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塔伐-3

「うおおおおおおお! すげーっ、外じゃん!? 風も空も月もある!」


「お月様真っ赤っ赤〜! かわい〜!」


 はしゃぐヒューと小町を、竜秋より早く柔らかい声がいさめた。


「二人とも、遊びに来たわけじゃないよ。僕らは本来、まだこの世界に入る資格のなかった人間だ。我が物顔で満喫するのは、ちゃんと相応しい候補生になるまで取っておこう」


 幸永である。彼特有の、コットンガーゼのような柔らかい笑顔は変わらない。しかし普段の彼にしてみればこれでも相当キツく強い言葉だった。二人とも、頬を張られたように呆然となる。


「要するに、連れてきてもらってる分際でチョーシ乗んなってことだ。さっさとこっち来い、隊長待たせんな」


 こちらは何一つ歯に衣着せない竜秋が、幸永の言葉を要約する。既にヒューと小町の二人以外は、忠犬のように伊都の周りに集まっていた。爽司に至っては伊都の背中に隠れて縮み上がっている。


 どんなに美しく新鮮な異世界に見えても、ここが未知の死地であり、伊都の庇護下になくては赤子同然である以上、竜秋たちに身勝手な行動は何一つ許されない。それを竜秋自身よく分かっていた。


 そもそも、正規の手順をすっ飛ばして塔に来てしまったことすら、竜秋にしてみれば今更になって複雑なこと。とてもはしゃぐ気分になどなれない。


「隊長はやめてください」といいつつ、伊都はやや満更でもなさそうにはにかんで、大急ぎで加わったヒューと小町を含む桜クラス十名を見回した。


「ここは比較的安全そうです。まずは塔の基本事項をおさらいしながら、今後の方針を決めていきましょう」


 塔の基本事項その一。塔世界は階層構造である。


「今いるここは、塔の第一層。どこかにある"ひかりサークル"……業界用語で"階段"と言っていますが、それを見つけて誰かが踏めば、全員が次の階層に進めます。まぁ、実際に上に登っているのかは定かじゃありませんので、階層構造というのは塔の見た目から考え出された便宜的なものです。ラスボスが待つ最上階まで、張り切っていきましょうー」


「塔って何層くらいまであるんですか?」


「三層程度のものから、観測史上最高では七十八層まで、完全にピンきりですねぇ。なるべく少ないといいですねー」


 その二。塔世界には"遺物"と呼ばれる宝が散らばっている。


「あまり欲張って探索範囲を広げると簡単に死ぬので、今回は遺物探しはナシにしてください。ただ、攻略そのものを有利に進められる強力な遺物もあります。運良く見つけたら拾っちゃいましょう。持ち帰れば、塔伐器を強化する素材にもできますよ」


 その三。最上階を除く全ての階層には、塔棲生物エネミーが出現する。


「これが目下、皆さんの最大の脅威です。奴らは姿かたちも能力も、その塔によって全く違います。奴らに有効なのは異能バベルか、塔伐器による攻撃のみ――ところで、威勢よくついてきたのはいいですが、皆さんの塔伐器はどこに?」


 塔伐者候補生は一年前期を修了すると、有事に備え、校内外問わず塔伐器を帯びることが義務づけられる。ところが俺たちが全員揃いも揃って丸腰らしきことに気づいて、疑わしげに目を細めた伊都に、「はーい!」と小町が元気よく手を挙げた。


「とーばつきってけっこう重いからなぁ。しかも街中歩くんに物騒やろぉ? ウチが持ってあげてたんやった」


 そういってスカートのポケットをひっくり返すと、ポロポロポロッと砂粒ほどのカケラが転がり落ちた。それらは小町の指パッチン一つで、ポンッと音を立てて膨れ上がり――太刀、双剣、大盾、小銃アサルトライフル狙撃銃スナイパーライフル、そして白銀の棍棒――積み重なる武器の山へと変貌を遂げた。


「おぉーっ、そうだった! 小町サンキュー!」


 ヒューが真っ先に山に飛びつき、太刀と小銃を取り上げる。全員がそれぞれの武器を回収して身につけると、山はきれいさっぱりなくなった。


「なるほど、大俵さんの異能バベルですか。便利ですねー」


「ウチはみんなの運び屋さんやからなぁ」


「じゃあ皆さん、いつでも武器を抜けるように。塔棲生物エネミーは神出鬼没です。なにせやつらは――」


 屋外授業の教鞭きょうべんをとる伊都の背後で、赤い閃光が爆ぜた。


 ジジジジジ、と空気をくような轟音を上げて、空間をこじ開けるようにして躍り出たのは、三体の異形。小学生ほどの矮躯わいくに見合わぬ逞しい弓を構え、馬の骸骨がいこつじみた醜悪な相貌に二点、赤く光る目の玉がギョロリと動いて、無防備な伊都の背めがけて一斉に太い矢を引いた。


 ――塔棲生物エネミー


 竜秋の体が動くより早く、三条の矢が真っ直ぐ伊都の背に――というか、その背に隠れていた爽司に向かって飛来する。恋が叫んだ。爽司はポカンとして動かない。


「常磐!」


 肝を冷やした、その刹那だった。


「――《花籠はなかご》」


 目の前で、ごくごく一瞬、無数の刃で編んだようなかごが半球状に炸裂した。ほとんど目で追えない速度。遅れて乾いた突風が吹き荒れる。


 爽司を射抜く寸前だった矢は、それを放った三体の塔棲生物エネミーもろとも、既に空中で細切れになっていた。それらは鮮血を撒き散らしてしばし漂い、やがて水に入れた塩のように、跡形もなく虚空に滲んで消えた。


「うーん、さすがに第一階層はこんなものですか。このように、塔棲生物エネミーは何もない場所から突然出現するので、油断大敵ですよ」


 腰を抜かした爽司の頭に軽く手を置いて撫で、竜秋たちを順に見回すと、血のついた指先をぺろりと舐めて妖艶に笑った。

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