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発生区域-2

「うあああああっ!!?」


 悲鳴を上げてひっくり返った一同の中でも、竜秋はいち早く体勢を整えていた。低い姿勢から地面に指で触れて衝撃波に耐えつつ、ただ一人この爆風の中でも平然と立っている伊都の背中越しに、閃光の咲いた地点を睨む。


「――すげぇ」


 ゾクゾクゾクッ、と総毛立った。


 黒い砂塵を巻き上げて、今、発生区域エリア東京Ⅲに新たな塔が"えていた"。


 隣の【塔11号】を上回る、全長八十メートル級の巨塔。深い紅色の外壁には白く発光する不可思議な幾何学模様が浮かび上がり、生き物のように脈打っている。迸るような蒸気を放つ、その威容。塔の息遣いが、竜秋には聞こえた。産声をあげて、塔は今、ここに生まれたのだ。


『【塔16号】発生、【塔16号】発生。七月二十九日一四時三十三分、【塔16号】発生。想定より早く発生したため、事前の警戒アナウンスができませんでした。近隣にお住まいの皆様にお詫び申し上げます』


 大音響のサウンドニュースが駆け抜けていく。凄まじい音と爆風だったが、人が住んでいるのはここから更に一キロ程度離れた範囲からだ。発生区域エリア近辺は"これ"があるからこそ土地や家賃が格安になっているので、納得して住んでいる近隣住民からすればとっくに日常の一部に違いない。


「すっげえええええ! 塔発生の瞬間見ちゃった!!」


「でっかい……!」


「光と音、やばぁ! まだ耳キーンってなっとる!」


 わいわい盛り上がるクラスメートたちを、伊都が片手を伸ばして制した。


 こちらを見ることもなく険しい眼差しを塔に注ぐ彼女の背中は、まるで「黙れ」とさえ語るようだった。普段の伊都がまとうほんわかした雰囲気など完全に消え失せてしまっている。えも言われぬ圧力に息を呑む一同の目の前で、ピシリ――と、空間の割れるような、凄絶な破砕音が響いた。


 さきほど生まれたばかりの真紅の塔に、"亀裂が走った"のである。


「――ッ!?」


 目を剥き絶句する竜秋たちの鼓膜を、けたたましいサイレンが貫く。


『緊急警報、緊急警報、【塔16号】がステージ3に移行。"自壊"寸前の兆候を確認。近隣の住民に避難指示を発令。対象区域は――』


 それは、竜秋も、閃ですら、数秒の思考停止に陥るほどの非常事態だった。


 塔が発生してから"自壊"するまでには、長ければ数年、どんなに短くても二ヶ月あまりの猶予がある。かなりの個体差があるが、世界中を見渡してもここ二十年で塔をうっかり自壊させた例が見つからないのは、自壊に至るまでに塔が明確に状態を変化させることが判明しているからだ。


 まず、一定期間で塔は"発熱"する。表面温度は最大で二百度に達し、うっすらと白い蒸気を放ち始める。この状態に変化した塔を《ステージ2》と定め、以後は隣接の 観測室が警戒態勢に入る。


 そして、そこからさらに一定期間で、塔の外壁に"亀裂"が走る。これが《ステージ3》――自壊寸前の兆候。


 こうなると、早ければ一週間で亀裂の本数が臨界に達して、塔は崩壊し、中から大量の塔棲生物エネミー外界こちらへ溢れ出す。万が一にもそうなれば、凄惨な被害は避けられない。


 無論そうならないために、《ステージ3》に移行した塔は最優先攻略対象となり、原則二日以内に攻略を開始しなければならない規定になっている。


 ――そういう、この四十年で組み上げてきた塔の常識を、嘲笑ちょうしょうとともに蹴散らされた気分だった。


「は、はっ!? なんで!? あの塔たった今発生したばっかだろ!」


 裏返った声で爽司が喚くのも、今回ばかりは全く無理もないと思った。あのくれないの塔は、人類になんの準備も猶予も与えないつもりだ。


「ど……どうすんの、あれ……? ステージ3って……もう壊れるってこと……?」


「それってやばくね!? 塔棲生物エネミー出てくんの!?」


「とりあえず落ち着こう、みんな!

大丈夫だよ、とっくに塔伐者プロに通報がいってるはずだ。数時間のうちに攻略班パーティーが組織されて、今晩にも攻略が始まるよ。普段と何も変わらない」


 騒ぎ立てる恋たちを、どうにか絞り出したような笑顔で幸永がなだめた。それもそうだと脳天気に気を持ち直せたのは、単純なヒューと小町くらいだった。


 確かに、塔伐者に出動要請が入るのは、実際に塔がステージ3に移行してからだ。亀裂が走り始めてからも自壊には最低一週間以上の猶予があるため、それで十分間に合う。"本来なら"。


 ほんの数秒でステージ3まで駆け抜けたあの塔に、同じだけの猶予を期待できるのか。こうして見ている間にも、ピシリ、ピシリと、かえらんとする竜の卵のように、塔の外壁に走る亀裂が倍々に増えていく。


 無理だ。竜秋の動物的な勘が、塔の余命を克明に感じ取っていた。コイツは、もうたない。硬いさなぎの背を突き破って、醜い蝶が羽化する映像ビジョンが、竜秋の脳裏でフラッシュした。


 ――気がつけば、竜秋は高い金網の向こう側、黒い砂漠の斜面に着地していた。


「ちょっ!? たっつん!!?」


 狂人に向けるような制止の声には耳も貸さず、今なお硬質の悲鳴を上げ続ける塔めがけて、クレーターの急斜面を滑るように駆け下りる。心臓がバクバクいっている。瓦礫を飛び越え、サラサラの砂を蹴散らして肉薄すれば、一層高みからこちらを見下ろす真紅の巨塔が、こちらに倒れてくるみたいにして立ちはだかる。


 ――学校で習った! 塔の自壊は、人間が中に入ると一時停止する!


 風のように走りながら、竜秋は、汗びっしょりの顔で震える口角を上げた。


 ――俺が塔に飛び込めば、塔伐者プロ攻略班パーティーが現着するまでの時間くらい、稼いでやれる。

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