筋肉を嫌というほど伸ばし終えている。


「では、受験番号の若い者から始めろ」


 こうして試験は始まった。一人ずつ、同じ受験者の面前で緊張しながらもマシーンを殴っていく。


 あっという間に竜秋の番まであと一人と迫ったとき――おおおっ、と訓練場が湧いた。


 受験者の中でも一際目立つ体格だった大柄な少年が、それまでの平均を倍近く上回る『615kg』を叩き出したのである。「まぁこんなもんか」と鼻をこすって、少年は次の竜秋に場所をあける。第二世代の腕力としても相当傑出している数値だ。よほど鍛錬を積んできたのだろう。


「うむ、次」


「受験番号58、巽竜秋」


 短く名乗って、竜秋はグローブを装着し、パンチングマシーンの正面に立った。大きな、円形の太鼓めいたクッションが竜秋の前に立ちはだかる。


 軽く振りかぶる。軸足で床を、大地を掴み、一本の巨木のように全身を連動させて、踏み込む。全体重を乗せた拳は一直線にクッションの中央をぶち抜き――轟音を上げて、《《マシーンを吹き飛ばした》》。


「なぁ……っ!?」


 一同度肝を抜かれる中、マシーンは床を三メートルほども滑走したばかりか、その威容をグラグラ揺らがせる。パンチを振り抜いた格好で、静かにふっと息を吐く竜秋に、今度は歓声さえ起きなかった。


 記録――『2388kg』。


「ちょっ、ちょっとキミ!? ダメだよ異能バベル使ったら!!」


 誰かが慌てふためいて食ってかかるのを、竜秋は「あ? 使ってねえよ」と一蹴。――つーか、使えねえし。


 涼しい顔で元いた場所に戻りながらも、高揚感までは抑えられなかった。


 この超常社会において、常識で片付けられないものを目の当たりにしたとき、人はもう、反射的に「異能バベルだ」と納得する癖がついている。


 だから、彼の反応で竜秋の努力は少しだけ報われた。――異能バベルに見紛われるほどの基礎能力。それこそが、竜秋の目指してきたものなのだから。


「よし、次ィ!」


 鬼瓦の表情に変化はなかったが、心なしか声がさらに大きくなったようだった。


 一通り一巡したところで、「それでは、数値が低かった順に二度目の測定を始める」と鬼瓦が告げる。


「このパンチングマシーンは特別製だ。貴様ら程度の異能バベルでは決して壊れん。安心して全力で叩け」


 挑発的な物言いに、火を点けられたように眼光を鋭くする受験者たち。まるで異能バベルなしの一巡目などほんの前座、ここからが本気の見せどころだと言わんばかりに。


 周囲の気合の入りように鼻白みつつ、これが当然かと竜秋は思い直した。この当日に向けて、彼らが毎日頑張って磨いてきたのは、ほとんど自分の異能バベル一本だろうから。ただでさえ一般人の異能バベル使用は厳しく制限されている。この年頃の子どもたちが『思いっきり異能バベルをぶっ放せる』機会が与えられて、目の色を変えない方がおかしい。


 そこからは、訓練場で立て続けに轟音が響いた。


 拳を起爆させる者。右腕をゴリラのような獣のそれに変化させる者。スピード系の異能バベルを生かして助走の威力を乗せる者。


 めいめいが己の異能バベルに工夫を凝らし、ただ一発のパンチの威力をどれだけ高められるかという一点にこだわって、培ってきたもの全てを凝縮し、発揮する。なるほど――単純であるからこそ、これはよくできた試験だ。


 彼ら一人ひとりの挑戦を見ていると、どれだけ彼らが自分の異能バベルを真剣に磨いてきたかが分かった。今まで他人の人生なんて、意識の片隅にも入らなかったのに。


 羨ましいとは、もう思わない。


 最後の竜秋の番が来ると、途端に空気が張り詰めた。自分たちの挑戦を終えて悲喜こもごもの受験者たちが、トリを飾る竜秋の一撃を、息を呑んで待っている。素のパンチであれほどの記録を出した男はどんな異能バベルの持ち主なのか。それをフル活用した結果、いったいどれほどの破壊力が生まれるのか――


「オラァッ!!!」


 煩わしいものすべてを振り切るように、竜秋は渾身のパンチを繰り出した。ドバァン、と快音響かせマシンは数メートルも吹き飛んで、グラグラ揺れた。


 記録は『2388kg』。繰り返し再生のように、先ほどと全く同じ光景。


「お、おぉ……! ……おぉ?」


異能バベル使ったか? 今……」


「さっきと一緒……だよな? 使わなかったのか?」


「攻撃に活かせるような異能バベルじゃなかったとか?」


 ざわめく受験者たちを、「静粛に」と鬼瓦が一喝する。


「これにて第一試験は終了。これから教室に移動してペーパーテスト。昼休憩を挟んで午後に面接を行う。それで試験は終了だ」


 あん? と竜秋が拍子抜けした声を漏らした。異能バベルありの能力テストは、たったのこれだけで終わりかよ。


「貴様らの実力を測るのに、これ以上の時間は蛇足だ。逆に言えば、これだけの機会で実力をアピールしきれないような者は、ウチに必要ない」


 言い切る鬼瓦に、自分はちゃんとできただろうかと、不安そうに目を伏せる受験者も数名。もっとバリバリに異能バベル全開でやり合うような試験を想定していた竜秋は一気に脱力した。


「あいつ、終わったな。せっかくすげーパンチ力持ってたのに」


「攻撃系の異能バベルじゃなくても、とりあえず出してアピールしとくべきだったな。かわいそー」


 鬼瓦の案内で教室へ向かう途中、そんな噂話が後ろから聞こえた。


 試験中でなければ容赦しなかっただろう。言わせておけばいい、と竜秋は聞かぬふりをした。


 新入生の定員は百名。対し、受験者は書類選考を通過した総勢三百余名。書類選考は、学業成績、武術・スポーツ等特定の校外活動の実績、異能バベルの"階級ランク"――このいずれかが基準に達していれば通過となる。


 異能バベルのランクは、しかるべき施設で専門家が査定する公的なもので、全国民が測定を義務づけられている。これは国が個人と異能バベルの詳細を紐づけして管理することで、それぞれに適性のある職の紹介や、異能バベルを使用した犯罪の予防・解決に役立てるためである。


 竜秋は詳しく知らないが、異能バベル所有者ホルダーの五割が『G:生活クラス』と呼ばれる最低ランクの査定だそうで、以降ランクが上がるにつれその割合はピラミッド型に減少していく。


 異能バベルのみで書類審査を通るにはランク『D』以上が必要とあった。なお、滅多にお目にかかれない『B』以上の所有者は無条件に特待生枠で入学が決まる。今年はそれで既に三名の入学が確定しており、残り九十七の椅子をこの三百余名で争おうという構図。


 あれほど鍛え抜いた肉体の成果を発揮するチャンスがたった一瞬で終わったのは少々ヘコむが、無能力者の竜秋が他と差をつけられるとしたらもうペーパーテストしかない。竜秋は鼻息荒く、早足で鬼瓦の背中を追った。

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